173:姉さんっ!!

もくもくと黒い煙を上げながら、むくむくと巨大化していくユーク。

元々の体はかなり小さかったくせに、今ではもう、背の高さはギンロの二倍、横幅は茶色ラビー族十匹分ほどの大きさがある。


「ぐははははははっ!!!」


先程までとは全く違う、地の底から響くような低い声で笑いながら、でっぷりとした腹を震わせるユーク。

その右手には、赤い石が埋め込まれた杖(……というか、ユークが大きくなったので杖がスティックのように見える)を持ち、まだ何かを仕掛けてくる気満々だ。

悪魔石と呼ばれたその石は、幾度となく赤い光を放って、ユークの周りに光を帯びた魔法陣を描き出していく。


「皆、わしに従え~! わしに平伏せ~!! わしに差し出せぇ~!!!」


訳の分からない事を叫びながら、黒い煙と赤い光にその身を包まれていくユーク。


「離れろっ! 危険だっ!!」


カービィが前に出て来て、応戦しようと警棒を手にした警備隊員達を制止する。


「しかし! 我々も戦わねば!!」


警備隊長が唸る。


「無理だ! あいつを見てみろよ? ありゃ~悪魔と契約してやがる。魔力のねぇそこらの獣人じゃ歯が立たねぇ。だからおまいさん達は、この近くの住人を避難させてくれ!! 出来るだけ港から遠くの場所へ、急げっ!!!」


「くっ、わかった! 後は頼んだぞ!!」


カービィに促され、散り散りになって街へと向かう警備隊員達。

その間にも、杖の悪魔石は不気味に光を放ち続けて、ユークの周りに次々と魔法陣を描き出していく。

グモモモモ~っという轟音が辺りに響き、黒い煙が捲き上る。

港の地面が小刻みに揺れて、穏やかな海に歪な波紋が広がっていく。


「あいつ、いったい何してるのっ!?」


ユティナが叫ぶ。


「恐らく、悪魔石を使って、ヒーの中にある魔力を最大限に解放しようとしているのだ。しかし……、狙いは何だ?」


ユークを注視するサカピョン。


「止める事は出来ないのっ!?」


「無理だ! あの魔法陣は恐らく結界の類だ!! 物理攻撃は効かねぇし、魔法で下手に攻撃すりゃ跳ね返ってくる!!!」


「しかし、このままでは奴の思う壺だぞっ!?」


手も足も出せずに、ジリジリとするグレコとギンロ。


「あの魔法陣を消し去らねぇと、こっちの攻撃は何も届かねぇっ!!」


「カービィ君の言う通りだ! モッモ君!! ヒーを呼ぶのだっ!!!」


えっ!? 俺っ!??

ここで俺の出番なのっ!???


まさか、ここで名前を呼ばれるとは思ってなかった俺は、驚いて体をビクッ! と震わせた。


「えっ!? 何っ!?? 誰をっ!???」


俺の知り合いにあんな凄い魔法陣をどうにか出来る奴なんていな……、あっ!?

もしかして、あいつの事かぁっ!??


「まさかっ!? イヤミーの事っ!??」


「その通り! 闇の精霊であるヒーならば、悪魔石で創られた結界をも吸い込めるはず!!」


え~、マジかぁ~。

あいつそんな凄い奴なの?


確かに、船の中で、サカピョンの檻の魔結界を解いたあいつなら、出来そうだけど……


え~、でもなぁ~。

あいつ偉そうで怖いから、呼びたくないんだよぅ……


「モッモ! 早くしなさいっ!!」


きゃあっ!? 怒らないでグレコ!!!


「なんだか知らないけどサッサとしてっ!!!」


ぎゃあっ!? ユティナに目で殺されるぅっ!!?


「わ、わ、わかったよぅっ!!!」


うぅぅ~、お願いします神様……

どうか彼が、ゼコゼコのように改心してますように……

(ゼコゼコ、別に改心したわけじゃなかったけどね)


「やっ、闇の精霊ドゥンケルのイヤミー!?」


夜空に向かって叫ぶ俺。

すると、首元であのどんよりした匂いがして……


『俺は空から現れるわけじゃねぇ……』


「わわわぁっ!?? ちっ、近いっ!!??」


俺の顔の真横に、イヤミーの光る二つの目が現れた。


『日に二回も召喚するたぁ、良い度胸だなぁ契約主様ぁ~?』


うりうりと、間近で俺の顔をジロジロと睨んでくるイヤミー。


ひぃっ!? 態度が悪いどころの話じゃないぞこれ!??

カツアゲされるぅうぅっ!!??


「何あなたっ!? なんでそんな態度なのっ!?? リーシェといい、ゼコゼコといい……。モッモが召喚する精霊ってこんなのばっかりねぇっ!???」


憤慨するグレコ。


『あぁんっ!? 今何つっ……、た……、あ……!?』


グレコを見て、口を開けたまま固まるイヤミー。

その光る二つの目が、ユラユラと小刻みに揺れている。


「何よっ!? 召喚されたらねぇ、有り難く働きなさいよっ!?? それが精霊の仕事でしょうっ!???」


ずいっと近寄ってきたグレコに対し、何故かイヤミーは、茹で蛸のようにボッ! と顔を赤らめた。


……おっと? この反応は??


『お……、仰る通りです、あねさんっ!!』


姉さんって……、どこの輩だよ?


「……分かったのなら良いのよ。さぁ、ちゃんとモッモに仕えてちょうだい!」


『分かりやしたっ!!!』


急に素直になったイヤミーに対し、首を傾げるグレコ。

しかし、男性陣はこのイヤミーの変貌ぶりの原因を理解している。


グレコの魅力は万国共通……、そういう事である。


『おい! 契約主様!! 俺は何をすればいいんだぁっ!??』


ヤル気満々になったイヤミーが、今度は違う意味でぐわっ! と俺に食いついてきた。


「わわっ!? 近いってば!! ふぅ……。あ、あそこのブーゼ伯爵の、あの魔法陣を消して欲しいんだよ」


ぐいぐい顔を寄せてくるイヤミーを押し返して、ユークを指差す俺。


『お安い御用だぜっ! 俺の虚無の穴に吸い込めない物はないぜっ!!』


ネチネチと陰険なのも問題だったけど、こうイケイケな感じは、またこれはこれで面倒だな。

なんて言うの、Bポップ系って言うのかな、オラオラ系なノリ……、苦手だわ俺。


両手を体の前に突き出して、この間よりも大きな虚無の穴を体から発生させるイヤミー。


「わしの魔力は、お前なんぞに手に負える物ではないっ! お前もろとも、闇へと葬ってやるわぁっ!!」


魔獣のごとく吠えるユーク。


ひぃいぃっ!? 恐ろしいっ!!?


たじろぐ俺とは裏腹に、イヤミーは好戦的な視線をユークに向ける。


『お前のような勘違いイカレジジィのせいで、世界中の闇は敵視されるんだよぉ……。闇と悪は同義語じゃねぇ。闇、舐めんじゃねぇぞぉっ!!』


巨大で真っ黒な虚無の穴を、高く夜空へ掲げるイヤミー。

ポッカリと口を開けたその穴が、全てを吸い込もうと吸引し始める。


ズゾゾゾゾォオォォ~!!!


轟音を立てながら、周りの空気を揺らす虚無の穴。

先程の魔結界とは違い、ユークの魔法陣は強力なものらしい。

なかなか剥がれない魔法陣を引っ剥がそうと、虚無の穴の吸引力はその威力を増していく。

と同時に、周りにある様々な物を吸い込み始めた。

波止場に置かれている空箱、タル、縄束などが、次々と吸い込まれていくではないか!


ぎゃあぁぁっ!? こっちも恐ろしいぃっ!??


思わず、近くにいたギンロの足にしがみつく俺。

周りのみんなも、その激しい風の流れに吸い込まれないようにと、身を屈めて耐える。


お願いっ! 早く魔法陣を吸っちゃってぇっ!!

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