164:リュウグウノツカイ
ヒュー……、ドボーンッ!!
ブクブクブク……
暗い水の中から、俺はそれらを見つめていた。
頭上に光る月の光と、それに照らし出される大きな船の影。
ユラユラと揺らめく夜空の星たちは、さぁ君は今から僕らの仲間だよ、と手招きしているようだ。
俺の冒険は、ここで終わりかぁ……
まさか、こんな形で終わるなんて、思ってもいなかったな……
目に、鼻に、耳に、潮水が染み込んでくる。
呼吸は止めているものの、もはや吸い込める空気は周りにないので、今体の中にある空気を吐き出してしまえば二度と息はできまい。
遠くなる光、聞こえてくるのはモワーンとした水の音、体は濡れてしまった服や鞄で重く、とてもじゃないが自力で浮かび上がる事など出来そうもない。
無駄にもがけば苦しみが長引くだけだろう。
いっそこのまま目を閉じて、一思いに逝ってしまった方が楽かも知れない……
そう思ったのだが……
「モッモ! 聞こえるかっ!? おいらだ!! カービィだっ!!!」
絆の耳飾りから、カービィの声が聞こえてきた。
水の中だというのにハッキリと、いつも通り聞こえている。
「いいか、よく聞けよ。その船には大量の密輸品が乗っている可能性がある。 たぶん、珍しい魔物や獣の子どもだ。そいつらは全て、タジニの森に住む奴等で、モントリア公国では狩猟捕獲が禁止されてるんだ。もし、そいつらを無事に助ける事が出来たら、国から直々に報奨金が支払われる。モッモ! 貯金を増やすチャンスだ!!」
……そんな事言ったってさぁ~。
カービィ、今の俺の状況わかってる?
海の底へと沈みゆく俺に、どうやってあの動物達を助けろって言うの??
これから死んでしまう俺には、貯金なんてもはや意味がないんだよ……
「お~い? 聞いているのか?? んんっ??? まぁ、今から逃げるならついでにそいつらも助けてきてくれよな! あと……、余談だけど、ちゃんと助けて帰ってこないとお尻百叩きの刑だって、グレコさんが言ってたぞ?」
なっ!? なにぃっ!??
「もがぁっ!? ぶほぉ~っ!??」
しまった! 空気がぁっ!?
カービィの言葉に動揺した俺は、思わず止めていた息を盛大に吐き出してしまった。
空気を失い、外から入ってきた塩辛い水に驚いて、パニックになった俺はジタバタと手足を動かす。
しかし、時既に遅し……、海面ははるか遠くにある。
だけど、それでも……
おっ!? お尻百叩きの刑だけは絶対に嫌だっ!??
どっ! どうにかして、あの檻の中の動物達を助けないとぉっ!!
グレコへの恐怖心から、一心不乱に水をかく俺。
でも、体は一向に浮かばないどころか、海底へまっしぐらである。
おまけに意識も遠くなってきた。
くそぅっ!? こんな所で、くたばってたまるかぁっ!!!
俺は、俺のキュートなお尻を守らねばならんのだぁっ!!!!
『
……ん? この声は!?
もがくのをやめた俺の目の前に、あいつが現れた。
ちんちんと煩い、卑猥な不細工魚。
水の精霊ウンディーネ……、とは思えない、醜い姿のゼコゼコだ!
「もぐっ!? ばっ!?? がほぉっ!!!?」
もはや、自分でも何を言っているのか分からない声を発する俺。
もう息が持たない!
何でもいいから助けてぇっ!!
俺をお尻百叩きの刑から救ってぇっ!!!
『朕とて自然を司る四大精霊である。主の命を落とさせるわけにはいかぬっ!』
何やら今回はかなり素直にそう言ったゼコゼコは、その不細工な顔と体から、ピカーッ! と眩い光を放った。
あまりの眩しさに目を閉じた俺は、途端に下から何かに押し上げられて、次の瞬間には、水面へと顔を出していた。
「げほぉっ! げほぉっ!! げほぉおぉぉっ!!!」
さすがに海水を飲み過ぎたようだ、吐き気と咳が止まらないし、口の中は塩辛いし喉が痛い。
身体中ずぶ濡れだし、服や鞄はすっごく重いし……
けれど、息が出来ている!
なんとか助かったんだっ!!
「げほっ、げほっ、げっ……、はぁはぁ……、うぇほぉっ! はぁはぁ、はぁあぁ~」
最後に、ついでに喉の奥に詰まっていた
そして、いったい何が起こったのだろうと下を見ると、そこにあるのは、月の光を浴びて銀色に煌めく大きな鱗をびっしり生やした、長く長い、蛇のような生き物……
「なっ、何なのっ??」
ザババババッ! と音を立てて、海の中から姿を現したのは、赤い
ひえぇえぇぇっ!?
何こいつぅっ!??
気っ持ちわっるぅっ!???
だけど、こういう姿の魚は、前世の記憶の中にもいるぞ。
確か名前は……、そうだ! リュウグウノツカイ、だ!!
『朕は父君よりお叱りを受けたのだ。契約主一人、満足に支えられぬのならば、ウンディーネ皇族の名を名乗る資格はないと……。心を入れ替えて主に使えぬ限り、皇族としての位を剥奪する、とな……。うぅぅ! なんと言う事だ!! 朕の明るい未来が、このような毛玉にその運命を握られようとは……、うぅうぅぅ~!!!』
こ、この物言いは……、まさかこいつ!?
あのゼコゼコかぁっ!??
なんだこの顔……、不細工な横長から、気味の悪い縦長になってるぞぉっ!???
てか、お父さんに叱られたんだろっ!?
だったら、俺のことを毛玉とか言うなよっ!??
全然反省してねぇじゃねぇかこの野郎っ!!!!
と、いろいろと心の中では悪態をつく俺だが、残念ながら、それら全てを言葉に出す余裕は今の所ない。
周りを見ると、どうやら波に流されて、少し船から離れてしまったようだ。
遠くに明かりを灯した船が浮かんでおり、その船の上ではさっきよりもはるかに沢山の茶色ラビー族と、戦うユティナとサカピョンの姿が見える。
「ゼコゼコ、あそこまで戻って!」
『……朕に命令しておるのか?』
見るからに不愉快そうな顔をするゼコゼコ。
ただでさえも気持ち悪い顔なんだから、そんなに歪めたらもう、潔く刺身にでもなった方がよっぽどマシだぞっ!?
「そうだよ! だって僕は、君の契約主なんでしょ!? 契約主の言う事は絶対なんでしょっ!??」
『ギョギョッ! なんと偉そうな物言い……、図が高いぞ小物めっ!!』
俺の強気な発言よりも、更に強気な発言をするゼコゼコ。
こいつぅ~、未だに上から目線なわけだなっ!?
じゃあ、これならどうだぁっ!??
「そんな言い方して良いのかっ!? 君のお父さんに告げ口するぞぉっ!??」
人差し指をゼコゼコに向けて、叫ぶように言い放った俺。
……正直、ゼコゼコのお父さんとは面識などないのだが。
『ギョギョギョッ!? 契約主様のお言葉は絶対で御座いますっ!! 真っ直ぐ船へ向かわせて頂きまするっ!!!』
けけけっ! 騙されてやんのっ!!
面白い顔をして焦ったゼコゼコは、頭を水中へ引っ込めて、猛スピードで泳ぎ始めた。
「わわぁっ!?」
くぅ、風圧で飛んじゃいそうっ!
だけど、服や鞄は乾きそうっ!?
ゼコゼコの赤い背鰭にしがみついて、歯を食いしばり耐える俺。
一直線で、全力で船へと向かうゼコゼコ。
見る見るうちに、船との距離が縮まっていく。
待っててね、檻の中の動物達!
君達を助けないと、俺のお尻が危ないんだっ!!
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