247:本が散乱する書斎

時刻は、午後五時を少し過ぎたくらいである。

壁一面に立ち並ぶ本棚と、部屋の中央に設置された机と椅子。

部屋の至る所に書物が散乱していて、足の踏み場もなく、歩くのも一苦労である。

そんな中、白薔薇の騎士団のみんなとグレコは、熱心に書物を漁り、調査の真っ最中。

それをぼんやりと眺めつつ、部屋の隅に座る俺とギンロとカービィ……、そしてブリック。


っておいっ!? ブリックは調査に参加しなくちゃ駄目でしょっ!??


と、突っ込みたい気持ちもあるにはあるけれど、なんせいろいろと期待を裏切られたもんで、今現在の俺は、絶賛放心中でございます。


イゲンザの神殿内に突入したのが午後の二時。

それから三時間かけて、なんの変哲もない暗く狭い通路をひたすら歩き続け、ようやく辿り着いた場所は、祭壇なんて呼べるような物は一切ない、本が散乱する書斎でした。


……何これ? なんで?? どうなってるの???


道案内人であったキノタンは、何やらノリリアの肩の上で、一緒になって書物を覗いている。


……いや、てか、あんた、文字なんか読めないでしょっ!?

あんな森の奥深くの、文明も文化も存在しないような苔むした里に住んでたくせに、何をちゃっかり本なんて読もうとしてるのさぁっ!??


もはや、八つ当たりに近い感情を、心の中でキノタンにぶつける俺。

しかし、この程度では収まりそうもない。

俺はもっと……、もっともっと……

ハラハラドキドキ、ワクワクのダンジョンを期待してたんだよぉ~うっ!!!


ノリリアいわく、なんとこのダンジョン、最短で攻略する秘訣は道を曲がらない事! だったらしい。

つまり、カクカク迷路のような作りはフェイクであって、曲がり道など全て無視し、ただひたすらに通路に沿って真っ直ぐに進むだけで、ここに辿り着けたという事だった。


くっそぉ~、なんちゅう手抜きなダンジョンなんだっ!?

そんなに簡単な方法でゴールまで辿り着けるのなら、見取り図なんて必要なかったんじゃないかぁっ!??


だがしかし、気になるのは、通路を曲がっていたらどうなっていたのか、という事である。

もはやゴールに辿り着いてしまっているので、引き返す気にはなれないが……

もしかしたら、宝箱とかがあったんじゃなかろうか? なんて、かな~り後ろ髪引かれますよね、うん。

……髪の毛ないんだけどね、俺。


「しっかし、祭壇なんて言っててよぉ~。どう見たってただの図書室じゃねぇかぁ~」


隣で腰を下ろしていたカービィが、唇を尖らせてそう言った。

元来彼も、なかなかに冒険好きなのである。

地図があれば楽だな~、なんて言いつつも、何かハプニングが起こる事を期待していたに違いない。

先程まではグレコと一緒に書物を漁っていたのだが、面白くないと感じたのであろう、いつしか俺の隣に座っていた。


「調停者への恩恵とやらも見当たらぬな……。モゴ族に伝わりし言い伝えは、偽りであったのだろうか?」


座禅を組んで、調査するみんなを眺めるギンロ。

……暴露すると、ついさっきまでギンロは、俺の隣で舟を漕いでいましたよ。

よほど退屈だったのでしょうな。


「まぁ、伝承なんてものは、時間が経つにつれて少しずつその形を変えてしまうものだからな。最初は何でもなかった話も、数百年後には神話になっていたりするものさ」


ギンロの隣で同じように座禅を組んで、ブリックはそう言った。


「……ねぇ、ブリックは調査に加わらなくていいの?」


「ん? 俺の役割はあくまでも力仕事。書物の調査は他に任せるのが基本だ」


そうなんだ、ふ~ん……

さすが筋肉馬鹿と呼ばれるだけあるね。


「しっかし、いつまで調べるつもりなんだぁ? まさか、ここの書物全部に目を通すつもりじゃねぇだろうなぁ??」


「そのまさかだろうな。ノリリアのあの顔を見てみろ? あんなに目をキラキラさせて……。もうきっと、誰が何を言っても、全部調べるまではここを出ないぞあいつ」


ブリックが指差す先にいるノリリアは、俺の位置からではその表情までは確認できないが、何やらローブの下で可愛い尻尾をプリプリと振っている。

おそらく、今、とっても楽しいんでしょう。


他の団員も、グレコも、なかなかに真剣に書物と睨めっこしていて……

こりゃ~、ブリックの言う通り、まだまだ時間がかかりそうですなぁ~。


小さく溜息をついた俺は、何の気なしに、その辺に散らばっている書物を見るともなく見る。

表紙に書かれている文字は、《長寿の秘訣》、《不老不死の秘宝》、《長生きする為に必要な十の約束》、などなど……

あぁ、イゲンザ・ホーリーって、長生きしたかったんだなぁ……、と思っちゃうような見出しのものばかりである。

内容はどのようなものだろうと、試しに一冊手に取って中を見てみる俺。

そこに書かれているのは……


《死する直前の親の心臓を喰らえば、寿命が更に十年ほど延び……》


読みかけて俺は、パタンと本を閉じた。


なんちゅう気持ちの悪い内容だこと……


その本の表紙には、《不死への誘い:黒魔術全書》と書かれていた。


うえぇ……、読んじゃいけないもの読んじゃったよぅ……

黒魔術て……、かなりやば~いやつじゃんかぁ~。


サーっと顔を青くして、その本をそっと元あった場所に戻す俺。


ふぅ~、危ない危ない……

あやうく、呪われるところだったぜ。


それにしてもだ。

不老不死ねぇ……

そんなものになりたいなんて、今まで考えた事なかったなぁ~。

命はさ、こう、終わりがあるからいいんじゃない?

いや、そりゃまだ死ぬのは嫌だけど……

それが自然の摂理っていうか、なんていうか……

ヨボヨボの老いぼれピグモルになってまで、ずぅ~っと未来永劫生きていたいだなんて、流石に思わないわ。

……そう考えると俺って、超絶普通なピグモルだよね、うんうん。


「なぁモッモ。あそこに穴ねぇか?」


カービィにそう言われて、その指がさす方向を見やる俺。

部屋の中央にある大きな机の一端に、何やら小さな穴が空いている。

それは、ちょうどキノタンなら通れそうなくらいの穴である。


「……何だろうね?」


「もしかして……、隠し部屋とかじゃねぇか?」


おぉっ!? 隠し部屋となっ!??


カービィの言葉に、極限まで下がっていたテンションが、ちょぴっと上がる俺。


「キノタンに入ってもらう?」


「いや~、でも……、あいつ見てみろ? ノリリアのペットになっちまってるぞ??」


カービィの言葉通り、ピッタリとノリリアにくっついて、キノタンは熱心に書物を凝視していた。

……文字なんて読めないくせにさ。


「よっし! おいらが調べてやろうっ!!」


「僕も行くっ!」


立ち上がって、テクテクと机に近付く俺とカービィ。

机の穴は、俺とカービィの小さな手なら入りそうである。


「そぉ~っと、入れてみよう……」


恐る恐る、手を穴の中に入れるカービィ。

すると、カチャリ……、という、何かの鍵が開いたような音がして……


パカッ!!!


「はっ!?」

「うんっ!??」


俺たちの足元が、下に向かってパカッと開いて、そこには暗闇が広がって……


ヒュ~~~ン


「いやぁあぁぁっ!??」

「のわぁあぁぁっ!??」


叫び声を上げながら、俺とカービィは、突如として現れた落とし穴のような暗い穴の中へと、二人仲良く吸い込まれていった。


遠くで、グレコが俺の名前を呼んでいた……


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