233:金のオーブ

「これは、モゴ族の長老となりし者に代々伝わる金のオーブですノコ。その昔、我らモゴ族は、このオーブを勇者殿から賜り、来たるべき時まで守るようにとの仰せを受けました。時の神が使わせし調停者様が、このオーブを求めてやって来る、その時を待てと……、勇者様は我らに命じられたのですノコ」


キラキラと輝く金の玉を見つめながら、長老はそう言った。


眩いばかりの光を放ち続ける金の玉。

それはまるで、何者かの名前を呼んでいるかのような……、そんな風に俺には見えた。


これって、もしかして……

いやでも、何故こんな場所に?

そして、何故一つしかないの??


光に目が慣れてくると、向こう側の部屋の様子が見て取れた。

壁や床、天井も、その作りがこちら側の部屋とは全く違っている。

何か見た事のないツルンとした材質の、一見すると磨き上げられた白い石のようなもので造られているこの部屋は、至る所に青く光る魔法陣が描かれている。

それら魔法陣に守られているかの如く、部屋の中央に設置された、大層頑丈そうな赤い布を敷いた台座の上に、そのオーブは存在した。


モゴ族が、勇者から賜ったという金のオーブ……

だけどこれって……、つまり、あれだよね?

俺の知っている、あれだよね??


「ゆうしゃ、ってなんだ?」


背後でカービィが、間抜けな声を出す。


おいおいカービィ、勇者を知らないってか?

そんな馬鹿な……

勇者は……、勇者だよ。

あれだ、闇の帝王とか、地獄の魔王とか、そういう如何にも悪そうな奴を倒す為に存在する、世界で一番強い者の事だよ。


「遥か昔に、この地を守りし者……。空を飛び、闇を切り裂く、勇敢な剣士であったと伝わっておりますノコ」


ふむ……、長老の説明はこう、なんだか勇者の格好良さが半減されるな。

もっとこう、伝説の剣を持って~とか、悪の軍団を倒して~とか、ないの?

伝説というか、武勇伝というか……

そういう、代々語り継がれてきた逸話的なやつ、ないの??


「ポポポ、勇敢なる者、勇者……。初めて聞く名前の者ポね」


えっ!? マジかっ!??

ノリリアも知らないのかっ!???


……ん? でも待てよ??


俺は、随分前に、神様と話した時の事を思い出す。

そもそも、世界最弱のピグモルである俺なんかが旅に出なくても、勇者に頼めばいいじゃないか!? と、神様に進言した時の事だ。

神様は言ったんだ……、そんな便利な者はいないんだよ、って……

つまり、現在この世界には、勇者はいないということ。

だとしたら、カービィやノリリアが、勇者という者を知らなくても仕方がないということか?


でも、神様はこうも言っていた。

勇者と呼ばれる者は、後から見れば勇者なのであって、最初から勇者だと呼ばれる者など存在しない……

つまりこれは、当時はそうでもなかったけど、後世の者から見れば勇者だという場合がある、という事だ。

となるとだな……

この目の前にある金のオーブをモゴ族に託した者は、本当に勇者だった可能性があるわけだ。


ふ~む……


この世に勇者は、リアルに実在したのであ~る。


……くっ、……くっそぉ~。

なんで今の時代にはいないんだよぅっ!??


「我らモゴ族は、この金のオーブを、時の神が使わせし調停者様にお渡しする使命を、勇者様より承っているのですノコ。そして昨日、あなた様方がこの里を訪れられる数時間前から、このようにオーブが光を放ち始めましたノコ。このような現象は、先代の長老からも聞いておりませぬ故……、使命を賜りし時より今日に至るまで、長く長い年月の中、初めての事なのですノコ。故に、調停者様が遂に降臨されたものと思いまして……」


そこまで話して長老は、横目でチラリと俺を見た。

その目はまるで、本当にあなたが調停者様なのですノコ? とでも言いたげだ。


「ポポ……。それで、そのオーブをどうするのポ? モッモちゃんに何をさせる気ポ??」


「この金のオーブを、あるべき場所へと戻す、それが調停者様の役割だと伝わっておりますノコ。詳しい事は我らにも分かりませぬが、調停者様は、このオーブをここより持ち出して、あるべき場所へと導かねばなりませぬノコ」


……え、何それ、どういう事?


「じゃあ……、モッモが、その金玉をそこから持ち出せばいいんだな?」


おいカービィ、金玉言うなっ!!


「その通りですノコ。ただし……、このオーブの魔力は強力ですノコ。周りの魔法陣で力を抑えているようですが、それでもそれでも……。勇者様より賜りし遥か昔からずっとここにあって、誰も持ち出す事など出来ませんでした。触れようものならたちまち火花が散って……、丸焦げの焼きキノコになりますノコ」


うぇ~、なんちゅう恐ろしい金玉だ……


「ポポポ……。もし、モッモちゃんが調停者じゃなかった場合はつまり……」


「触れた側から火の手が上がり……、一瞬で焼き野ネズミの完成となりますノコ」


なっ!? うぉおいぃっ!!

焼き野ネズミてっ!? 焼き野ネズミてぇえっ!!?

そっ、そんなものに……、俺はなりたくないですよぉっ!!!


「ふ~ん……。じゃあモッモ、触ってみろよっ!?」


お~いっ! こらカービィ!!

今の話、ちゃんと聞いていましたかぁっ!??


「僕……、こんがり焼けるのなんてごめんだよっ!」


断固拒否する俺。


「大丈夫ポ、モッモちゃん。火がつくと同時に、水生成魔法で消火するポね」


サッと杖を構えるノリリア。


どうして焼ける事が前提なんだよっ!?


「さぁ、お試しくださいませノコ」


どうせあなたは調停者じゃないですノコ? って顔でこっちを見ながら、お試しくださいとか無責任な事言うんじゃないよ長老この野郎っ!


「長老様はお下がりくださいノコ。燃え移ったら大変ですノコ」


キノタンが、ボソボソと長老に耳打ちする。


聞こえてますよぉ~!!!


サササと、素早く後ろに下がる長老。


本当に下がるんかぁ~いっ!!!


光を放ち続ける金のオーブの部屋の前に、一人取り残される俺。


ドキドキドキドキ


これ、なんで、こんな事に……?


目の前には光を放つ金の玉。

扉が小さい為に向こう側の部屋へは入れないが、手を伸ばせば容易に取れる距離にある。


本当にこれを、俺が取るべきなのか??

ま、まぁ、俺の予想が正しければ、俺がこれを手に取っても平気なはず……、はずなのだが……


クルリと振り返り、みんなの顔を伺い見る。


「モッモ! いけぇっ!! 金玉掴めぇっ!!!」


……カービィよ、何故にそんなに楽しそうなんだい?

君は、僕を守ってくれるんじゃなかったのかい??


「大丈夫ポよ、モッモちゃん!」


そう言うノリリアからは、さっさと済ませてここを発つポよ! という心の声が聞こえてきそうだ。


「さぁ! 調停者!! どうぞノコ!!!」


「どうぞノコ!!!」


長老とキノタンは、ガンガン勧めてくる割には、どうせこいつは違うだろうって顔をしている。

よくもそんな、平気な顔して……、そんな事言えるなぁっ!?


くぅうぅぅ~!!!

もう、こうなりゃなるようになれぇっ!!!


俺は、半ばヤケクソな気持ちで、扉の向こうへと手を伸ばす。

そして、台座の上にある金の玉をむんずと掴んだ。


すると次の瞬間!

金の玉は、更に眩い光を放ち、辺りは真っ白になった!!


「うわぁあぁっ!??」


「のぁあぁっ!??」


「ポポ~ゥッ!??」


「ひゃ~!??」


「ノココッ!??」


それぞれが悲鳴をあげる中、かすかだが、シューンという妙な空気音が俺の耳には届いていた。


そして、目をギュッと瞑る事数十秒。

次第に光は収まっていき……

次に目を開いた時、俺の手は、燃えて……、燃えて……!? 燃えてなぁ~いっ!!!


「ノコッ!? 金のオーブを手にしてるノコ!??」


「ノッ!? まさかそんなっ!?? じゃ、じゃあ……、あなた様は真に、時の神の使わさし調停者様っ!???」


背後からそのような声が聞こえて振り返ると、そこには、信じられないノコ! といった顔で、目をパチクリさせる長老とキノタン。

ノリリアはにっこりと笑って杖をしまい、カービィは俺に向かって親指をグッ! と立てて見せた。


ふふふふふ……、ざまぁ見やがれってんだ毒キノコ供め。


俺は、手のひらの中で光る、金のオーブをギュッと握りしめた。

神様から、そんな名前を授かった覚えはないけれど、この状況だ、言わずにはいれまい……


「我こそは……、時の神より遣わされし、偉大なる調停者であるぞよっ!!!」


言った! 言ってやったぜ!! はっはっはっ!!!


「おぉおぉおおおっ!!!」


長老とキノタンが感嘆の声を上げる中、金のオーブを頭上に高々と掲げて、俺はドヤ顔で決めポーズをした。


シャキーン!!!

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