122:仮身分証明書

「たっかい外壁だこと……。どれくらいあると思う?」


「うむ、見当もつかぬな……。精一杯地面を蹴れば、てっぺんに届くだろうか?」


「え~、さすがのギンロでも無理じゃないそれは? うっ……、あぁ、まだ頭痛が治らないわ」


目の前にそびえ立つ、石造りの巨大な町の外壁を見上げる、俺とギンロとグレコ。

イーサン村を日の出と共に出発し、馬車に揺られる事約半日。

俺たちは、ようやく、港町ジャネスコに辿り着いた!


ここまで長かったなぁ~。

なんだか、いろいろ寄り道していたから、随分かかってしまった気がする……


馬車で町の中まで入れるのかなと思ったが、俺たち三人が身分証明書を持っていないので、外壁の一部にある大きな鉄門の外で降りる事となったのだ。


思っていたよりも、ジャネスコはずっと都会なようだ。

鉄門の隙間から見える街並みが、それはそれは素晴らしいのだ。

石畳で整備された道、煉瓦造りの巨大な建物、鉄製の街灯の様なものまで並んでいる。

道の脇には花壇が並んでいて、綺麗な花と街路樹が植えられ、行き交う人、獣人はみんな、なんだかお洒落で都会的な雰囲気を醸し出している。

早く入りたいな~! という逸る気持ちを抑えて、しばし待つ俺たち。


「では、あちらの皆様はカービィ様の古くからのお友達で?」


「そうそう。久しぶりに村に帰ったら話が弾んでさ、一緒に旅にでも出ようっ! てなったわけ♪」


「なるほど。それで、イーサン村を出たのも初めてで、身分証明書がまだなく、ジャネスコで発行してから旅立つ、という事ですな?」


「いかにもそうですな! 町に入ったらすぐ、そのままの足で総合管理局に向かうよ」


「わかりました。では念の為、こちらで仮身分証明書を発行しますので、皆様のお名前と種族をここに記入してください」


俺のよく聞こえる耳が、カービィと、門衛のようなおじさんとの会話を聞き取った。


外壁の一部に造られている小さな建物の中で、カービィは何やら受付中だ。

あそこがおそらく、身分証明書を提示して、町に入る為の審査を行う場所なのだろう。


門衛のおじさんは、一見すると、犬のようだ。

おそらく、犬型の獣人なのだろうな。

例えればそうだな、ゴールデンレトリバー的な?

フサフサとしたクリーム色の毛並みに、垂れ下がった耳、目には眼鏡らしき物をかけている。


その犬のおじさんとは顔見知りらしいカービィは、さも親しげに話をして、何やら手に三枚の紙切れを持って俺たちの所へ戻ってきた。


「良かった良かった、貰えたよ、仮身分証明書!」


そう言って、各々に紙切れを手渡すカービィ。

顔の念写こそないものの、昨晩カービィに見せてもらった身分証明書とよく似ている。



-----+-----+-----


名前:モッモ

登録種族:獣人(ヌート/パントゥー)


-----+-----+-----



名前と登録種族以外のところは未記入だが、これを国営総合管理局とやらに持っていけば、二日ほどで正規の身分証明書を発行して貰えるらしい。

商船がパーラ・ドット大陸に向けて出港するのが九日後だから、充分間に合う計算だ。


「何これ、登録種族のとこ、おかしくない?」


カービィに手渡された仮身分証明書を目にして、グレコの眉間に皺がよる。



-----+-----+-----


名前:グレコ

登録種族:エルフ(チェリー/パントゥー)


-----+-----+-----



「チェリーって何よ? 聞いた事ないわよこんなエルフ。それに、私は列記とした、純血のブラッドエルフよ??」


なんとか平常心を保っている様だが、ともすれば怒り出しそうな雰囲気のグレコ。

昨晩の獣組作戦会議に不参加だったため、あの下りを知らないから……

そう、あの、家畜の下りを知らないから……


「ブラッドエルフは、世界的に珍し過ぎるのだろう。珍しい者は狙われ易い。この様な大きな町では尚更な、気をつけねばならぬ」


「ギンロの言う通りだ。ブラッドエルフは確か、フーガの学会で絶滅危機保護種に認定されていたはず。あんまり珍しい種族は、それだけで好奇の目に晒されたり、最悪の場合、賊に攫われたりするからな。グレコさんも、できるだけ身分は偽った方がいいぞ。なに、チェリーエルフならグレコさんと同じ様な赤目だし、黒髪は人間とのパントゥーだからって事にしとけば誰も疑問になんて思わないさ」


「う~ん、でもぉ……」


文句言うんじゃぁないよグレコ。

まだいいじゃないか、エルフって表記があるんだからさ。

俺のなんて見てみろよ、なんだよこれ。

ヌート族なんて、いったい誰のことだよおい。


「ギンロは? なんて書いてあるの??」


「う、うむ……」



-----+-----+-----


名前:ギンロ

登録種族:獣人(ハスキー)


-----+-----+-----



ハスキーって、まんまだな。

やっぱり、シベリアンハスキーに似ているよな、ギンロって。


「何? ハスキー族って何なの??」


「……我にもわからぬ」


なるほどそうか、シベリアンハスキーを知らないんだな、二人とも。


……しかし、俺たち本当に、外の世界のこと何にも知らない三人組だったんだな。

ヌート族も、チェリーエルフも、ハスキー族っていうやつも、何一つわかりゃしない。

カービィがいなけりゃ、ここで足止め食らって、さらには本当の身分曝け出して、賊やら何やらに食いもんにされていたに違いない。

お~、こわやこわや……


「まぁまぁ、とにかくだな! 町へ入ってすぐ、総合管理局へ行こう!! あ、でも、これだけは覚えておいてくれ。おまいさんらは全員、イーサン村の出身って事にしておいたから。あそこなら、他の町や村から沢山の種族が移住しているし、いろんな獣人やパントゥーたちが暮らしているからな、偽っているとはそうそうバレねぇさ。年齢はそうだな、全員十八歳でいけるだろう!!! ……あ、モッモは七歳でいいかな? くすっ」


くぅうぅぅ~、カービィめっ!

なんだか、すっごく屈辱!!

すっごくすっごく、嫌な感じぃっ!!!


そんなやり取りをしていると、町への入り口である鉄門がギギギィ~、と音をたてて開いて……


「ようこそ、港町ジャネスコへ」


門衛の犬のおじさんが、笑顔で俺たちを迎え入れてくれた。

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