182:プリンセス・スノーリリー
カランカラン
店の扉の鐘が、乾いた音を鳴らす。
「モーンさ~ん。モッモ連れて来たぞぉ~」
まるで常連客のように、ズカズカと店の奥まで歩くカービィ。
俺はまだ、この店独特の雰囲気に馴染めず、ビクビクしながらカービィの後に続く。
日が傾き始めた時刻の万物屋は、夕日に照らされて、昼間より更に不気味に見える。
至る所にオレンジ色の光が当たって、それがまるで血のように赤く見えるのだ。
……いや、もしかしたらそこには本当に血があるのかも? ひぃいぃぃ~。
「おぉ! カービィさん、わざわざすまん!!」
店の奥から、ピグモル紛いのモーンが姿を現わす。
「あ、あの……。僕に用事って……、何ですか?」
この間はなかった、天井から吊るされている干からびた巨大なカエルに怯えつつ、俺は尋ねた。
「……吾輩、心底悩んだのだが、君にある物を見せたいのだ」
「え……、な、何をですか??」
……物騒な物じゃないでしょうね?
「二階にあるのだが、一緒に来てくれないかね?」
えぇっ!? に、二階っ!??
無理無理、怖くて行けないっ!!!
カービィに助けを求める俺。
「おいらも一緒に行っていいか?」
俺の思いが通じたのか、ただ単に好奇心が疼いたのかは分からないが、カービィがそう言った。
「勿論構わんよ。こっちだ」
店の奥に向かうモーンの後を、俺とカービィはついて行った。
階段を登った先にある店の二階は、モーンの住居兼倉庫らしい。
小さな台所とテーブルに椅子、ベッドと本棚が置かれている1K仕様の部屋に、倉庫であろう奥の部屋へと続く扉が一つある。
おじさんの一人暮らしはこんな物なのだろう、いろんなものがいろんな所に雑に置かれていて、足の踏み場はあるものの、全体的にごちゃごちゃしている。
……うん、まぁ、テトーンの樹の村の俺の部屋もこんな感じなんだけどさ。
モーンは、真っ直ぐに倉庫へと続く扉に向かって行く。
その先に広がったのは、所狭しと様々な物が置かれた、倉庫というにはあまりに余裕のない狭い部屋だ。
そして、その部屋にある唯一の窓の下に、彼女はいた。
「あ、あれは……?」
ガラス細工のような、美しい透明の棺に入った彼女を、俺は一目見て分かった。
色とりどりの花が敷き詰められたその中に横たわる、真っ白なピグモル。
艶めく白い毛並みは綺麗に整っていて、睫毛が長くて、身に付けているウェディングドレスのような純白の洋服がとても似合っている。
目を閉じていても分かる、彼女はきっと、俺が知っているどの雌ピグモルよりも、ずっとずっと美しく可愛らしいに違いない。
自然と、吸い込まれるように、ガラスの棺に近づいて行く俺。
「彼女の名は、プリンセス・スノーリリー。ピグモルが滅んだとされる約五十年前の、ピグモル達の王国の最後の姫君だ」
プリンセス・スノーリリー。
何故だろう、物凄く、彼女に惹きつけられる自分が此処にいる。
「かっわいいなぁ~♪」
俺の隣に立って、鼻の下のびのびで、舐め回すように棺の中を覗くカービィ。
「おいっ! その顔やめろっ!!」
思わず、強い口調になる俺。
「おぉ、どうしたモッモ? おまいさんが怒鳴るなんざ珍しいな」
ビックリするカービィ。
怒鳴った本人である俺も、多少驚いている。
こんなに大きな声で誰かを叱責したのは、生まれて初めてかも知れない。
けど、何故今? どうしてこのタイミングで、俺はこんなにも怒ったんだ??
……理由は分からないけど、目の前にいるこのスノーリリーを、相手がカービィとはいえ、いやらしい目で見られるのが耐えられなかった。
「やはり、お前は真のピグモルらしいな、モッモさんよ」
少し離れた場所で、俺とカービィの様子を見ていたモーンがポツリと零す。
「それ……、どういう意味ですか?」
「吾輩の父は、そのプリンセス・スノーリリーを守護する役目を負った戦士であった。吾輩は、父に会った事すらないのだが……。何を隠そう、吾輩が今店を開いているこの家は、元々は吾輩の父が買い取った物なのだ。若かりし頃、港町ジャネスコに父の残した家があると母から聞き、国の総合管理局に確認すると、所有権は吾輩にあると知った。そして、単身村を出て、ここを訪れた。その時に初めて、彼女に会ったのだ。彼女は最初から、ずっと、そこにいた」
ほう? ……質問の答えになってないぞ??
「えっと……。その、どうしてここにピグモルのお姫様の剥製があるのかはよくわかったんだが」
「剥製などでは断じてないっ!」
カービィの言葉を遮るように、モーンは叫んだ。
その声のあまりの音量に、俺はビクッ! と体を震わせる。
「彼女は、眠りの呪いにかけられているのだ、五十年の間ずっと……。即ち、彼女はまだ生きている!」
そ、それはぁ……、本当か?
俺は、目の前に横たわるスノーリリーを凝視する。
すると、微かだが、胸の辺りが一定のリズムで上下しているではないか。
息を、している……?
ま、まさか本当に、生きている、のか……?
「プリンセス・スノーリリーは、その昔、ピグモル達の王国を守る為に、国民の身代わりとなって、悪しき者の呪いを受けたと言われている。これは、アンローク大陸に現存するヴェルハーラ王国の国立図書館の文献で調べた紛れも無い真実である。しかし、呪いを受けたその後のプリンセスの行方は不明。まさか、こんな所で五十年もの間眠り続けているとは、誰も思うまい……」
ほほう? ……で、質問の答えは??
「その……、この子がピグモルのお姫様で、ずっと眠り続けているって事は分かったんだが……。どうしてここにモッモを呼んだんだ?」
「……ピグモルは皆、このプリンセス・スノーリリーを守るようになっている。それは守護の魔法、守護の掟、様々な名で呼ばれるが、真相は明らかにはなっていない。ただ、ピグモルである者はみな、プリンセスを守る為に存在するのだ」
は~ん、なるほどそういう事か。
だからカービィに対して怒った俺が、本当にピグモルなんだ、とか言ったわけだな?
「……で、どうしてモッモを呼んだんだ??」
質問を繰り返すカービィ。
モーンは、聞かれた事をすんなりと答えるのが苦手ならしい。
話の順序がかなり自分本位である。
「モッモさんは、呪いを掛けられるのであったな?」
「あ、はい、まぁ……。僕がって言うより、僕の持っているアイテムのおかげなんですけど……」
「ルーリ・ビーにかけた呪いを解く方法を、探すつもりではあるのだな??」
「え、はい、そのつもりです、けど……」
「ふむ。では、このプリンセス・スノーリリーの呪いも、一緒に解いてはくれまいか?」
「ほ? ……は?? へ???」
えっ、何……、なになに?
このエセピグモル、今何て言ったの??
サラッと、めちゃくちゃな事、言ったよ、ね……???
「吾輩はここで、今まで通り、プリンセス・スノーリリーを守る。しかし、吾輩の命もいつまでのものかわからん。吾輩には後継もおらんし、吾輩の亡き後、このプリンセスを任せられる相手もおらん。そうなるともう、道は一つ……。プリンセスの呪いを解き、この世に蘇らせるのみだ! モッモさん、君にならそれが出来るっ!! 頼む、プリンセスの呪いを解く方法を、探してきて欲しいのだ!!!」
大きな瞳で、真剣な表情で、俺を見つめるモーン。
全く冗談を言っているようには見えないのだが……
ま、まさか……
じょ、冗談でしょ?
俺は背中に、妙な冷や汗が伝うのを感じていた。
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