230:イヤッフゥー!!!

『ねぇ~ねぇ~、僕ちんの声ぇ~、聞こえるぅ~?』


……なんだこの声? 気持ち悪いな。


『あ、良かった~ん、聞こえるんだねぇ~ん?』


低い声に粘っこい喋り方……、誰だ?

知らないぞ、こんな奴。


『僕ちんはねぇ~、そのぉ~……、何者なのかは言えないんだけどぉ~ん』


……なんだ? どうなってるんだ??

周りは真っ暗で、声は聞こえてくるけど、姿が全く見えないぞ???


『君がねぇ~、もうすぐ手に入れる物はぁ~、元々僕ちんの物なんだよねぇ~ん。だからねぇ~、返しに来て欲しいんだよぉ~ん』


……お? あっ!? ちょっと見えてきたっ!??


……ん? なんだあれ?? なんか、茶色い???


『僕ちんはぁ~、ニベルー島にいるからさぁ~あん。頼んだよ~、モッモちゃぁ~ん』


何故に俺の名前を知って……?


お、おい……、ドンドン近付いて来てるぞ?

それ以上近付いたら、ぶつか……、ぶつかるぅっ!?






「ぶはぁっ!? カバだぁあっ!??」


あまりの衝撃に、俺は叫びながら飛び起きた。

心臓が大きく脈を打ち、鼓動がドクドク鳴っている。

いったい何が起きたのかと、辺りを見回す。


「……こ、ここは。……テント、だよね、……うん」


どうやら夢を見ていたらしい。

はぁはぁと、大きく息を吸いながら、乱れた呼吸を整えようと試みる。


「……どうした、モッモ?」


いつの間にか、普通の犬のように丸まって、毛布を体にすっぽりかけて寝ていたらしいギンロが、片目を開けて尋ねてきた。


「あ……、カバ、カバが……、近付いてきて……」


訳がわからないであろう俺の説明に、ギンロは耳をピクピク動かしたのみで、また目を瞑ってしまった。


両隣には、大口開けて眠るカービィと、スヤスヤと穏やかな寝息を立てているノリリア。

テントの外は薄暗く、とても静かだ。

どうやらまだ、夜明け前らしい。


ようやく呼吸を整えた俺は、先ほど見た夢を回想する。


こう、真っ暗闇の中に、きっもちわっるいネチネチ声が聞こえてきて……

声の主を探そうと目を凝らすと、少し離れた場所に、光を浴びた茶色い物体が浮かんできて……

それが、ドンドンこっちに近付いてきて……


最後に見えたあれは……


「三つ目の、カバだったな」


あまりに奇妙、あまりに不愉快な夢だ。

いつもは、夢なんか見ないのに……、というか、見ていたとしても忘れているのだ。

なのに今回は、かなり鮮明に覚えている……、というか、うなされて起きてしまったようなものだ。


「カバの、悪夢だな」


ポツリポツリと独り言を漏らしながらも、また眠気が襲ってきた俺は、再度毛布を被り、夢の中へと戻っていった。






「きゃ~! 助けてぇ~!!」


誰かが叫んでいる。


「ぎゃあっ!? 化け物ぉっ!??」


化け物? まじかぁ~、そんなの遭遇したくねぇ~。


「きゃあぁ~! いやぁあぁ~!!」


これは……、只事では……、なさそうだぞっ!?


「な、なんだっ!?」


「むっ!? 敵襲かっ!??」


「何が起きたのポっ!?」


一斉に飛び起きる、俺とギンロとノリリア。

なにやらテントの外で、モゴ族達が悲鳴を上げながらバタバタと走り、何者かから逃げ回っているようだ。


「襲われているのかっ!? 我らも外へ出ようぞっ!!」


「えっ!? う……、うんっ!!」


「ポポポ!」


既に魔法剣の柄に手を掛けているギンロの言葉に従って、自分にかかっていた毛布を剥ぎ取り立ち上がる俺とノリリア。


……ん? あれ?? カービィがいないぞ???


急いでテントの外に出てみると……

なんとそこにはっ!?


「やっぱり夢じゃなかったんだ! おいらは遂に、出会ったぞ!! イヤッフゥー!!!」


怯えるモゴ族達のど真ん中で、かなりの興奮状態で鼻息荒く叫ぶ、復活したカービィの姿があった。






「ほらっ! ちゃんと謝るポよっ!!」


「ご、ごめんにゃ、しゃい……」


モゴ族達に向かって、土下座をするカービィ。

そのお顔は、ノリリアの連続平手打ちを食らった為に、両頬が赤く腫れ上がっている。


どうやら、一番に目覚めたらしいカービィは、ここはどこだろうなと思い、テントの外に出て、モゴ族達の家を発見。

不躾にも、家の窓に顔を思い切り近づけて中を覗き、モゴ族の姿を発見して……


「なっ!? モゴ族ぅうぅぅっ!??」


そう叫び、一気にテンションマックスに。

後はもう、驚き慌てて家から出て来たモゴ族達を次々に追い回した、らしい……


「も、もういいノコ。別に、誰か怪我したわけでもないノコ」


「そうだノコ、ちょっと驚いただけノコ」


「頭を上げてくださいノコ」


苔むした地面に額を擦りつけるカービィを見て、哀れみを感じたのだろう、モゴ族達は優しく声を掛けてくれた。


……うん、モゴ族達は、ピグモルに負けず劣らずお人好しだな。


「あ、じゃあ、仲直りの印に……。その傘の裏を見せてくれないか? へぶぅっ!?」


「反省してないポねっ!?」


締めのビンタ一発を食らったカービィは、ノリリアの足元にノックダウンした。






「大地の恵みに感謝し、モゴの子らよ、今日も一日、健やかなれ~」


「健やかなれ~」


長老の言葉を復唱し、頭上から降り注ぐ太陽の光に向かって、手を伸ばすモゴ族達。

何十……、いや、何百もの、様々な姿形をしたキノコのような生命体が、揃って天に手を伸ばすこの光景は、かなり神秘的なものである。


夜が明けて、太陽が空へと登り始めると、大きな木の根っこで覆われたこの大空洞の中にも、地表に開いた無数の穴から陽の光が差し込んで来た。

モゴ族達は、地下からの湧き水が溜まっているらしい小さな水溜りに体を浸した後、降り注ぐ暖かな光の下で、揃って光合成らしきものを始めた。

どうやらこれは、彼らの日課らしい。

両手を頭上に伸ばし、気持ち良さそうに光を浴びるモゴ族達。


「ジェジェ、ジェ~?」


……ん? ゴラ??


見ると、マンドラゴラのゴラが、俺のズボンのポケットから顔を出し、その光景を羨ましそうに見ているではないか。


「ポ!? ポポっ!?? モッモちゃんそれはっ!???」


あっ! しまったっ!!

ノリリアに見つかったっ!!!


「あ、えと、これは、その、あの」


アタフタとする俺。


「モッモのペットのゴラだ。大人しいから、鳴いたりしねぇぞ?」


まだ顔の腫れが引かないカービィが、いつもの調子でヘラヘラと笑ってそう言った。


さっき、モゴ族達を追いかけ回していたから、まだ異常行動が治ってないのかとヒヤヒヤしたが……

どうやら毒は抜けたらしい、通常のヘラヘラ具合である。


「ポポポゥ……。モッモちゃん、あなたは本当に、あたちの想像の斜め上を行くポね……」


ははは……、それは良い意味でかな?


ノリリアは、苦笑いしつつも、特に咎める気はなさそうだ。

俺はそっとゴラをポケットから出してやり、モゴ族達と同じように湧き水の水溜りに浸して、太陽の光の下へと下ろしてやった。


「ジェジェジェ♪ ジェジェ~♪」


「ふふふ♪ どういたしまして~」


なんだか、ゴラがお礼を言っているような気がしたので、俺はそう返事をしたのだった。

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