259:風呂造り
テトーンの樹の村の外れ、小川の近くにて。
「よっと……、ふいぃ~……。とりあえず、今日はここまでじゃな!」
「あぁ……、やっと終わったぁ……」
その場によれよれと倒れ込む俺。
「お疲れ様ぁ!」
「お疲れお疲れ!!」
「オツカレ!!!」
「さぁ! 宴の準備すっぞぉ!!」
作業を終えたピグモルとバーバー族達は、口々にそう言いながら、村へと戻っていく。
あ、やっぱり宴会するのね……
けどさ、俺もう、一歩も動けそうにないんだけども……
全身に、痺れるような筋肉疲労を感じつつ、元気よく歩いて行くピグモルやバーバー族達の後姿を、俺は恨めし気に見つめていた。
空には既に、一番星が輝いていた。
数時間前、テトーンの樹の村へ戻って来た俺とテッチャとグレコを、待ってましたと言わんばかりに、大勢のピグモル達が取り囲んだ。
どうやら、テッチャが風呂の材料を買いに行ったらしいぞ! と、村では朝から騒ぎになっていたらしく……
「テトーンの樹の村発展計画に、露天風呂の建設は欠かせない!」
とかなんとか言って……
「今から工事に取り掛かろうっ!」
てなって……
日が暮れるまで俺は、テッチャと大勢のピグモル達、更にはバーバー族達も加わって、風呂造りに勤しんだのでした。
……でも、出来上がったのは、広い浴槽の底部分のみ。
それもそのはず。
黒光りする、ツルンとした質感のザザレ石を地面に並べて、その隙間を目地材であるクリート材で埋めていく作業は、なかなかに繊細で……
慣れているテッチャはいいだろうけれど、慣れてない俺やみんなの手際の悪さといったらもう、目地材がはみ出すはみ出す……
いや、それ以前にだ……
あの大量のザザレ石を鞄から出すだけでもう、俺は疲れ切ってしまっていたよ。
神様の魔法の鞄は、なぜだか俺にしか使えないのである。
入れる事なら他の者でも出来るけど、出すことは不可能らしい。
試しにグレコが鞄の中に手を突っ込んでみたけれど、欲しいものはおろか、何にも掴めなかったそうだ。
5キログラムはゆうに超えているであろうザザレ石を、およそ八百個、鞄から取り出して、作業の邪魔にならない場所に積み上げる……、という地味な作業を、俺は一人で小一時間以上行っていたわけである。
疲れない方がおかしいっ!
なのに、ようやくそれが終わったかと思うと、俺の兄ちゃんであるコッコが、「お前もこっちを手伝え!」なんて言うもんだから……
みんなが楽しそうに作業する中、腕の筋肉の悲鳴を聞きながら、俺は半泣きで作業をしていました、はい。
後から来た幼馴染のルールーが、そんな俺を見つけてくれて……
「モッモ、話したい事があるからこっちへ来てくれ」
と言って、救ってくれて……
「うぅ……、ありがとう、ルールー……、ぐすん……」
俺は、ほろりと涙を零した。
ルールーはどうやら、この世界の公用語と、公用文字であるヴァルディア語を完全にマスターしたらしい。
手に持っている、テッチャから貰ったのであろう真新しい小さなノートには、びっしりと文字が書き込まれていた。
そのノートの表紙には、《テトーンの樹の村発展計画!》と、でかでかと書かれている。
ルールーの話によると、数日前のピグモル会議(そう呼ばれているだけで、実際は暇な奴が集まってくっちゃべっているだけだと思うけど……)で、テッチャが計画していた当初の《テトーンの樹の村復興計画》を、この村のピグモル達が正式に引き継ぐことが決定したらしい。
……まぁ、引き継ぐも何も、自分たちの村の事なんだから、当たり前っちゃ当たり前なんだけどさ。
で、それに伴って、プロジェクト名を《テトーンの樹の村発展計画!》に変更し、村で一番頭が良いルールーが、その指揮官に選ばれたそうだ。
「テッチャが話す外の世界の話はとても興味深くてね。この露天風呂以外にも、いくつか施設を建設しようと計画中なんだ。テッチャが言うには、露天風呂というものは、日々の疲れを癒すのみならず、みんなの親睦を深める場としてとても良い機能があるらしいな。だから、これから先、共にこの森で暮らしていくバーバー族やダッチュ族達との仲をより一層深めていくためにも、露天風呂の建設は最優先事項だと、会議で決定したんだ!」
ルールーは、何やらイキイキとした表情でそう言っていた。
普段は結構クールな奴だから、あんまりテンション上がっている雰囲気とかを顔には出さない方なんだけど……
風呂の底が出来上がっていく風景を目にして、珍しく気持ちを隠せなかったようで、今日は何やらずっと、俺の隣でニマニマとしていた。
バーバー族やダッチュ族との仲を深めるねぇ……
俺が見る限りでは、もう充分深まっていると思うんですけれども?
そんな事を思っていると……
「ルールー! モッモ!! こっち手伝って!!!」
今度は、弟のトットに呼ばれてしまい……
俺は泣く泣く、ルールーと共に、作業に再度加わる事になったのでした。
「モッモの一時帰宅に、乾杯~!!!」
「乾杯~!!!!!」
宴が始まった。
以前とは全く異なる、石畳で整えられた村の広場に、わらわらと集まるピグモルとバーバー族とダッチュ族達。
近くにはソアラとロアラの満月屋もあって、広場には美味しそうな料理がずらりと並んでいる。
お酒はというと、ピグモルの地酒に加えて、テッチャがみんなに伝授したドワーフ特製の地ビールも並べられている。
小麦のようなムギュの実で造る麦芽種らしいが……、アルコール度数はさほど高くはないものの、ピリッとしたどこか辛味のある、大人な味をしていた。
「踊りま~す!!!」
そう言って、ダッチュ族のみんなが、広場の真ん中にあるキャンプファイアーの前で、意味不明な踊りを披露し始める。
いつかのポポのタラランラン♪ の歌に乗せたその踊りは、まるで幼稚園児のお遊戯のようで……
けれど、なぜだかピグモル達には大うけで、かなり盛り上がっていた。
バーバー族達はというと、いつの間にそんなに数が増えたんだ!? と突っ込みたくなるほどに、小さな小さなバーバー子ども達が、満月屋の料理を貰おうと、わらわらと列を成していた。
なんでも、ここへ来た時にはまだ卵だった子たちが、先日一斉に産まれたらしい。
その大きさは俺の手の平に乗るほどに小さいのだが、バーバー族特有の青い体と鋭い爬虫類の目は大人達となんら変わりなく……
「モッモ! モッモ!!」
みんなの真似して、俺の名前を呼び捨てしながら、数十匹で周りをぐるりと囲まれると、なんだかこっちが狙われた獲物のような気分になってしまった。
この子たちがみんな大きくなるとすると……、どれだけの蔓の家が必要になるのだろう?
こりゃまた、港町ジャネスコの自然がいっぱいな道具やで、ダイオウカズラの蔓を大量に買う日も近そうだな。
「いやぁ~、なかなかに……。風呂を作るのは暇がかかりそうじゃのぉ~」
自前のビールジョッキを片手に、拳で肩をトントンと叩くテッチャ。
そうしていると、ただの親父ですね。
「大きすぎるんだよ。あれの半分でも良かったんじゃない?」
「いんや、あれくらい広くねぇと、みんなで入れんじゃろう?」
……みんなって、どこまでを想定しているのだろうか?
「あそこにどうやって水を張るの? 井戸から運ぶのかしら?」
「それだと暇がかかるでの。井戸の近くから水路を引くつもりじゃ。中央と四方に湯沸の竈をつけての、湯にするんじゃよ」
「あ、お湯なのね!? なるほどなるほど……」
露天風呂のなんたるかを、全く理解していなかったらしいグレコは、感心したように何度も頷いた。
あそこに水を張って、どうするってんだよ、近くに川もあるのにさ……
「けど……、竈なんて作っても、熱は空気中に逃げちゃうんじゃないの?」
「その心配には及ばん。今日造ったのは下床じゃ。あの上に燃えやすい木材を重ねて、更にその上に同じだけのザザレ石の上床を造るんじゃ。目地材が渇いた後、木々は燃やしてしもうて、竈からの熱が上床と下床の隙間に入り込むように造るんじゃよ。そうすれば、熱を伝えやすいザザレ石で造った浴槽全体が温まって、溜めた水が湯になるという仕組みじゃ!」
ほう……、なるほど……、ややこしいな。
「それだと、温まったザザレ石が熱くて仕方ないんじゃない? そんなところに、裸で入れるの??」
おおう、グレコよ!
あの川辺で裸になるつもりなのかいっ!?
見晴らしい良いんだぞあそこはっ!!?
「それもちゃんと考えておる。上床の上に竹を敷くんじゃよ。そうしたら、熱くなっとるザザレ石の上に直接座る事はないでの」
ほほう……、なるほど……、手間がかかるな。
「お風呂造りって、大変なのね~」
他人事のようにそう呟いて、シチャの実の酒を煽るグレコ。
そりゃあなたは他人事でしょうね。
さっきだって、手伝ってくれりゃいいのに、土木作業は向いていない、とかなんとか言って、ポポ達と遊んでいたものね……、しっかりとこの目で見てましたよぉっ!?
「じゃがまぁ、風呂ができりゃあ、そりゃもう便利じゃて。わしの肩凝りも、多少は解消されるでのぉ」
あ……、テッチャ、肩凝りだったんだね。
そりゃそうか、あんなに小さな石ころをひたすら磨く作業なんて、全身凝り固まっちゃいそうだもんね……、お疲れ様です。
「ま、次におめぇらが帰ってくるまでには、完成させておくでの! 楽しみにしておれっ!! ガッハッハッハッ!!!」
上機嫌な様子で笑うテッチャ。
次に帰って来られるのがいつになるかはわからないけれど……(案外すぐ帰ってくるかも知れないけれど)
村に帰る楽しみが増えるのは良い事だ! うんうん!!
「あ、ねぇ、お風呂もいいけれど、私が宿泊するための小屋も早めによろしくね。テッチャのベッド、ちょっと汗臭いのよね~」
グレコの言葉に、俺もテッチャも、冷や水を浴びたように、ピシッ! と固まった。
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