273:マジ鬼畜っ!!!

も~えろよもえろ~よ~♪

炎よも~え~ろ~♪

火~の粉を巻き上~げ~♪

て~んまで届け~♪


前世で聞いたことがあるようなないような歌が、先ほどからずっと、俺の頭の中でエンドレスリピートしております。


パチパチパチと音を立てながら、部屋の真ん中にある巨大な囲炉裏の火が爆ぜる。

その周りに並んでいるのは、俺と同じくらいの体格をした、首なし丸焼き野ネズミさん達。

可哀想に……、みんな丸裸にされちゃって、串に刺さってジリジリと焼かれて……


「うぅ……、酷い……」


俺は、目にいっぱい涙を溜めて、プルプルと震えながら、なんとか椅子に座っています。


「モッモ、気をしっかりね」


隣に座るグレコが、俺の肩をそっと抱いてくれる。


……身長差がかなりあるので、側から見れば、年の離れたお姉ちゃんが、泣いている小さな弟を慰めているようにしか見えないだろうな。

まぁ、種族が違うから、姉弟ってのもおかしな設定なんだけどさ。


……いや、そんな事はどうでもいい。

この、目の前で焼かれている野ネズミさん達を、早く何処かへやってくれないかい?

さすがにちょっと、気分が悪くなってきたよ。


鬼族であるシ族の、西の村の首長であるオマルの家は、形や造りはネフェの家や村にある他の家とさほど変わりはないものの、中は随分広く、天井もかなり高い。

扉がでかいな~、と思っていたのだが、どうやらあの巨体のサクラでも入れるように、全体的にかなり大きく作られているようだ。

今、野ネズミさん達が焼かれている木で出来た囲炉裏も、その周りにはパッと見で二十人分の丸太の椅子が設置されているくらい、とてつもなくでかい。

壁には様々な動物の角や骨、毛皮などが飾られており、首長オマルはかなりの狩猟好きだと伺い知れる。


そんなオマルの家の中には、招き入れられたネフェとサリとグレコと俺、の他にも一名いて……

チラリとその者を見る俺。

先ほどから、囲炉裏端に座って、一心不乱に野ネズミさん達を焼いていらっしゃるこの方は、どうやら首長オマルの妹さんらしいのだが……

結構綺麗なお顔立ちをしていらっしゃるにも関わらず、終始無表情で、言葉数も少なくて……

もう、なんていうか……

ほんと、全然空気読んでくれないんだ。


急に中に入ってきた俺たちを見て驚いたのか、眉をピクリと動かして、手に持っていた刃物を俺たちに向けたものの、ネフェの説明に納得し、囲炉裏端の丸太の椅子に座るよう案内してくれたところまでは良かったんだけど……

その後すぐ、晩御飯の準備だとかなんとかいって、俺の目の前で、生き絶えた野ネズミさん達を次々と解体し始めたのだ。

例の、ドクラが昼間、猿にやっていた、あの荒々しい手法である。

淡々と、黙々と、作業は続けられて……

まだ、死んでからさほど時間が経ってないのであろう、山盛りの解体野ネズミさん達からは、新鮮な血と肉の匂いが漂ってきましたよ。

そして、露わになった野ネズミさん達の体に、遠慮なく、ブスブスと鉄の串を刺していって、次々と囲炉裏の火で焼いていって……


「食うか?」


そう言って、野ネズミさんの丸焼きを一本、ネフェに手渡す始末。


……鬼畜っ! オマルの妹、マジ鬼畜っ!!


「……いや、今はよそう」


涙目でプルプルと震えている俺の様子を見兼ねてか、ネフェは断った。


「そうか。ならば私が食おう」


ガブゥッ! ベリベリベリッ!!


後ろ足に噛み付いて、豪快に引き千切って食べる妹さん。


きゃあぁあっ!? なんて野蛮なのぉおっ!??


目をまん丸にして驚き、ガタガタと震える俺の目を、グレコがさっと両手で覆った。


もうやだっ!

鬼族の村になんて来るんじゃなかったよぉっ!!


そう叫び出しそうになった、その時……


「おぉっ! 久しぶりだなぁ~、袮笛!!」


家の扉がバーン! と勢いよく開いたかと思うと、鬼族の男が一人、嬉々とした表情で中に入ってきた。


ネフェより頭二つ分ほど背の高い、どこぞのボディービルダー並みの、筋肉質で黒く日焼けした体を持つ、若い男鬼。

顔立ちは端正だが、額に生えた紫色の角は、二本のうち右側のものが半分ほど欠けている。

同じ色をした二つの瞳は、どちらもパッチリと見開いているものの、額の右側から左の瞼の上を通り、さらには左頬から耳の辺りまで続く、かなり大きな切り傷の跡があるのだ。

よくもまぁ、失明せずに済んだなと思えるほどの、大きな大きな傷跡である。

そして、その傷跡が軽く思えてしまうほど、はだけた藍染の衣服の隙間から見える体には、無数の切り傷の跡が見て取れた。


こ、こいつがオマル……?

名前だけ聞くと、かなり臭そうで、お馬鹿な印象しか受けなかったけど……

やっべぇ~こいつ……

傷だらけで超カッコいいっ!!!


先ほどまでの、俺の心の叫びは何処へやら。

目の前に現れた、超絶カッコいいオマルに対し、俺の目はキラキラと輝き出した。


オマルが背負っている白い刃の武器は、オマル自身の体と大差ない大きさで、かなり重そう。

だけど、そんな巨大な武器をいとも簡単に振り回し、悪い奴と勇ましく戦うオマルの姿が想像出来てしまった俺は、ニマニマと笑いながら興奮してしまう。


これぞ男!

これぞ戦士!!

すっげぇっ!!!


知らず知らずのうちに、ギュッと両の拳を握りしめて、オマルをジッと見つめている俺に対し、グレコは少々首を傾げていた。


「雄丸。突然訪ねてきてすまない」


「いいってことよっ! お前と俺の中じゃねぇかっ!! 砂里も、元気だったかぁっ!!?」


豪快に笑いながら、かなり親しげな様子で、ネフェとサリに話し掛けるオマル。

その様子を見て、グレコも少し安心したようだ。


「今、佐倉に聞いたが……、島外の客人を泉へ案内したいってか!?」


「あぁ、そうなんだ。紹介しよう。エルフのグレコと、ピグモルのモッモだ」


オマルの問い掛けに、ネフェは俺とグレコを紹介した。


「初めまして、首長様。ブラッドエルフのグレコです」


スッと立ち上がって、綺麗にお辞儀をするグレコ。


「ぼっ! 僕はモッモですっ!! よろしくっ!!!」


地面に立つと見えないかも知れないので、椅子の上に立って挨拶する俺。


「おうっ! 俺は紫族の西の首長、雄丸だっ!! よろしくなっ!!!」


ニカッと笑ったオマルに対し、俺とグレコは更に安心した。

良い人そうで……、いや、良い鬼そうで良かったぁっ~。


「だが袮笛、単刀直入に言おう! 今、泉へは行けねぇ!!」


笑顔のままで、オマルはそう言った。


「な、何故だ? お前は種族差別などしないはずだろう??」


疑問を呈するネフェ。


「違う、お前達だから駄目って事じゃねぇんだ。今は、誰も泉へは行けねぇ。危険なんだ」


少しばかり、声のトーンを落とすオマル。

その顔からは、笑みが消えている。


「何? それは……、いったいどういう事だ??」


ネフェの言葉に、オマルはしばし無言になる。

しかし、隠すのはよくないと考えたのだろう、こう言った。


「古の獣がまた、現れた」


そう言ったオマルに対し、ネフェとサリは驚き、互いに顔を見合わせた。


「あの……。その話、詳しく聞かせてください」


会話に割って入ったのはグレコだ。

オマルは、少しばかり躊躇うような素振りを見せたものの、全て隠さず話をすると決意したかのように、俺たちに椅子に座るよう促した。


千景ちかげ、家の近くに誰もいねぇか、外を見てきてくれ。聞かれちゃまずい」


オマルの妹さんはチカゲと言う名前らしい。

オマルにそう言われると、無表情のまま小さく頷いて、家の外へと出て行った。


……なんていうか、雰囲気が全く異なる兄妹ですね、オマルとチカゲは。


「さて、何処から話そうか……」


丸太の椅子に腰掛けて、ふ~っと大きく息を吐くオマル。


「お前……、狩に行っていたわけではなかったんだな?」


「あぁ、狩には行ってねぇ。ただ、みなにはそう伝えろと、佐倉に言って出たんだ。間違いなら、余計な心配は無用だからな」


「……でも、本当に? 本当にその、古の獣が、泉に??」


サリが尋ねた。


「俺は見てねぇから、真実かどうかはわからねぇが……。昨晩、泉守りの那洞なほらが突然村に帰ってきてな。大層慌てた様子で血相変えて……、こう言ったんだ。泉から化け物が出てきて、娘を連れ去った……、てな。生憎、那洞は独り身だし、娘もいねぇ。けど……。同じだと思わねぇか? お前達の親父、義太の時と」


オマルの言葉に、ネフェとサリは言葉を失った。


……ん~、正直なところ、俺には話がちんぷんかんぷんなんだが~。

なんとなく、大変そうな感じだな~、とは理解できる。


俺は、隣に座るグレコの服の裾をツンツンと引っ張った。

何よ? って顔をして、俺を見るグレコ。


「なんか大変そうだし、今回はやめとかない? その……、泉に行くの……」


「えっ!? ここまで来ていて何言ってるの!??」


「だって……」


なんか、面倒臭そうじゃない?


「せっかく泉に古の獣が出たって言うんだから、行くっきゃないでしょ!?」


ヒソヒソ声ながらも、語尾を強めるグレコ。


……なぜに、そこまで古の獣にこだわるかね?

神様の光もないっていうのにさ。


心の中では、面倒臭い、早くノリリア達に合流したい、と願う俺であるが、どうやらそれをグレコは許してくれなさそうだ。


……くそぅ、流れに身を任せるしかないってか?


囲炉裏端のザルの上に積み上げられた、丸焼き野ネズミさん達を見つめながら、俺はふ~んと鼻から息を吐き出した。

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