101:命懸けの冒険
ヒュ~、ヒュルルル~、ヒュルリラ~。
断崖絶壁の下を、南から北へと吹き抜ける風の音が、まるで笛のような音色を奏でている。
東の地平線が薄っすらとオレンジ色に染まって、そろそろ太陽が顔を出す時間だ。
「……ねぇ。本当にここを、下りるの?」
堪らずグレコが声に出した。
俺も、おそらくギンロも同じ事を思っているだろう。
「あぁそうだ。大丈夫、見た目より高くないぞ?」
ヘラヘラと笑うカービィを見て、やっぱりこいつ頭がおかしいな、と俺は感じるのであった。
まだ薄暗いうちからデルグの家を出発し、歩く事一時間ちょっと。
俺たちは、村の東側にある迷いの森へと続く、断崖絶壁へと辿り着いた。
その高さと、その絶壁さ加減は、俺たちの予想の遥か斜め上をいき、共に言葉を失った。
傾斜はほぼ九十度で、足場はほんのわずかしかない。
崖の所々に木が生えており、そこから長い蔓が垂れ下がっているので、あれを頼りに下りていくのだとカービィは言ったが……
あんな、細くてヒョロヒョロの、枯れかけた蔓の何を頼りにしろと?
ちょっと負荷がかかれば、途端に引き千切れそうだぞ??
不安の色が隠せない俺たち。
しかしカービィは、何やらヤル気満々で……
「よぉ~し、行くぞぉ! いざ、迷いの森へっ!!」
こうして俺たちの、文字通り、命懸けの冒険が始まった。
「ぬっ!? うおぉおぉぉっ!!?」
「ギンロっ!? 大丈夫!??」
眼科で、ギンロが雄叫びをあげる。
ズザザザザッ! という音と共に、その大きな体が一気に下降した。
幸いにも、ギンロは桁外れの筋力を持っているので、なんとか岩壁にしがみつく形で落下は免れたようだ。
「もっ、問題ないっ! ……ふぅ~」
自分を落ち着かせるかのように、深く息を吐くギンロ。
あんなに余裕のないギンロを見るのは初めてだ。
グレコは、俺のほぼ真上で、次にどこに足を掛けようかと悩んでいるようだ。
カービィに言われたように、木の蔓を握り締めてはいるものの……
そんな蔓、あまり信用しない方がいいぞぉっ!
俺とカービィはというと……
「いや~、ギンロさんには苦労をかけるね~、すまないね~」
全くそうは思ってないだろうという口調で、眼下のギンロに声をかけるカービィ。
俺の真下で、垂れ下がる幾本もの木の蔓を上手に使って、ヒョイヒョイと崖を下りていく。
そんなカービィに習って、俺も案外ヒョイヒョイと、崖を下りていた。
たまには、体が小さいのも役立つもんだな。
いつもは頼もしくて羨ましいはずのギンロが、今日は哀れに見える。
「もっ、モッモ! 下まであとどれくらいっ!?」
グレコが、震える声で尋ねてきた。
さすがのグレコも、今回ばかりは恐怖心を抑えきれないようだ。
しかしながら、下まではまだ……
「あっ、と~……、あと半分くらいっ!」
「嘘っ!? さっきもそう言ってなかった!??」
あ、バレた? ごめん、まだだいぶあるからさ。
「も~、こんな事ならデルグと一緒に残れば良かったぁ!!」
え~、そんな事言っちゃう?
マッサに逃げたと思われるのは嫌だから、槍を探そうって言っ たのはグレコだよ??
ここまで来たんだ、前言撤回はなしだからね!
「きゃあっ!?」
「ん? へぶっ!?」
ずるっと脚を滑らせたグレコが、俺の頭を踏んづけた。
かなり安定した場所に立っていたおかげで、俺の足元は平気だったが……
「ごめんモッモ! 大丈夫!?」
「うん~、大丈夫~」
頭がズキズキするぅ~。
いつものグレコなら足を滑らせたりしなさそうだが、たぶん今、グレコは相当乾いてて、天然がより酷い状態なのかも知れない。
その証拠に、髪の毛がもう真っ金金だ!
こりゃ、下に着いたら清血ポーションを飲まさないとな。
いつ俺に噛み付いてくるか、わかったもんじゃないぞ!!
「いいな~、グレコさんに踏んで貰えるなんて~」
はんっ? 何言ってんだカービィこの野郎っ!?
お前が今朝、朝一でグレコにパンツの色を聞いたりするから、カービィが真下にいるのは絶対嫌だ! とかグレコが言い出して、この順番で下りる事になったんじゃないかっ!!?
こっちは頭が痛いんだぞっ!!!
と、言いたいのは山々なのだが、なかなかそれを口に出しているほどの余裕はない。
すると、またしてもグレコの足が俺の頭に直撃して……
「ふぎゃんっ!? ……え?」
その拍子によろめいた俺は、足を踏み外し、崖の下へと真っ逆さま!?
「やだっ!? モッモ!!!」
「むっ!? モッモ!!!」
手を伸ばす事すらできない、グレコとギンロの声が聞こえて……
「ぎゃあぁぁ~!? あんっ!??」
叫び声を上げながら、これまでのピグモル生を振り返ろうとしていた俺の手を、カービィのピンク色の手が掴んだ。
「カービィ!!!」
「ふぅ~、セーフ!!!」
カービィは、自分の体に木の蔓を巻きつけて、まるでバンジージャンプのように崖を飛び、俺の手を捕まえてくれた。
助かった! ありがとうカービィ!!
命の恩人だっ!!!
さすが、いざという時は頼りになる男!!!!
と、思ったのも束の間……
ブチブチブチィッ!!!
蔓が引き千切れる嫌~な音が聞こえてきて……
「あ、やべっ……、あぎゃあぁぁ~!??」
「ほぎゃあぁぁ~!???」
カービィ諸共、再度落下する俺。
頭上では、驚いた顔のグレコとギンロが、落ちゆく俺たちを見つめていた。
落下は続くよどこまでも……
背中に感じる下から吹く風が、その落下速度の早さを物語っている。
ビュー!! っと、突風のような音が鳴り続ける。
今度こそ、死んじゃうぅっ!??
するとカービィは、もう片方の手でローブの内側から何かを取り出し、パッと頭上にそれを開いた。
それは、掌サイズの小さな、それは小さな傘……
「いやっ!? 小さすぎるわっ!??」
思わず突っ込む俺。
しかしカービィは、ニヤッと笑って……
「
何やら呪文らしきものを唱えたかと思うと、手の中にあった小さな傘が、とても大きなビーチパラソルのようなものに早変わりした。
ボンッ! という音がして、パラソルは空気を孕み、俺たちは宙をふわふわと浮いた。
「すっ、すげぇ……」
驚いたのと、助かったのとで、小さく声が漏れる俺。
「だろ? 巨大化魔法だっ! これでもう大丈夫だな……、んん!? ぎゃあぁっ!!?」
「うひょおぉぉぉっ!??」
せっかく開いたパラソルは、南から吹いた突風に煽られて……
ぎゃあぁっ!?
もっ、もう駄目だぁあぁぁっ!??
今度こそ、死んじゃうぅっ!???
俺たち二人は、パラソル諸共、北へと吹っ飛ばされた。
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