255:ピクルス

俺とグレコがモゴ族の里を後にし、テトーンの樹の村へ帰って来たのは、日が暮れる少し前だった。


「モッモが帰って来たぞぉ~!」


「お帰りモッモ~!」


「モッモ!? もう帰って来たのかっ!??」


「船旅はどうした? 長引くと言ってなかったか??」


「いいじゃねぇか~、こうして無事に帰って来られたんだからよ~」


「そうだよね! モッモ、お帰りなさ~い!!」


「船旅は終わったの~?」


ピグモルのみんなは、あいも変わらず熱烈な歓迎をしてくれて……

けど、ほんとついこの間帰って来ていたのと、船旅に出るからしばらくは帰れないよ! と大口叩いていたせいで、ちょっぴり不思議がられてますね、はい。

俺だってね、別に、帰りたくて帰って来たんじゃないんだよ……、なんて思いつつ。


 日に日に変化していくテトーンの村を見て回って、みんなやダッチュ族、バーバー族達にも挨拶をして回って、一度家に帰って母ちゃんとのんびり話をしたりして……

 そうこうしているうちに日が暮れて、村のみんなとお決まりの宴会をし、なんとか早めに抜け出してテッチャの小屋へ行き、そこでまたしても酒盛りが始まって、グレコがおつまみを取りに一度村に戻って、帰ってきたところで二次会がスタートして……


そして、今現在。


「一、十、百、千、万、十万、百万、千万、一億……。うん、何度数えても、156000000センス……。一億五千万とか、どんだけだよ……」

 

 少しばかりお酒の入った状態で、ぼんやりと通知書を眺める俺。

 そこに書かれている金額は、俺の予想の遥か上をいっていて……

 びっくりとか、おったまげとか、そんなの通り越してしまっていて、もはや呆然とするしかない。


 テッチャが、ドワーフ鍛冶協会ワコーディーン大陸南支部の支部長ボンザと組んで、裏ルートで売り出した大粒のウルトラマリン・サファイアは、アンローク大陸のがらの悪そうなオークションではなく、ここワコーディーン大陸に新しく開かれる事となった、各国の王族貴族が集まる何やら豪勢なオークションに出品されたらしい。

 オークション協会の管理部からの通知書とは別で届いていたボンザからの手紙によると、ボンザは、自らの足で会場までその様子を見に行っていたそうなのだが、あまりに大粒のウルトラマリン・サファイアの登場に、オークション会場はその日一番の盛り上がりを見せたそうな。

 そして、それをどうしても手に入れたい富裕層の皆様のおかげで金額がどんどん跳ね上がり……

 最終的には、モントリア公国の西隣に位置するジュトリア連邦という国の王族が、一億五千六百万という目玉が飛び出しそうな値段でそれを落札したという。


「ガハハッ! さすがのわしも、それには最初驚いたぞ。正規ルートじゃと、手元に来るのは、多く見積もっても五百万ほどじゃからの。それがもう……、なんちゅう額じゃて……、ぐふ、ぐふふふふ」


 いやらしい笑い方をしながらテッチャは、小さな単眼鏡のようなものを使って、俺が渡した例の歯車を細かく調べている最中である。


「これ……、さすがにこの額がそのまま手に入るわけではないんだよね?」


「そうじゃな。そこに書いてあろうが。オークションを主催したジュテーム協会が、落札金額の二割を受け取るらしいの。そいで、オークションにこじつけてくれたボンザ殿には、残った金額の三割を渡す事になっとる。じゃから、えっと~、ざっと計算すると~……。八千七百万ちょいがわしらの手元に入る事になるの。それをわしとモッモで山分けじゃから、四千四百万を下回るくらいじゃねぇかのぉ~?」


 ほぉ……、四千万……

 酔っぱらった頭では計算なんて勿論できないが、四千万もあれば十分ですよ、はい。


 ポリポリと頭をかきながら、テッチャの手元をジッと見つめる俺。

 特に他にすることも思いつかないし、やる気もないので、その手に握られている歯車を意味もなく凝視していた。


随分と夜が更けて、村から貰って来たテトーンの樹の村原産のシチャの実の地酒が空になる頃、俺は本来の目的をようやく思い出し、ノリリアより預かったあの歯車をテッチャに見せた。

 テッチャはそれを見るなり、「あぁ、こりゃあ、ドワーフが使う歯車によ~く似ておるの」と言った。

 それからずっと、いろんな度数の単眼鏡を使って、隅々まで調べてくれているのである。


グレコはというと……

 ここへ戻ってきて気が抜けたのか、グビグビと酒を煽り、美味しい蒸しポンディーをバクバクと食べて……

今は、テッチャのベッドを占領して、スースーと眠ってしまっている。

 あ~あ、せっかくかけた毛布、ま~た蹴飛ばして~。

何というか……、しっかりしてそうでしてないよね、グレコって……


グレコの綺麗な寝顔を拝みつつ、そっと毛布をその体にかけ直す俺。


「何かわかったぁ?」


まだ少し残っていた蒸しポンディーを千切って口に運び、間抜けな声色で尋ねる俺。


「ふ~む……。確かにこりゃ~、ドワーフ族が作ったもんに違いねぇの。ここに書かれておるのも、そのパロパロとかいう学者が言った通り、古代ドワネス語じゃのう」


「へ~、やっぱりそうだったんだ……。あ、パロパロじゃなくて、パロット学士ね」


「ぬ~ん、書かれとるのは《右に三回転、左に一回転、最後に真ん中を押し込む》、という動作方法じゃの。これをどっかの何かにはめて、書いてあるとおりにすりゃあ、何かが動くなり開くなりするんじゃろうな」


「へ~、なるほど……。あ、待って、もう一回言って、メモするから」


ガサガサと鞄を漁って、ペンとメモを取り出す俺。


「《右に三回転、左に一回転、最後に真ん中を押し込む》、じゃよ」


「右に、三回転……、左に、一回転……、最後に真ん中を、押し込む、っと……」


カキカキ、メモメモ


「それにしてもモッモ、おめぇ……、妙な字を書くのう。なんじゃそりゃ、どこの言語じゃ?」


「え? あ、あぁ……。あれだよ、日本語」


「ニホン、語? 聞いた事ねぇの~。おめぇは本当に、不思議な奴じゃ、ガハハッ!」


「ん? あれ?? 僕は別の世界から転生してきたって、言ってなかったっけ???」


「お? そうじゃったのか?? そりゃ初耳じゃな~。モッモおめぇ、転生者じゃったのか??? どぉ~りでまぁ、妙な事ばっかり知っとるわけじゃな、ガハハハッ!」


テッチャは、ちょっぴり驚いた顔をしたものの、おきまりの、おったまげ~!? はしなかった。

テッチャが口にした、転生者っていう言葉も、どこか言い慣れた感じがしたし……


「あんまり、驚かないんだね?」


「んん? いや、驚いたぞ?? じゃがまぁ、わしの故郷のデタラッタはそれはもう大きい国での。中には転生者と名乗る輩がチラホラいたもんで……。おめぇが初めて出会う転生者ってわけではないんじゃな、これが」


ふ~ん……

思ったんだけど、案外転生者って、この世界に結構いるもんなのかね?

前にチラッとカービィが、知り合いにそういう人がいるって言っていたけど……

ま、いいやなんでも。


「それで……、他には何かわかったの? さっきから、歯車の側面とか見てたみたいだけど……」


「それがのぉ~。こいつは間違いなく、ドワーフ族が手掛けた品に間違いはないんじゃが……。作った奴の印がどこにも存在しないんじゃ。普通はこう、作った物のどこかに、作り手がわかる印が押されているもんじゃての……。ほれ、これはわしが使っとる道具の歯車なんじゃが、ここに……、この隅の溝に、小さく印が押されておるじゃろ?」


そう言ってテッチャは、俺が持ってきた物よりも数倍小さい歯車を取り出して、単眼鏡と一緒に俺に手渡した。

テッチャが指差す箇所を、単眼鏡で覗いて見てみる俺。

確かにそこには、とても小さいものではあるが、家紋のような丸い印と、作り手の名前であろう文字が彫られている。


「これだけの細工、これだけ豪勢な宝石類をあしらっておきながら、作り手の印がない物はなかなかに珍しい。ドワネス語を用いている所も加味すると、なかなかの作り手、あるいは王族か貴族が作った物に違いない……。じゃというのに、印が存在しないとなると……。可能性があるとすれば、何かしらの印を残してはいけない理由があった、という事じゃな」


ほう? 印を残してはいけない、とな??


「それって……。例えば、どういう場合?」


「そうじゃの、例えば……。犯罪歴があるもんは、どんなに素晴らしい物を作っても、自分の印を残す事は出来ねぇの。犯罪者の印が彫られた物なんざ、誰も使いたかねぇじゃろ? 後、考えられるとすれば……。かなり身分の高い者が作ったが故に、敢えて名を彫らずにいたか……。その、なんて言うとった? ピクルスの塔とかいうやつか?? それが何なのかは知らんが、その塔に使うという事がバレては困る、と考えた作り手が、名を彫る事を避けた、という可能性もあるのぉ」


ほほう? なんかややこしいけど……


「ピクルスじゃなくてピタラスね。テッチャ、大陸大分断の事は知っていたのに、ピタラスの墓塔の事は知らないの?」


「……まぁ、知っとる奴の方が、世の中には少ないじゃろうの。ピタラス諸島は五百余年前、大魔導師によって作られたもの、それを俗に大陸大分断と呼ぶ……、とまぁ、どんな国でも伝わっとるのはそれくらいじゃろうて。フーガは魔法王国じゃからの、歴史の研究は周りの国より進んでおろうが……。周辺諸国にゃ、そこまで詳しい事を知っとる奴は少ねぇじゃろうな」


あ~、なるほどそうなんだ。


「アーレイク・ピタラスという魔導師の名も、わしは初めて聞くのう。大陸大分断を行い、容易に入る事の出来ない塔を建設した……。それだけの偉業を成した大魔導師ならば、故郷の国以外にもその名が伝わっておるのが普通なのじゃが……。わしが知らないだけか、意図して伝わってないのかはわからんの」


「え……、それって、どういう意味……?」


「さっき言うたじゃろ? この歯車には印が残っておらん。つまり、その墓塔の建設に関わった作り手は、後世に名を残す事を拒んだんじゃよ。その塔を作ったのが自分であると、誰にも知られたくなかった……。そこから考えられる事実とは、その塔の建設自体が、どこぞの誰かにとって不都合じゃったか、或いは、どこぞの誰かがその事実を闇に葬り去ったか、そのどちらかじゃやうの」


ほ~ん? なるほど……、わからん。


「……んん、まぁ、あれじゃよ。そのピタラスの塔は、曰く付きの塔、と言う事じゃないかのぉ?」


俺が全く理解していない風なのを確認して、テッチャは最後にそう言った。


曰く付きの、塔……

アーレイク・ピタラスが、そこに塔を建てたと言う事実を、世界に知られたくない者がいた、ということか?

加えて、塔の建設に関わった事すらも不名誉かのような、印のない歯車……

まぁもしかしたら、テッチャが最初言ったように、犯罪歴のある者が作った可能性も無きにしも非ずなわけだけど……

 けどほら、細工が丁寧だし、宝石も沢山使っているしで、作り手が王族や貴族の場合も考えられるわけだから~……

 あぁ、駄目だ……、酔いの回った頭じゃ何にも考えらんないや。


「まぁ、そのピクルスの塔に行って、これを使ってみりゃ何かわかるじゃろうて。モッモ、もう一度言うぞ、《右に三回転、左に一回転、最後に真ん中を押し込む》、じゃからな?」


「ん、オッケ~。……テッチャ、ピクルスじゃなくて、ピタラスね」


「お? ……ガハハハハハッ!!」

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