187:一千万

「くっ、はぁ、はぁ、はぁ、参ったかクソチビめ……」


「はぁ、はぁ、そっちこそ……、疲れたんだろクソ親父……」


全力の攻防の末、身体中は汗びっしょり、息も絶え絶えになりながら、ほぼ同時に力尽き、二人揃って床にゴロンと寝そべっても尚、罵り合うザサークとライラ。

とりあえず、今日のところは引き分けでいいんじゃないですか?


「二人共、お疲れ様~」


ヘラヘラと笑いながら、カービィが声を掛ける。

すると、ザサークとライラはハッ! と我に返ったように立ち上がった。


「こりゃすまねぇっ! 客人の前でとんだ失態を見せちまった!!」


「ご、ごめんなさいっ!」


慌てて謝罪するザサークとライラ。

……うん、きっと仲が良いんだろうなこの二人は、そんな気がする。


「いいって。それより、乗船の件なんだけどよ……。おいら達四人もなんとか船に乗せて貰えないかなぁ?」


「あ~、確かさっきもそんな事を言っていたな……。俺様としては乗せてやりたい気持ちなんだが、ちょいとばかり面倒な事になっていてなぁ……」


額の汗を拭いながら、船長椅子にドカッと腰掛けるザサーク。

ライラは、すぐ近くの小さな椅子に座って、事の成り行きを静観している。


「面倒な事? なんかあったのか??」


「ん~……、てめぇらは総合管理局の船舶運営部に行ってきたんだろ?」


「そうだ」


「そこで聞かなかったか? 団体客が入っていて、船室に飽きがないって」


「聞いたけど、とりあえずお願いしに来たんだ」


カービィの言葉に、ザサークは困ったかのように難しい顔をして、う~んと唸る。


「やっぱり、もう船室がいっぱいなの?」


今の今まで存在を消していたグレコが尋ねる。


「いや、船室はなんとでもなるんだが……。その団体客ってのが、魔法王国フーガの王立ギルドの連中でなぁ」


「え、フーガの王立ギルド……!?」


ザサークの言葉に、カービィの表情が険しくなる。

眉間に皺を寄せ、口をタコのように前に突き出して……、どう見てもふざけているようにしか見えない顔だが、俺にはわかる。

常にヘラヘラしているカービィのこのような表情は、出会ってから初めて見るので、ふざけているわけではなく本当に何かまずい事があるのだろう。


「なんでも、ピタラス諸島に存在する、古代の魔導師の墓を探索する~とかなんとか言っててな……。で、本来なら一つの島に三日ほどの停泊予定だったんだが、探索時間が必要だからって、島一つにつき七日間の停泊を要求してきてよぉ。正直、積荷の中には生肉なんかもあるから、それは無理だと言ったんだが……。さすがフーガの王立ギルドに所属する魔導師だ、食品は鮮度を損なわないように保存魔法をかけるとか言い出すもんでよ。いや~、そんな事が可能なのかと驚いたよなぁ」


保存魔法かぁ……、俺の神様仕様の魔法鞄と同じ原理だろうか?

俺の鞄の中も、時が止まったかのように、食べ物やその他のものも腐敗したり劣化したりしないのである。

神様だからこその魔法だと思っていたが……、そうか、そんな魔法が使える魔導師が存在するのだな。


……ていうか、島一つにつき七日間って。

島をいくつ経由するのか知らないけど、かなり日数がかかりそう。


でも、その、古代の魔導師の墓を探索する~っていうのは、昨日カービィが言っていた大魔導師アーレイク・ピタラスの塔の事だろうか?

けれど……、島一つにつき七日間も必要って事は、塔は複数あるって事なのかなぁ??

……そんなに沢山、自分のお墓が欲しかったのか、そのアーレイク・ピタラスは???


「それに加えて、船を貸し切りにして欲しいと言い出した。渡航期間が大幅に伸びるし、探索に必要な道具や移動用の馬なんかを乗せたいから、出来るだけ広いスペースが欲しい、とかなんとかぬかしてな……」


「何それ、横暴な奴等ね」


堪らずグレコが声を出す。


「だろ? 暗に俺様の船が小せぇと言っているのかと苛立ったが、差し出された札束に目が眩んじまってよぉ。しぶしぶ了承したってわけさ」


ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるザサーク。


ほう、結局は金がモノを言う世界なのだな。

ならば、こちらもそれ相応の金額を提示すればいいと……?


グレコもそう思ったのだろう、俺に目配せしてきた。


「いくら? いくら出されたの??」


金で解決出来るなら、こっちだって蓄えはあるんだ。

有り金全部はたいて、乗船券を買う事だって出来るんだぞ!


と、思ったのだが……


「……10000000センスだ」


「なっ!? 一千万っ!??」


俺たち四人は、全員が目をひん剥いて驚いた。


だ、ダメだ、足元にも及ばない……

俺たちの全財産は、手元の十五万足らずと、銀行に預けた五十万、合計して六十五万……

一千万だなんて……、桁が違いすぎるだろうこの野郎っ!!!


「そういうわけでだな……。正直、船室は空けようと思えば空けられる。荷物を整理したり、野郎共の部屋を移動させたりすればいいからな。だが、その王立ギルドの奴等の了承なしに、俺様の一存でてめぇらを乗船させる事は出来ねぇんだよ、すまねぇな」


申し訳なさそうな顔をするザサーク。


……う~ん、どうしよう。

このままだとやっぱり、次の航海までこのジャネスコで待つしかないのか?

けど、今の話だと、次にこの商船がジャネスコに帰ってくるのっていつになるんだ??

一ヶ月後……、なんて事は無理だろう。

じゃあ、俺たちがパーラ・ドット大陸に辿り着けるのは……、どれだけ先延ばしになるんだ???


「その……。なんていうギルドだ? 王立ギルドって言っても数がある。なんて名乗っていた??」


「ギルドの名か? ちょいと待てよ、この辺りに契約書が……、おぉ、あったあった、これだよ」


カービィに、契約書であろう羊皮紙の巻紙を手渡すザサーク。

中身を確認したカービィは、途端に無表情になった。

チーン……、という効果音が似合いそうな、本当に、無の境地っていう顔だ。


「どうしたの? 何が書いてあるの??」


俺とグレコが揃って契約書を覗き込む。

乗船に伴う様々な条件と、一千万の金額。

それに加えて、署名欄にはこう書かれていた。


《魔法王国フーガ/国王ウルテル・ビダ・フーガ認定ギルド:白薔薇の騎士団/副団長:ノリリア・ポー》


白薔薇の、騎士団……?

嫌に乙女チックな名前だこと。


「うわぁ、本当に一千万……。白薔薇の騎士団って……、これがどうかしたの?」


グレコの問い掛けに、カービィは無言を貫く。

すると、船長室の扉の外から、コンコンとノックの音が聞こえた。


「お、そうか、そろそろ時間だったな。ライラ、扉を開けてやってくれ」


ザサークの言葉に、ライラがゆっくりと扉を開くと……


「お邪魔しますポ。打ち合わせに来ましたポ~♪」


何やら見覚えがあるような無いような、白いローブを身につけた、ピンク色の毛並みをした小さな獣人が現れた。

体の大きさは俺やカービィと同じくらいで、女の子なのだろう声がとても可愛らしい。

パッチリとした小さな目と、ちょんと尖った鼻に三角の耳。

一見すると……、タヌキのような風貌の獣人なのだが、どこか愛らしい顔つきである。

胸に白薔薇を象ったブローチをつけ、首からはカービィの物とよく似た土星型のペンダントを下げている。


「げっ!? ノリリアっ!??」


無表情だったカービィが声を上げる。

下顎をあらん限り引き下げて、目玉が飛び出そうな程に目を見開く。

……よくもそんな変顔が瞬時に出来るもんだな。


「ポ? ポポッ!? カービィちゃんっ!??」


こちらも、たいそう驚いたのか、愛らしいお顔が台無しの変顔を披露する。


てか、ポって……、どんな口癖だよ? アニメかよ??

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