257:空間魔法で一時帰宅中です

「それでは……、こちらがボンザ様の……、こちらがテッチャ様の……、そしてこちらがモッモ様の銀行証でございます。それぞれ、預金額をお確かめくださいませ」


港町ジャネスコの、北大通の銀行内、二階のビップルームにて……


俺は、差し出された自分の銀行証を、プルプルと小刻みに震える手で受け取った。

何故、手が震えているのか、というと……、チラリ。


「さぁ、お確かめくださいね」


俺に向かって、ニコリと微笑む目の前の銀行職員が、ライオンそっくりの……、いや、どっからどう見ても、そのまんまのライオンの、大きな大きな猫型獣人だからである。


た、食べ……、食べられちゃう……?


と、プルプル、ビクビクしている俺なのだが、勿論食べられるわけなどなく。

隣に座っているテッチャとボンザを習って、俺も、手元にある自分の銀行証に視線を落とした。


魔黒石と呼ばれる黒くて平べったい長方形の石の上には、光る虹色の文字が浮き上がっていて……

その額なんと……


《44000000センス》


ひょえぇ~!??


今度は違った意味で、奥歯がカタカタとなり始める。

ほんと、気を抜いたら目ん玉飛び出しそうだわ。


「お申し付け通り、テッチャ様とボンザ様の入金額の一部は、投資に回させて頂きました。こちらがその投資証券でございます。大切に保管してください」


そう言って、俺とテッチャ、ボンザの前に座っている、大きな大きなライオン獣人は、分厚い銀製の板をテッチャとボンザに手渡した。


ほう? この世界にも、投資などというものが存在するのだな??


「モッモ様はいかがなされますか? 投資、してみませんか??」


不意に話しかけられた俺は、そりゃもう不自然に、ビクゥッ! と体を震わせた。

ライオン獣人の笑顔は、なんていうか……

俺に向かって「いただきます」と言っているようにしか見えないのだ。

自然界でこいつに出会ってしまったら、俺なんて丸呑みもいいとこだろうな。


このライオン獣人は、世界銀行ジャネスコ支店の責任者、いわば支店長らしい。

名前はガオレン・ビートリクス。

先程貰った、お固そうな名刺にそう書かれていた。

黒いスーツに赤のネクタイ、洒落た茶色い革靴と、いかにもな服装である。

ただ、身体つきだけは、どこからどう見てもプロレスラーだな。

胸板と上腕二頭筋が半端ねぇ……


「あ、う……。僕は、結構です。難しそうだし……」


ビクビクしながら、精一杯答える俺。


「左様ですか。もしまた何か、ご興味を持たれました時は、どうぞ当行へいらして下さいね」


ガオレンの笑顔に対して俺は、ちびりそうなのを必死で我慢した。






「ガッハッハッハッ! モッモのビビリようときたらおめぇ、まるで、肉食獣に睨まれた野ネズミのようじゃったぞっ!? ガッハッハッハッハッハッ!!!」


「も、もうやめてよぅ……、恥ずかしいよぅ……」


テッチャの大笑いに、顔を真っ赤に染める俺。


「まぁ、ジャネスコのガオレン支店長は強面で有名じゃての、仕方ねぇな。ぶふふ……」


含み笑いをするボンザ。


「あら? 私はダンディーで素敵な方だと思ったけれどなぁ??」


血のように真っ赤なお酒を頼んだグレコが、グラスを片手にニコリと笑う。


無事に銀行を後にした俺たちは、さも高級そうな、北大通のホテルの一室を借りて、贅沢なランチタイムを過ごしていた。


「だいたい、テッチャがそんな服着てくるから……。ただでさえも目立つのにさぁ……。それを、銀行へ入るなり、支店長殿はどこじゃ~!? なんて、大声で叫ぶからぁ……。もうほんと、警備員さん達の視線が怖かったのなんのって……」


「んあ? わしはいつもああじゃぞ??」


すっとぼけた様子で、ジョッキに入った酒を煽るテッチャ。


「しかしまぁ、本当に良い仕事ができたのぉっ! 今後とも頼むぞ、テッチャ殿!!」


「おぉ、ボンザ殿! 任せておけ!!」


終始上機嫌なボンザとテッチャは、互いのジョッキを合わせて、カーン! と乾杯した。






金ピカ服のテッチャとグレコを伴って、俺がボンザのいるドワーフ鍛治協会のワコーディーン大陸南支部までテレポートしたのは、今からおよそ四時間前。


支部のある洞窟前にいきなり現れた俺たちを前に、そこにいた数名のドワーフ達は大いにおったまげていた。

……特に、テッチャのその服装に、驚いていたように見えた。


朝一で西の港まで出掛けていたらしいボンザも、帰ってくるなり自分の部屋にいた金ピカテッチャに驚いて、おったまげて反り返っていた。

……やっぱり、テッチャの金ピカ服は、正装とはいえ衝撃的過ぎるよね、うんうん。


ボンザを加えた俺たち四人が、港町ジャネスコまで移動したのは、午前の十時前。

東地区に入るための鉄門の前で、お馴染みの門衛さん、犬型獣人の、その名もラブさん(初めて名札を見ました)と再会して……


「おや? モッモさんにグレコさんではないですか?? それに……、おやおや珍しい。ドワーフ族の方々ですな。はて……、モッモさん達は、先日船に乗って、ピタラス諸島に行かれたと聞きましたが???」


かなり困惑した様子でそう言われた。

どうやら、あのカービィのツレだとか、拉致されてグレコが町中探し回ったりとか、港でユークと戦ったりとか、いろいろと目立ってしまっていたらしい俺の事を、ラブさんはよ~く覚えていたようだ。

首を傾げるラブさんに対して、仕方なく俺は、実は空間魔法が使える、という説明をしておいた。


「なんとまぁ!? そうでしたかっ!! それは驚き……」


目を真ん丸にして驚くラブさん。


「えっと……。内緒にしておいてくださいね?」


「勿論ですとも! さぁさ、町へ入る手続きを済ませましょう」


優しいラブさんは何度も頷いて、約束してくれた。

ただ、さすがのラブさんも、テッチャの金ピカ服にはそれなりに驚いたようで、手続きをする間中ずっと、チラチラと横目でテッチャを見ていた。


開かれた鉄門をくぐり、町へ入ると、周りからの視線が更に気になった。

ジロジロと見られて、ヒソヒソと声が聞こえてきて……

まぁ、無理もない。

俺とグレコとボンザ、その前を歩くのが、ド派手な金ピカ服のテッチャなのだから……

もう、視線が痛いのなんのって……


道行く人の無慈悲な視線に耐えつつ、俺たち四人はまず、西大通の外れにあるモーンさんの万物屋へと向かった。

どうせ銀行に行くのなら、先に、モゴ族の里で手に入れたあの様々な素材を売ってからにしよう、とグレコが提案したからである。


あんなゴミみたいなもの、売れるはずがないじゃないか……、と思ったのだが……


「おおおっ!? また珍しい物を持ってきてくださってぇっ!??」


あいも変わらずピグモルまがいな風貌をしたモーンさんは、テッチャのおかしな格好には目もくれず、俺の鞄から出てきたゴミ達に釘付けになっていた。


「こりゃすごい……。全て天然物ですな? いったいどこでこれを?? やや、これはもう、保存状態も最高ですなぁ……」


大きな虫眼鏡で、蛇の抜け殻のようなものをしげしげと観察しながら、モーンさんはブツブツと独り言を言っていた。

そして、俺たちに提示された額は……


「全部合わせて、103500センス、お支払いさせて頂きますぞ!」


なんとまぁ……

俺がゴミだゴミだと思っていたものたちは、十万以上の価値があったのでした。

俺の隣では、グレコが勝ち誇ったような顔で、いやらしく笑っていた。


モーンさんの店を後にして、北大通に向かう途中、前方から見覚えのあるシルエットが二つ近づいてきて……


「あらぁ? モッモさん??」


宿屋、隠れ家オディロンでお世話になった、タロチキさんとリルミユさん夫妻だ。

本日もまぁ、なんというか……、変わらずカエルですね、はい。


「ゲコ、船でピタラス諸島へ向かったのでは?」


ラブさんと全く同じ質問をするタロチキさん。

もう、何か嘘を考えるのも面倒だし、目の前には嘘が通用しないリルミユさんも一緒なので……


「空間魔法で一時帰宅中です」


と、正直に話しておいた。


テッチャは、「モッモやグレコがお世話になったようで~」なんて言って、ペコペコ頭を下げて、何故か保護者面していた。

グレコが、町に来た理由を簡単に説明して、これから銀行へ行くので~と、お別れしようとした時。


「ケロロ、モッモさん、一ついいかしら?」


「え、あ、はい。何ですか?」


「例えばだけど……。右か左で迷った時は、右を選ぶといいわ。あと、そうねぇ……。あ、あまり好奇心のままに行動しないようにね。あなた、泳げないんだから、ケロロロン♪」


と、なんとも言えない予言を、リルミユさんに言われてしまって……


「モッモ、おめぇ……。また迷子になるんか?」


テッチャがニヤニヤと笑っていた。

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