181:黒毛

宿屋近くの小料理屋で、遅めの昼食を済ませた俺たちは、何をするでもなくだべる。

グレコは酒を、ギンロは甘い果実のジュースを、カービィと俺はそれぞれサイダーのような炭酸水を飲みながら……

昨晩の事について、いろいろと話し合っていた。


「あの悪魔石っていうのは、名前の通り、悪魔の力が宿った石なんだ。石自体は微弱な魔力を持つガーネットだったけど、悪魔のどす黒いオーラがバンバン出てたな。ありゃもう、持ち主が悪魔と契約を結んで、並外れた力を手に入れようとした証拠だ」


「あ、やっぱりあれがそうなのね? あの煙みたいな、黒くてモヤモヤしたやつ。私、最初会った時から気付いてはいたの。普通のお爺さんじゃないな~とは思っていたんだけど……、特に関わる予定もないから気にも留めてなかったわ」


「あれが悪魔石の持つ負のオーラなのだな。ならば、今後あのような黒き靄を見た際には、悪魔が関わっている事を疑えば良いと?」


「そういう事だっ☆」


……俺には黒い靄なんて一つも見えなかったぞ。

くそぅ、俺だけ魔力がないから見えなかったのかっ!? そうなのかっ!??


「しかし、あのような御老体が悪魔を召喚出来るとは……。我にはどうしても理解できぬのだが」


「もしかしたら、召喚したわけじゃねぇのかも知れねぇぞ。邪な考えを持つ奴の所には、悪魔達の方から近付いて来る事もあるからな。もしくはおいらみたいに、悪魔に呪われた物を誤って手にして、呪われる代わりに契約しちゃったとか……。どちらも憶測に過ぎねぇが、どんな奴でも、ふとした事で悪魔と関わりを持っちまう事は充分にあり得るって事だ」


ふ~ん……

悪魔、っていう存在がいまいち何なのか俺には分からないのだが、かなり危ない奴だって事はわかるな。

いつもならヘラヘラしているカービィが、嫌に真剣な顔で話をしているからね。


「駐屯所でモッモを待っている間に、周りの兵士達の話に耳を傾けてたんだけど……。やっぱりユークは、フェイアが狙いだったみたいね。ほら、人魚の血肉には永遠の命が宿る~、的なやつ? それを信じて、フェイアを捕らえて食べようとしていたわけよ」


「……断じて許される輩ではないな。即刻極刑にすべきだ」


「まぁ、もしかしたらそうなるかもなぁ。モントリア公国では密猟と密輸はかなりの重罪だし、今回の事だけじゃなく、以前から罪を重ねていたようだしな、ユークは」


あんなに可愛いフェイアを、食べようと思うなんて……

ウサギのくせに恐ろしい事考えやがるぜ、まったく……、草食動物じゃなかったのかね? んん?? ウサギは雑食動物だっけか???

……まぁともかくだ、極刑とは言わないけれど、ちゃんと罪は償ってもらわなくちゃね!


「うん。息子のタークも、ユークが参加しているオークション? っていうやつに出品する、珍しい魔物や獣の斡旋を手伝っていたらしいんだけど、今回は親子で意思の疎通が上手くいかなかったみたい。不老不死の為に自らがフェイアを喰らいたいユークと、金儲けの為にフェイアを売りたいタークが、意見のすれ違いでああなっちゃったんだって。ユークはフェイアを諦め切れずに、駄目元で警備隊に通報したとかなんとか……。ほんと、呆れるほど、強欲の持ち主よね~」


「……タークもユークも、あの場で我が息の根を止めるべきだったか」


「いや~、冗談抜きで、ユークはかなり危なかったぞ? おいらの回復魔法でも、出血を止めるだけで精一杯だったからな」


うん、昨晩のあの光景は、なかなかにグロテスクだったぞギンロ。

こちとら生まれてこの方、あんなに血塗れで横たわっている生き物なんか見たことなかったんだ。

ちびりそうになったの何のってもう……

カービィがなんとかしてくれたから良かったものの、あのまま応急処置もせずにいたら、ユークは完全に御陀仏だったろうな。


「モッモは、何処かでタークの手下にピグモルだってバレて拉致の対象にされたんだって。サカティスさんは、タークとユークの悪事を暴く為に、自ら本来の姿に戻って囮になったとか……。驚いたんだけど、あのサカティスさんの一族って、現モントリア公国の最上位貴族で、国政を担う貴族会の最高責任者らしいわね。ただの吟遊詩人じゃなかったみたい」


「ふむ、国政を担うと言うと……、国の王と同じ立ち位置ということか?」


「そいうことだな。クラビィアって、なんか聞いたことあるな~って思ってたんだけど……。そっか~、現公国君主の一族だったか~。おいら、国政には興味がないから、貴族の情報にはなかなか疎くてな~。全然知らなかった!!!」


マジかっ!? サカピョンて、モントリア公国の君主の一族なのねっ!??

通りで、警備隊の皆さんがサカピョンに恭しかったわけだ。

駐屯所でも、アルト隊長はサカピョンの事は様付けで呼んでたしね、俺にはさん付けだったくせに。


「しかし、あの倅……。タークとやらの行動がいまいち理解できぬ。プラト・ジャコールの討伐にも参加していたが、あれは何故だ?」


「う~ん、これも憶測だけど……。たぶん、サカピョンに気付いてあの場にいたんじゃねぇかな? クラビィア家は代々、ラビー族としてはとても珍しい黒毛の一族なはず。サカピョンは魔法で姿を変えていたようだけど……」


「そうかも知れないわね。あのタークってやつ、報酬受け渡しの時間になっても駐屯所に戻って来てなかったしね」


ふむ、なるほどそういう事か。

タークはサカピョンと知り合いみたいだったから……、いや、サカピョンは記憶になかったようだけど……

タークはかなりサカピョンに因縁的な感情を抱いてたっぽいし、毛色が違っても気付いていたんだな。

まぁでも、あの温厚なサカピョンが、ちびっ子眼鏡だったタークを虐めていたとは思えないけど。

……ん~、逆撫でくらいならしてたかもなぁ~?


けど、仮にも公国君主の一族であるというのに、そんな身分の者でも毛色が珍しいってだけで拉致される対象になるのか……

ここは、なかなかに恐ろしい世界だなほんと。


「まぁ、ユークもタークも捕まったんだし、モッモの話だと、二人ともモントール市で裁判にかけられるんだろ?」


「あ、うん、アルト隊長がそう言ってた」


……他言無用って、言われてたんだけどね、全部話しちゃったよね、うんうん。


「ならもう大丈夫だ。ユークはあの傷じゃあ当分全快は無理だろうし、タークはそこまで出来るタマじゃなさそうだしな、脱獄なんて考えないだろうよ」


いつも通り、ヘラヘラと笑うカービィ。

うん、カービィがヘラヘラしているから、もう大丈夫だろう。


「とりあえず、私たちはこれからの船旅の事を考えましょ。明日にはもう乗船券が購入出来るんでしょ?」


「あぁ、明日の午前中に総合管理局の船舶運営部に問い合わせに行くつもりだ。だいたい三日前には商船の空き状況が確認できるからな」


「ふむ。もし空きがなければどうなるのだ?」


「ん~、その時はまた考えよう!」


え、マジか、空きがない場合もあるのか……

そうなると、どうなるんだ?


「それって……、商船に乗れずに、海を渡れなくなるってこと?」


「そういう事だけども……。さすがに、ピタラス諸島を経由してパーラ・ドット大陸に渡ろうなんて物好きな奴はそうそういないと思うぞ?」


あ~、なるほどそうなのか。

じゃあ、何とかなる、かなぁ?


「ま、とりあえずだな……。明日は朝から総合管理局に行くぞ! そして今からは万物屋に行くぞ!! さすがに、あんな大金で買い取って貰った以上、モーンさんを無視するのは良くないからな」


「あっ!? モーンさんの事すっかり忘れてたわ!!」


途端に慌てるグレコ。

もう既に、酒を飲んだせいでちょっぴり赤ら顔なのである。


「おいらとモッモの二人で行ってくるよ、ギンロとグレコは先に宿に帰っててくれ。なに、心配はいらねぇよ? なんたっておいらは、新進気鋭の虹の魔導師様なんだからなっ!!」


……頼んだよ、新進気鋭の虹の魔導師さんとやら。

もう拉致されるのは懲り懲りなんでね。

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