226:……食ってしまおうか?

「ねぇ、本当にこうするべきだったのかなぁ? あのまま放っておいた方が良かったんじゃない??」


大きなギンロのマントで作った、即席の風呂敷袋をズリズリと引きずりながら、松明を手に歩く俺。

風呂敷袋の中身は勿論、先ほどのキノコのような風貌の魔物達である。

 キノコ狩りに行ったって、こんなに沢山は採れないだろうと思われる量のキノコが、この中には詰まっている。

 その数およそ五十匹……、まさに大収穫である。


 ギンロの咆哮によって気を失ったキノコ魔物達は、大きい者で俺の頭ほどの大きさがあり、小さい者だと俺の手の平くらいの者もいた。

 色や形は本当にバラバラで、しめじのようにツルンとした無難な茶色の者がいたかと思えば、絶対に毒キノコだわ~っていうグロテスクな見た目の者もいた。

 他にも、えのき茸や舞茸っぽい体つきのがいるかと思えば、見た事のない青い姿の者もチラホラ……

 全体で共通している事は、キノコの傘の部分に二つの目があって、口と鼻は見当たらない事だ。

 言葉を発していたから、きっとどこかに口があるはずなんだけど……

 柄の部分には、とってつけたような短い手足が付いており、どうやら二息歩行できるらしい。

 衣服を着る習慣はないようだが、皆一様に、手には針のような小さな剣と、木製の盾を装備していた。

 

俺は最初、彼らを俺の神様鞄に入れようと試みたのだが……、どうやら、普通に生きている物は入れられないらしい、鞄に拒否されてしまったのだ。

 だから仕方なく、ギンロのマントを代わりに使う事にしたのだった。


「いや、捨て置くのは危険極まりない。意識を取り戻した後、背後から襲われてもつまらぬからな」


右肩にノリリアを、左肩にカービィを乗せて、俺の後ろを涼しげな顔で歩くギンロ。

 どこからどう見ても、今晩のおかずを仕留めた帰りのようにしか見えないよそれ……


背後にはもう、先ほどの様な、様々な色の淡い光は存在しない。

おそらくあの光は、このキノコ魔物達が発光していたのだろうと俺は推測していた。


「けどさぁ……。これだと、せっかくのおニューのマントが台無しだよ? 泥だらけだし……、破れちゃうかも」


かなり重量のあるそれを、恨めしそうに見る俺。

片手で風呂敷袋を引きずりながら暗い洞窟内を歩くのは、体の小さな俺にとっては結構大変なのだ。

さっきから汗が止まらないし、風呂敷袋を持っている方の手は痺れてきた。


「構わぬ。使い物にならなくなったならば、また新しいのを買えば良いではないか」


ギンロは、何故か偉そうにそう言った。

買えば良いって、そんな気安く……、金持ちのお坊ちゃんかお前はっ!?

これだから貨幣価値の分からん奴はよぉ~お~。


「ギンロ~。物は大事に使いなさいって、お母さんから習わなかったの~?」


俺の母ちゃんは、普段は優しいけど、なかなかに躾は厳しかったぞ!

俺が自分の事を、「俺」だなんて言おうものなら、遠慮なく母ちゃんの雷が落ちたもんだ。

それ以来怖くって、相手が誰であろうとも、自分の事を口にする時は、「僕」って言うのが癖付いちゃったくらいだからな。


「母は、我が三つの時に祖国へ帰った故、そのような会話をした覚えはない」


淡々とした声でそう言ったギンロだが……

なんとなくだけど、幼少期は寂しかったんだろうな~って、俺は思った。


そっか、そうだったのか……

なんか、悪い事聞いちゃったかな。


「……ごめんね、ギンロ」


「む? モッモ、何故謝るのだ??」


「……なんとなくだよ」


「ぬ、そうか、なんとなくか」


そうだよね、家庭の事情なんて人それぞれなんだからさ。

あんまり滅多な事言うもんじゃないよ、モッモ。


ズリズリと、風呂敷袋を引きずりながら、何故か俺は自分を律するのであった。






どれほど歩いたのだろうか?


長時間の歩行で足が疲れて、風呂敷袋のせいで手や腕や肩が痛くなって……

それでも進むべき道があったから、ここまで歩いて来られたわけだが……


俺とギンロは、目の前の光景に沈黙し、悩んでいた。


「これ、どうしたら良いんだろう?」


「ぬぅ……。掘るか?」


「……掘って、……どうにかなるかなぁ??」


「しかし……、引き返すわけにもいくまい」


そうだよねぇ~。

でもさ、これさ、どう見ても行き止まりだと思うの。


……そう。

東西にずぅ~っと伸びていた、洞窟内の長く広い一本道は、突如として終わっていた。

目の前にあるのは、土とも岩ともわからない茶色い壁。

出口など、最初からこちら側に有りはしなかった、という事か?

いやでも、パロット学士が言っていたんだから、嘘だとか無いだとか、そういう事じゃないだろう。

でも……、じゃあなんで、ここで行き止まりなのだろう??


 眼前にそびえ立つ岩の壁を凝視して、これからどうするべきかと考える俺。

しかし、どうしようかと悩めば悩むほど、答えが出てこない。

というか、どうやらここまで歩いてきた事で、体力の限界が来ているらしい。

 身も心もフリーズしていた。


仕方あるまい……、なんせ、俺の体力は50Pしかないんだからな。

 最弱種族ピグモル様のか弱さなめんなよっ!!!


……チーン、……ナ~ム~。


一人、心の中で合唱していると、隣に置いた風呂敷袋がもぞもぞと動き出した。

中のキノコ魔物達が目を覚ましたらしい、何やらあの可愛らしい声でピーピーと喚き始めたのだ。


「出せっ! 出せノコっ!!」


「押し破るのだノコっ!!!」


「ぎゃっ!? 顔を踏まないでノコ!!」


「ふぁ~あ、よく寝たノコ……、って!? ここどこノコっ!??」


「うわぁ~ん! 捕まっちゃったノコ~!! うえぇえ~ん!!!」


 ……かなりパニックに陥っているらしく、風呂敷袋の表面が、激しくボコボコと波打っている。


「……ギンロ、どうする?」


「……食ってしまおうか?」


……はぁ~、ギンロに聞いた俺が馬鹿でした。

いくらキノコに見えるったって、相手は言葉も話す知的生命体だよっ!?

どうしてそれを君は、平然と食べるだなんて言えるのかねぇっ!??


……とまぁ、突っ込みたい気持ちは山々なのだが、突っ込んでもギンロには響きそうも無いのでやめておいた。


 そぉろっと、風呂敷袋の縛り口を開く俺。

 すると、中で暴れていたキノコ魔物達が、わらわらと溢れ出てきた。


「ややっ!? 先ほどとは別の獣ノコっ!??」


「覚悟っ! 覚悟ぉっ!!」


「成敗っ! 成敗ぃっ!!」


 口々にそのような事を叫びながら、針のような小さな剣を手に、俺に襲い掛かろうとするキノコ魔物達。


「ひっ!?」


 小さいと言えども、相手は刃物を持った危険生物である。

 俺は小さく悲鳴を上げて、ギンロの背にササッと隠れた。


「ノココココっ!? 後方に敵襲っ!! 敵襲っ!!!」


「巨大な獣ノコっ!!???」


「ひるむなっ! 迎え撃つノコっ!!」


「わぁあぁぁぁ!!!」


 それぞれに剣を振り上げて、可愛らしい雄叫びと共に、ギンロに向かってくるキノコ魔物達。

 こんなに小さいというのに、なんて勇敢なんだ! と感心したのも束の間……


「ほう? そのような小さき体で我に向かって来ようとは、何という強き心……。ならば我も、全力を以って応えようぞ!」


 そう言って、二本の魔法剣を鞘からスラリと抜き出し……


「おぉおぉぉぉ~!!!」


 ブワァンッ!!!


「ぎゃあぁあぁぁぁぁ~!!!!!」


 あらん限りの力で双剣を振り回し、突風を巻き起こしたギンロ。

 その風圧に、小さなキノコ魔物達が耐えられるはずもなく……

 

「はっはっはっ! 一網打尽っ!!」


 突風に吹き飛ばされ、儚く宙を舞い、地面にバラバラと落ちるキノコ魔物達を見て、ギンロは満足げにそう言った。

 あまりの衝撃に、地面に伏したまま、弱弱しくピクピクと痙攣しているキノコ魔物達。


 ……あぁ、可哀想に。

 ギンロ、もう少し手加減してあげなよ。

 今のは誰が見たって……、ただの弱い者イジメだよ?


「うぅ~ん……、ここは、どこだポ?」


「あ! ノリリア!! 良かったぁっ!!!」


 ギンロの肩にかけられたままの、毛皮の如きノリリアが目を覚ました。

 ……そりゃ、あれだけの突風を発生させたんだ、ギンロの体の上もさぞ揺れたに違いない。

 問題は……、それなのに起きないカービィの方だろう、まだ白目を向いている。


「大事ないか? ノリリア」


 ノリリアをそっと肩から下ろすギンロ。


「大丈夫ポ、ありがとポ……。ポポポ……、ギンロちゃんに、モッモちゃん……。それに、そこにいるのはカービィちゃんポね? いったい、何がどう……。ここは、洞窟の中ポか??」


「あ、うん、そうなんだけど……。えっと、どこから説明すればいいのか……」


 あたふたとする俺を他所に、ノリリアは辺りをキョロキョロと見回して、地面に倒れたままのキノコ魔物達を目にした。


「この魔物は……、はっ!? まさかっ!?? ここはマンチニールの森の地下洞窟ポかぁっ!??」


 ……えっと、……え? マンチニールの森って、イゲンザ島の内陸に位置する、入っちゃいけない森の事だよね??


 ……えっ!? ここっ!?? 有毒植物生物がうじゃうじゃいる森の地下だったのぉっ!???


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