274:捕まってここにいるわけじゃないし
「でもは、おかひな話らと思わなひ?」
イゲンザ島の港町イシュで購入した干物を、ガジガジと噛みながら俺はそう言った。
「確かに変よね……。ネフェのお父さんの話も、さっきのナホラって鬼の話も、どっちも変だわ」
食後の紅茶を口へと運びながら、グレコは答えた。
今、俺とグレコがいる場所は、首長オマルの家の客室。
ネフェとサリと共に、今晩はオマルの家に宿泊させてもらう事となったのだ。
まぁ、客室といっても、昨日泊まったネフェの家の寝室となんら変わりはない、とても殺風景な部屋だけどね。
黒い岩の床に壁に天井。
全く色気のない木製のベッドが二つと、壁掛けの松明の灯りが一つあるだけ。
……でもまぁ、ネフェとサリが俺たちとは別部屋であることは、かなり助かった。
もう、なんていうか……、いくら美人でも、鬼族とは一緒の部屋で寝たくないです、はい。
夕食は……、もちろん、あの野ネズミさん達だったから、俺はパスさせてもらい……
周りのみんなは、腹が減っていたのだろう、俺に遠慮する事なく、丸焼き野ネズミさんをガブガブ食べた。(グレコはさすがに俺に気を遣ってか、それを丁重に断って、芋の団子だけ食べてた)
その横で俺は、神様に祈りを捧げながら、早くこの地獄の時間が終わりますようにと、ひたすらに目を閉じ、手を合わせていた。
食事の間もずっと、オマルとネフェは話し合っていた。
過去に起きたという、ネフェとサリの父親であるギタの事件と、今回のナホラとかいう奴の事件が、全く同じであるという事を……
「ネフェのお父さんも、ナホラさんも、泉守りの仕事をしていて古の獣を目撃したわけだけど……。二人とも、泉のほとりに一人きりで暮らしていて、そこを訪れる者なんていないはず。なのに、ネフェのお父さんは、村に残してきたはずの娘のサリが、古の獣に喰われたって言って、パニックになって村に戻ってきた。ナホラさんは、独り身で娘なんていないはずなのに、自分の娘が古の獣に喰われたと言って、こちらもパニックに陥っている……、と……。何がどうなっているのかしらね?」
首を傾げて、大きく息を吐くグレコ。
干物をガジガジと齧りながら、俺は考える。
ギタとナホラは、双方共に、自分の娘が古の獣に喰われたと言って村に戻ってきた。
だけど、ギタの娘であるネフェとサリは、もちろん村にいて無事だったし、ナホラにいたっては娘なんていない。
じゃあ……、二人が見た、その古の獣に喰われた娘っていうのは、いったい誰なんだろう?
「ねぇ……、泉の魔力、のへいじゃなひ? ほら……、モグモグ、ゴックン! ……ほら、ドクラが言ってたじゃない?? 泉には強い魔力があって~、とかなんとかさ」
「あり得る話ね。泉の持つ魔力が、二人になんらかの影響を及ぼして、いるはずのない古の獣の幻影を見てしまった、って事かしら。でも……、ネフェのお父さんは、泉守りになって数年経った頃に、古の獣を見たって言っていたのに対して、ナホラさんはつい最近泉守りになったって言っていたでしょ? それってつまり……、泉の魔力が以前より強くなっていて、周りに及ぼす影響が大きくなっている、って事になるのかしら??」
「ん~、そうだとしたら……。でもさ、本当に古の獣がいるって可能性もまだあるよね?」
「そうね。けれど、今日も泉に行ったけど、何者もいなかったって、オマルさんが言ってたじゃない? 昨日の今日で、痕跡も見当たらないとなると……。ん~、わからないわねぇ~」
腕組みをし、首を傾げるグレコ。
「まぁでも、東の村で許可を貰えて、僕たちが泉に行ける事になってもさ、長居はしないでおこうよ。明日の昼には、ノリリア達はコトコの洞窟に着くわけだから……。僕、コトコの洞窟の探検、みんなと一緒にしたいし……」
「あら? 洞窟の探索なんて暗くて怖くて嫌だ~って、言うかと思っていたけど……。案外乗り気だったのね、モッモ」
くすりと笑うグレコに対し、俺は唇を尖らせる。
……確かに、洞窟は暗くて怖くて嫌だな~って思ったりもしたけど、探検とか冒険が嫌いなわけじゃないんだ。
どっちかっていうと、ワクワクする気持ちの方が大きい。
それに、もし危ない事があっても、みんなが助けてくれるだろうしね~。
「ネフェの話だと、明日の朝一にここを出れば、東の村へは昼前に着くだろうって。アンテロープも、村の入り口で待ってくれているらしいしね。……そんなに、ネフェと約束している果実が欲しいのかしら?」
少しばかり、馬鹿にしたような笑い方をするグレコ。
いいじゃないか、果物を食べたくて人助けをする……、素敵な事だよ、うんうん。
でも、明日も乗せてもらうなら、お別れの言葉はいらなかったよな。
しんみりした様子で、ありがとうと、さよならを伝えちゃったから……
明日会うのがちょっとだけ恥ずかしいぞ!
「問題は、東の村の首長、ベンザだね。オマルは思っていたより気さくな感じだったし、カッコ良かったけど……。ベンザはどうかわかんないしね。名前通り、臭いかも……」
うくく、と笑う俺。
「モッモ、本人の前で笑っちゃ駄目よ? 失礼よ」
そう言うグレコも、半笑いである。
……と、その時だった。
「モッモ~! こちらカービィ!! 聞こえるかぁっ!!?」
耳元で、大音量のカービィボイスが鳴り響き、俺は驚いてビクッと体を震わせた。
「なんだ!? ぐほっ!!!?」
驚きついでに、口の中に残っていた干物の欠片が喉の奥に吸い込まれて、俺はむせた。
「どうしたのよ?」
怪訝な顔をしながらも、俺の背をトントンと優しく叩いてくれるグレコ。
「んん? お~い、モッモ~!? どうしたぁっ!??」
カービィの声になんとか答えようと、近くにあった骨製のコップの水を飲みほす俺。
ゴキュゴキュゴキュ
「ぷはぁっ! あ~……、危うく窒息死するところだったぁ……。ふぅ……。はい、こちらモッモです~、どうぞ~」
冷めた目で、絆の耳飾りを指差す俺に対し、グレコは瞬時にそれを理解した。
「お、良かった、生きてたか! どうだぁ? こっちに合流出来そうかぁ??」
「ん~、それが~……。かくかくしかじか……、でしてぇ~……」
「何だってぇえっ!? 鬼族の家に泊まってるぅうっ!?? モッモ、悪い事は言わねぇ……。喰われる前に逃げるんだぁあぁっ!!!!」
叫ぶカービィ。
……いや、まぁ、普通はそう思うよね。
けどさ、別にほら、捕まってここにいるわけじゃないし。
「グレコも一緒だし大丈夫だよ。それに、思っていたより優しいよ、鬼族たち」
……そうなのである。
彼らは、想像していた恐ろしい鬼とは、かなり違っていたのである。
まぁ、怖いっちゃ怖いけどもね。
「馬鹿言うなって! こっちは道中に、あっちこっちに転がる白骨死体見てんだぞっ!? それも、上半身と下半身が真っ二つに割れてんのばっかだっ!!! いいから早く逃げろって!!!!」
……カービィの言いたい事は分かるんだけどさ。
俺は、チラリと隣のグレコを見やる。
随分とリラックスした様子で、窓の外に浮かぶ月を見ながら、優雅に紅茶を飲んでいらっしゃるのだ。
カービィに返す言葉が見つからない……
「うん、まぁ……。とりあえず、逃げる準備はしておくよ。そっちはどうなの? 予定通りに、野営中??」
「ん? おう、まぁ……。予定通り、テントを張れるような場所がなかったからな。大きな樹の下で、みんな地面に寝袋を並べて寝てるよ。……けど、こんなところを鬼にでも襲われたら、ひとたまりもねぇな」
ふ~ん……
なら、こっちはベッドがある分マシですな。
鬼はすぐそばにいるけれども……
「とにかくだ。こっちの心配はいらねぇ。何もなけりゃ、明日の昼にはコトコの洞窟に着くはずた。それよりどうすんだ? いつ合流できる??」
「ん~、それがぁ……。かくかくしかじか、でしてぇ~……」
「何ぃっ!? 火山の麓の泉に行くだぁっ!?? 古の獣を探しにって……、なんでまたぁっ!???」
「えっと……。僕は早くそっちに合流したいんだけどぉ……。グレコが言う事を聞かないんだよ」
チラリとグレコを見る俺と、ギロリと俺を睨むグレコ。
ひぃっ!? 怖いっ!!!
「……グレコさんが言うなら仕方ないかぁ~」
えぇ~、カービィそこ納得するところじゃないしぃ~。
「とにかく、あんまり無茶はするなよ~。グレコさんにもそう伝えておいてくれ~。……じゃっ、眠いから寝るっ! おやすみっ!!」
「えっ!? ちょっ!?? カービィ!?!?」
……しかし、返事はなく。
くっそぉ~、カービィめぇ~、一方的に切りやがってぇ~。
まだ言いたい事あったのにぃ~。
ノリリアなら、古の獣のこと知っているかもって思ったのにぃ~。
俺は渋い顔をしながら、チッ、と舌打ちをして、ガジッ! と手に持った干物を噛みちぎった。
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