165:出来ますです

「モッモさんっ!? 良かった無事で!!! ……何その、不気味な魚は?」


船の近くで、意識を失ったまま首に浮き輪をつけられて、水面から頭だけ出した格好で、プカプカと海に浮かんでいる二匹の茶色ラビー族。

彼らが遠くへ流されないようにと、長い耳をむぎゅっと掴まえているフェイアがそう言った。

変身したゼコゼコの姿を目の当たりにし、その目はかなり怯えている。


「えっと……、こいつはそのぉ……」


水の精霊ウンディーネです! とは言えない……

みんなの夢が壊れてしまうっ!!


「僕のペットです! それよりフェイアさんは大丈夫!?」


ペットと言われて怒るかと思ったが、ゼコゼコは水面から顔すら出さなかった。

よほどお父さんが怖いのだろう、もう俺に刃向かう気はなさそうだ。


「私は大丈夫。それよりも、船の上の二人が……」


心配そうな表情で、頭上を仰ぐフェイア。

ここからでは、船の上の状況を確認しようがないものの、何やら軽快な音楽と金属が激しくぶつかり合う音が聞こえてくる。

先程よりも船の上が明るく見えるのは、騒ぎを聞いて眠っていた船員達が起きてしまったのだろう。

おそらく、船の上は大乱闘中に違いない。


船の甲板からは、浮き輪を落とす際にユティナが切りつけたロープが垂れ下がっており、その先端は船のすぐ横の水面に着水していた。


あれを上っていけば、船の中に戻れるぞ!


「フェイアさん! とりあえず、なんとかあそこまでその二匹を運べない!?」


「あ……、あそこね! わかったわ!!」


フェイアは、浮き輪で頭から上だけを水面に出したラビー族の長い耳を容赦なく引っ張りながら、垂れ下がっているロープへ向かって泳いでいく。

その下半身は、髪の毛と同じピンク色をした、月の光を受けてキラキラと輝く魚類のものだ。


本当に人魚だったんだ!

さっきまでは普通に足があったのに、今はもうあんなに鱗がびっしり!!


俄かに信じがたいその姿に、俺は釘付けになる。


『……そろそろ、帰らせて頂いてもよろしいでしょうか?』


未だ俺を背に乗せたままのゼコゼコが、遠慮がちに声を発した。

嫌に丁寧な口調がかえって気持ち悪い。


「あ、あそこのロープまで運んで……。ん? ちょっと待てよ??」


『……どうなされましたか?』


「あ、いや、とりあえずあそこのロープまで行って」


俺の指示に従って、ゆっくりと泳ぎ始めるゼコゼコ。

その背の上で、俺は考えていた。


カービィは、あの船に乗っている魔物や獣を全部助けて来いって言っていたっけ?

そんなのどうすればいいんだよって、思ったけど……

例えば、ゼコゼコの力で、船ごと港に引き返させるとか、出来ないのだろうか??


「モッモさん、どうすればいい!?」


先にロープまで辿り着いたフェイアが声を出す。


「あ! じゃあそのロープに、二匹を繋いで!!」


俺の言葉に従って、船の甲板から垂れ下がる長いロープを、ラビー族の首にグルグルと巻きつけるフェイア。


……うん、首に巻くと危険じゃないかな?

そのままだと、首が絞まっちゃうと思うよ??

溺死は免れても、縊死いししちゃうよね、間違いなく。


フェイアの元に辿り着いた俺は、ロープを受け取って、首は危ないからと説明した上で、胴体にロープを巻き直した。


「モッモさん。優しいのね♪」


思わぬマーメイドスマイルに、胸がキュンとなる俺。

うん、その笑顔に免じて、助けた相手を天然で絞殺しようとしていた事は、綺麗さっぱり忘れてあげるよっ!


「さて、これで良し……。ゼコゼコ、お願いがあるんだけど」


『ぬっ!? まだ朕をこき使う気かっ!??』


先程までとは打って変わって、偉そうな口調に逆戻りしたゼコゼコ。

あ、今こいつ、帰れると思っていたのに帰らせて貰えないから素が出たな?


「え? 何?? 今なんて言った??? 頼みたい事があるんだけど、断るなら君のお父さんに~」


わざと聞こえないフリをして、足元のゼコゼコをギロリと睨む俺。


『ギョッ!? な、なんでも御座いません! なんなりと仰せ下さいませ契約主様っ!!』


うくくくく、いい気味だぜっ!


俺の中のブラックモッモがにやにやと笑う。

だがしかし、別に妙な事を頼もうってわけじゃない。

沢山の命を救う為に、ゼコゼコには協力してほしいのだ。


「この船を、ジャネスコの港まで運んで欲しいんだけど、できる?」


『……ギョ、出来ますです』


おぉ! 出来るのか!? さすが水の精霊ウンディーネ!!!


『しかし、周りの海の潮の流れには逆らえぬ。故に、スピードは出せぬが……、よ、宜しいでしょうか?』


「あ、うん! いいよ!! じゃあよろしくっ!!!」


俺はそう言って、浮かんでいるラビー族の頭を踏み台にし、垂れ下がっているロープにしがみついた。

ゼコゼコは、俺の足が背中から離れた事を確認すると、海の底へ向かって、ユラユラと泳いで行った。


「モッモさん、私はどうすればいいの?」


「えっ!? ……ど、どうする? サカピョンはさっき、故郷へ戻れとか行ってなかった??」


俺の言葉に、フェイアは悲しげな顔をする。


ああんっ! そんな顔しないでぇっ!?

可愛い顔で悲しまれると、こっちまで悲しくなっちゃうんっ!!!


「私、まだ故郷へは帰れない……。まだ、陸でやるべきことがあるの! こんな事で、帰るわけにはいかないわ!!」


フェイアの瞳には、何やら決意の炎が灯っている。

可愛らしい顔には似合わない、並々ならぬ、激しく燃えたぎるような決意の炎が……


「えっと……、僕には、君の事情はさっぱり分からないけど……。でも、だったら一緒に戦おう! 捕まっていた動物達をみんな救うんだ!! 手伝って!!!」


「あ、うんっ!」


パァーっと、嬉しそうな表情になったフェイア。

そして、両手を胸の前でクロスさせて、静かに目を閉じ、何かに祈るようなポーズをとる。


……はて? 何をされているのでしょう??


すると、水の中のフェイアの魚の下半身がやんわりと光を放って、見る見るうちに元の二本足に戻っていった。


「わぁ~!?」


驚き、感嘆の声を上げる俺。


人魚って、こうやって海と陸を行き来できる生き物なんだっ!?

すっげぇっ!??


フェイアの姿を、マジマジと観察する俺。

変身を終えて、目を開いたフェイアが、そんな俺を見て慌てる。


「あっ!? 見ないでっ!! 下の服を着てないからっ!!!」


うわ~おっ!? マジかっ!??


「ごっ!? ごめんなさいっ!! 先に上るねっ!!!」


顔を真っ赤にして、俺はロープを上り始めた。


下を見ちゃダメ、下を見ちゃダメ……

でも、ちょっとだけなら……

いやいや! そんなカービィみたいな事はするもんかっ!!

絶対に見ないぞぉっ!!!


妙な心の葛藤をしつつ、俺はロープを上っていった。

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