202:自分に正直でいてね

「もう少し、顎を上げてもらえるかしら? ケロケロ」


「こ、こうですか?」


「そうそう♪ そのまま動かないでね~」


「は~い」


窓の外に広がる空は快晴。

本日も、港町ジャネスコは晴天なり!


サラサラサラ~、サッサッサッサッ


大きなキャンバスの上を、筆が滑る音がする。

色鮮やかな沢山の絵が並ぶこの部屋は、様々なインクの匂いで溢れている。


俺が今いる場所は、隠れ家オディロンの隣にある建物の中。

宿屋のオーナーであるタロチキさんと、リルミユさんのお家である。

宿屋とは一階の扉で繋がっていて、簡単に行き来ができる仕組みになっている。

そして、その建物の一室に、リルミユさんのアトリエが存在した。


昨日の夕食後、普段なら夜間は宿屋に姿を見せないタロチキさんが、珍しく俺たちの部屋へやってきた。

長期滞在のサービスだと言って、焼きたてのパウンドケーキの様なものを差し入れてくれたのだ。

言うまでもなく、一番喜んだのはギンロだった。


その時に、俺はタロチキさんからあるお願いをされたのだ。

リルミユさんの絵のモデルになって欲しい、と……

正直、なんのこっちゃらちんぷんかんぷん、だったのだが。


聞くところによると、リルミユさんは、元はとても売れっ子の画家だったらしく、タロチキさんとこの宿屋を経営する為に、絵の道を諦めたとかなんとか……

絵なんて、描きたい時に描けばいいんだから、諦めなくても良かったのでは? なんて思ったのだが、どうやらそんなに甘くはないらしい。


画家という仕事は、列記としたジョブの一つで、他の職業と同様に、名乗る為には、認定試験に合格する必要があるのだそうだ。

しかし、認定試験に受かったその後は、国から絶えず大量の仕事が舞い込んでくるらしい。

というのも、写真がないこの世界で、肖像画というものは、唯一自分の姿を残せる手段として、王都の貴族や各地の富豪達に大変人気だとか。

念写という方法があるのでは? と思ったけれど、絵画のような繊細な美しさで念写できる魔導師はそうそうおらず、より美しい絵を求める者たちが、画家たちに肖像画の依頼をしてくるのだという。

それも、多額の費用を払って……

画家になれれば将来は安泰だ! と言われるほどに、画家というジョブは高給取りらしい。


ただ、前述したように、かなり忙しいジョブなので、宿屋との兼業は難しいと判断したリルミユさんは、せっかく取得した画家のジョブ認定資格を自ら放棄した。

つまり、タロチキさんの為に、夢を諦めた、と……


そんなリルミユさんが、最近ボソッと零したそうな。

俺の肖像画を描いてみたい、って……


これは、かなりラッキーな申し出である。

この国で肖像画を描いてもらおうと思うと、軽く三十万はお金が吹っ飛んでいくとカービィが言っていたからだ。

万年貧乏な俺にとっては、千載一遇のチャンスと言っても過言ではない。


ただ、タロチキさんからそれを聞いた時、正直言うと、何故に俺? と、かなり疑問に思った。

俺なんか描いて、何の得があるのだろう? と……

しかし、よくよく考えてみると、描いてみたくなる気持ちが分からなくもない、とも思った。


ピグモルなんて可愛い種族は、この世界にはそうそういないだろうしな……、ふふふん♪


なんて、思っていたのだが……、どうやらそうではなかったらしい。


モデルとしては最低な棒立ち状態の俺に対し、窓辺に置かれた小さな椅子に腰掛けてキャンバスに向かうリルミユさんは、こう話してくれた。


「モッモさん、あなたはこれから、今まで誰も成し遂げられなかったような、大きな大きな偉業に挑んでいくのね。だから私は、今、この瞬間のあなたを描いておかなくてはいけないと、強く思ったの。後世に語り継がれるであろうあなたの物語を、より多くの人に伝える為にね、ケロケロ」


「……え、それは~、えっと~。また例の予言ですか?」


リルミユさんは、その見た目からは想像もつかないような、予言者的な不思議な力を持っている。

現に彼女の言葉は、これまで全て当たってきた。

プラト・ジャコールの一斉討伐クエストではものの見事にルーリ・ビーに刺されたし、ピグモルだとばれたことによって誘拐されたけど、サカピョンやユティナ、フェイアを含めた仲間たちみんなに助けられて、無事一件落着したし。


今の言葉が予言ならば、俺はそんなに偉大な人物……、もとい、偉大なピグモルになるというのか? 最弱な上に、プニプニなのに??


「ん~、予言なんてそんな大それたものではないわ。ただそんな気がするだけよ、ケロロン♪」


うん、あなたのそれは、立派な予言なんですよリルミユさん。


「以前にも言ったことがあるけれど……。モッモさん、あなたは、自分がピグモルという種族である事を偽る必要はないわ。たとえそれが原因で危険な目に遭ったとしても、必ず仲間が助けてくれる。それに、あなたが世界で活躍する事で、ピグモルという種族の立場は、以前とは全く違ったものへと変化するはず……。それはとても良い変化よ。だから、変わる事を恐れては駄目。迫り来る危険を避ける事は間違いではないけれど、やりたい事、やるべき事を諦める理由にしては駄目よ。あなたはあなたらしく、素直で正直なあなたのままでいて欲しいの」


……うん、とっても良い言葉を貰っている気がするけれど、ちょっと言葉が多いなリルミユさん。

前半何を言われたのかもう忘れちゃったよ。


「あなたの小太りなお仲間さんにだって、思った事を言っても大丈夫よ? 彼はきっと、あなたの思いを受け止めてくれるから」


「え? 小太りって……、えと……。ドワーフの事ですか??」


「あ~、そうね、彼はドワーフのようね。別に、あなたが今胸に抱いている思いを告げても、彼の信念は曲がらないし、他の方法で頑張ろうとしてくれるはず。だから、言いたい事は遠慮なく言えばいいのよ? だって、仲間なんだからね、ケロロ♪」


そっかぁ……、うん、そうだよな。

あんな、奴隷市場と繋がりがあるような怪しげなオークションに、テトーンの樹の村で採れたウルトラマリン・サファイアを出品するなんて、本当は嫌だったんだ。

テッチャに気を遣って言えなかったけど……

そんなの変だよね、仲間なのにさ。


「リルミユさん、ありがとうこざいます。僕、後でちゃんと、自分の思っている事、仲間に伝えます!」


「うふふ♪ それでこそモッモさんよ。素直でまっすぐ、自分に正直でいてね。そうしたらきっと、次に会える時には、一回りも二回りも成長したあなたに会える……、そんな気がするわ♪」


「はいっ! 頑張って成長しまっす!!」


「ケロロン♪ あ、でも、もう少しジッとしててね」


「あ、はいっ!」


こうして俺は、人生……、もとい、ピグモル生で初の肖像画を描いて貰ったのであった。

絵の具が乾くまではしばらく時間がかかるとの事だったので、絵を渡せるのはまた次に会った時だと言われた。

……という事は、俺は無事に、長~く長~い航海を終えて、この港町ジャネスコに戻って来られる、という事だろう。

リルミユさんが言うんだ、間違いない! 大丈夫!!


「あ、でも……。頭上には常に警戒してね。狙われているから、ケロケロ」


え~、何それ~。

最後にそんな、不吉な予言はやめてくれよ~、リルミユさ~ん。






「もしも~し、こちらモッモ~。聞こえますかぁ~?」


「お~う、こちらテッチャ~。聞こえとるぞぉ~」


「あ、テッチャ。作業中にごめんね~」


「いや、今からちょうど昼休憩の時間じゃて、構わんよ~。それよりどうした? 昨日帰ってきたばかりじゃろうに……、忘れ物でもしたかぁ??」


「あ、いや……、物は忘れてないんだけど、言い忘れた事があってさ」


「何じゃ? 言うてみぃ??」


「うん……。裏ルートで売るって言っていたウルトラマリン・サファイアの事なんだけど……。正規ルートで売っちゃ駄目かなぁ?」


「おぉ? どうした?? 急ぎで金が必要なのか???」


「ううん、そういうわけじゃないんだけど……。その~、オークションってやつね、実は……。この間僕が拉致された時の犯人、ユークって奴が、密猟した生き物達を引き渡していた所なんだよ。僕達が密輸を阻止したから、今回のオークションが延期になったんだ」


「なんとっ!? そうじゃったのかっ!?? そいつは知らなんだっ!!!」


あ、やっぱり知らなかったんだ。

うん、そうだよね、知っていたらさすがにテッチャもそんな所を利用したりしないよね。


「ドワーフは金回りさえ良ければ内情など確認しないもんでの、他にどんなものが出品されているかなど、み~んな知らんかったんじゃ。そうかそうか……。なら、その事実をボンザ殿に伝えて、至急で取引をやめるように進言しておかねばの」


「あ……、うん。でも、いいの? せっかく儲けられるのに……」


「あぁ? なぁ~に馬鹿な事言うとるんじゃあ。儲けは儲けでも、悪党相手に儲けても面白くないでの。気分が良くねぇ……。ドワーフは真面目な金儲けが好きなんじゃよ。裏ルートと言うても、別のものもあるでの。そんな悪い事をしよる所でわざわざ売らんでもええ。心配するなモッモ! あのウルトラマリン・サファイアは、もっと気持ちの良い所で、もっと高値で売ってみせるぞ!!」


「あ……、うん! じゃあ、よろしくっ!!」


……そっか、悪い事は嫌いだけど、儲けを諦めるわけではないんだな。

テッチャらしいっちゃらしい答えだな、うんうん。


でも良かった、ちゃんと俺の気持ちを理解して貰えて!

これで心置きなく、危険な航海へと旅立てるぜっ!!

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