144:まるでジャガイモだ

石化の呪いを受けて、体が固まってしまったルーリ・ビーを拾い集めること数十分。


「よしっ! 全部拾えたかなっ!?」


「うむ、もう残ってはおらぬようだな」


辺りを見渡して、ふ~っと息を吐く俺とギンロ。

ずっと屈んだ体制で拾っていたから、少し腰が痛い。


「じゃあ……、巣があった場所まで戻ろうか?」


「うむ、伝説の蜂蜜とやらを手に入れようぞ!」


「うん! ……ねぇ、ちょっと味見とかしちゃう?」


「おお! そうしようぞ!!」


甘党のギンロは、俺の提案にぶんぶんと尻尾を振った。

上機嫌な俺たち二人は、軽快に林の中を歩き、来た道を戻って行く。


テクテクテク♪ サクサクサク♪


途中から、甘~く美味しそうな香りが辺りに漂い始めて……


「あっ! あそこだっ!!」


見覚えのある大きな木を見つけて、走り出す俺とギンロ。

ルーリ・ビーの、幻の蜂蜜がすぐそこにっ!

俺たち二人は同時に、勢いよく木の根の間を覗いて、そこにある巨大な蜂の巣を捉えて満面の笑みに……、え、あっ!?


ブブーン!!!


「ひぃっ!?」


「なんっ!? 離れろモッモ!! ぐあぁっ!??」


「ギンロ!! ぎゃっ!? 痛いぃっ!!!」


突然の出来事に、パニックに陥る俺とギンロ。

ルーリ・ビーの針が顔に刺さって、お互い悲鳴を上げた。


なんと、巣にはまだかなりの数のルーリ・ビーが残っていたのだ。

俺とギンロを目にしたルーリ・ビーは、途端に戦闘モードとなって襲い掛かって来た。

そして、俺たちは逃げる間も無く奴らの針の餌食となって……


「ぬおぉっ!? ぐおぉっ!??」


魔法剣をめちゃくちゃに振り回すギンロ。


「やめてぇっ! いぎっ!? いったぁ~!?? くぅ、あっち行ってぇえぇ!!!」


呪いをかける事すら忘れて、めちゃくちゃに万呪の枝を振り回す俺。


なす術なく、やられるだけやられて、悲鳴を上げることしか出来ずに、体中ぶすぶすに針を刺されて……


こうして、俺とギンロの冒険は幕を閉じたのだった。






「おぉ~、もっ……、モッモ? えっ!?? どうしたんだおまいらっ!???」


「はっ!? きゃあっ!! ちょっ、ちょっと大丈夫なのっ!??」


午後六時五十分。

港町ジャネスコの北側、国営軍駐屯所内、ギルド出張所前のテーブルコーナーにて。

先に帰っていた俺とギンロを目にし、カービィとグレコは目を見開いた。


「ちょっひょ、しくひっちゃっへね……」


ちょっと、しくじっちゃってね、と言いたかった俺なのだが、いかんせん、顔中が腫れているので上手く話せない。


「ひんはいふるは。ほんはいはい」


俺よりも面積が広い分、沢山刺されたギンロも、顔の原型が分からないほどに、顔面が腫れ上がっている。

たぶん、心配するな、問題ない、と言いたかったのだろう。


「おいおいおいっ!? 医務室には行ったのかっ!??」


カービィが、すぐさまスティクを取り出して、俺とギンロに白い光を浴びせ始める。

こう、スーッと冷たくて、とても良い気持ちになる光だ。


「いっはんだへど、ほはにほじゅうひょうなひほがひて、あほまわひにさへたの」


行ったんだけど、他に重傷者がいて、後回しにされたの、と伝える俺。

駐屯所内には国営軍医療班の医務室が併設されていて、回復魔法を使える白魔道士や、外科的な手術を行う事ができる医師が常駐しているのだが、プラト・ジャコールを舐めてかかって返り討ちに遭った冒険者が数名いて、ベッドは満杯だったのだ。


しかし、俺の言葉を聞き取れないカービィとグレコは、眉間に皺を寄せて首を傾げ、怪訝な顔をするだけだ。


「何をどうしたらこんなになるのよっ!? 何っ!?? プラト・ジャコールと戦ったんじゃないのっ!???」


あまりに酷い有様の俺たちに向かって、グレコが怒り出す。

顔中痛い上に、グレコに怒られたとなっちゃ、俺もギンロもシュンとなるしかない。


「とりあえず応急処置はした。鞄を宿屋に置いて来ちまったから、ちゃんとした手当は後でするからな! それまで我慢するんだぞっ!!」


「あ~い」


「ふむ」


あの時、巣に残っていたルーリ・ビーたちは、これでもか! ってくらいに、俺とギンロを刺しまくった。

不幸中の幸いか、ルーリ・ビーのお尻の針はかなり短くて、服や靴、手袋で隠れている部分は、刺されても特に問題なかったのだが……

丸出しだった顔面は、完全に御陀仏となってしまった。

このボコボコ具合、形だけ見るとまるでジャガイモだ。


それでもなんとか、魔法剣と万呪の枝を振り回し、残っていたルーリ・ビーたちをやっつけて、俺たちは蜂の巣の採取に成功した。

無数の針が刺さり、パンパンに腫れ上がって、ボコボコに波打つ俺とギンロの顔。

お互いに、誰ですか? って顔のまま、さすがにプラト・ジャコールの狩りを再開させる気にはなれずに、俺たちは予定より早く町へと帰って来たのだった。


「けど、これ見へ? ほら、幻の蜂蜜、なんらよ??」


カービィの治癒魔法で、多少なりとも腫れが引いたらしい、ちょっと発音がマシになる俺。

鞄の中から、採取したばかりの蜂の巣の一部を取り出して、二人に見せる。


「おぉ、は……、蜂の巣??」


「きゃっ!? 気持ち悪いっ!!!」


グレコが拒否反応を示すのも無理はない。

俺の取り出した蜂の巣には、規則的に作られた六角形の穴が無数に空いており、そこには白い虫が沢山詰まっている。

それは、ルーリ・ビーの幼体である。

穴の中で、うにうにの、むにむにの、丸々と太った幼虫が、モニュモニュと蠢いているのだ。

それらと蜜の詰まっている箇所を選り分けて採取する体力は、もはや俺とギンロにはなかった。

なのでそのまま、バリッと根から剥がして、ボコっと持ち上げて、ポーイと鞄に入れたのだった。


「ルーリ・ビーと言う名のはひでな。たいへん珍しく、美味なのら!」


同じく、少し腫れが引いたギンロが、嬉しそうにニカっと笑ってそう言った。


折角だからと、採取したその場で味見したものの、顔中腫れ上がって熱を帯びた状態では、味はほとんど分からなかった。

けれど、幻の蜂蜜を手に入れたという達成感からか、俺たちはボコボコの顔のまま、お互い微笑み合っていた。


「美味なのはいいけど……。ジャコールは? ちゃんと狩れたの??」


グレコの言葉に、ギンロは手に持った茶色い紙を広げて見せる。

そこには、モントリア公国国営軍の紋章である判子と、ギルド専用のクエストクリアの判子が押されていて、いろいろと概要やら何やらの文章が連ねられた最後に、《モッモ、ギンロ・パーティー:七十三体》という文字が書かれている。


「おぉっ!? 七十三体もっ!?? 頑張ったなおまいらっ!!!」


「すごぉ~いっ! さすがギンロ!!」


……ねぇグレコ、俺の事も褒めてくれていいのよ?


「おいらたちは二十九体だ! 西側はやっぱり数が少なかったのと、思ったより冒険者が流れて来てな。まぁ、目標の百体は超えたわけだから、結果オーライだなっ!!」


同じく茶色い紙を手に持って、ワッハッハッ! と豪快に笑うカービィ。


「私とカービィだと、二人共戦闘スタイルが遠距離攻撃でしょ? 前で戦ってる奴らが邪魔でね、倒した奴も何匹か奪われたし……。まぁ、魔法弓の試し撃ちとしては、ちょうど良い戦闘だったわ!」


ちょっぴり悔しそうだけど、それなりに満足気な表情でニコッと笑ったグレコ。


兎にも角にも、俺たち四人は、目標であったプラト・ジャコール百体を倒し、合計報酬額122000センスを手に入れる事ができる!

これで、拾い集めた石化したルーリ・ビーと、採取した幻の蜂蜜を、万物屋とかいう不思議な店に売りに行けば、もう少し手持ちが増えるはずだ!!

何はともあれ、良かった良かった!!!


……と、胸を撫で下ろしたのも束の間。


「あら、皆さんお揃いね?」


背後から声を掛けられて、なんだか嫌な予感がする~、と思いながらゆっくりと振り返ると……

あ~やっぱり君かぁ……


俺たちと同じように、茶色い紙を手に持ち、勝ち誇ったような笑みを浮かべたユティナと、ニコニコ顔のサカピョンが、そこに立っていた。

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