76:我と共に行こう
「里は、完全に魔物に占拠されていた。助かった者がいるかどうか……」
ギンロが項垂れる。
「どうする? 戻るにしても……、テレポートじゃもう危険だわ」
グレコが腕組みをし、考える。
「でも僕……、ポポに迎えに行くって、必ず迎えに行くって言ったんだ……。だから、行かなくちゃ! 絶対に行かなくちゃ!!」
涙声になる俺。
「しかし、それだけの数を相手するとなると、おめぇらだけじゃ無理じゃろ。けども、ここにおるドワーフは、戦闘訓練を受けた者がほとんどおらん。おめぇらを泊めてやることくらいはできるが、それ以上は力になれんのぉ……」
支部長ボンザが、申し訳なさそうに下を向く。
俺たちは、外にいたドワーフに事情を説明し、洞窟の中に入れてもらった。
支部長室で、支部長ボンザにこれまでの経緯を話したが、先の通り、ドワーフは力になってくれそうにない。
「それにじゃ、仮にそのダッチュ族っちゅう奴らが無事じゃったとして、わしらの船を使って大陸外に逃がすってのも、正直言って不可能じゃ。あくまでもわしはここの支部長じゃが、船の運航に関しては何の権限も持っとらん。いくらテッチャの知り合いの頼みとは言え、わしの一存で、見ず知らずの種族を船に乗せる事はできん。国に許可を得ようにも、どれだけ時間がかかるか分からんし、その間、そのダッチュ族の身の安全を保障しろっちゅ〜のものぉ……。無理とは言わねぇが、わしらの生活もそこまで余裕があるわけでもねぇし、ちょっち厳しいもんがあるのぉ……」
うぅ~……、確かに、そうだよなぁ……
ボンザの言っている事は至極まともだ。
もともと、ドワーフの船に乗って他の大陸へ! なんてことは、グレコが勢いに任せて言ったようなもんだし……
さすがにそれを押し付けるのは、ドワーフたちにとってみれば迷惑以外の何ものでもないだろう。
まぁ、そんな事わざわざ口に出さなくても、隣でグレコは反省中だ。
それに、責める事は出来ないよ、グレコだって必死だったわけだし。
「とりあえず……、北へ向かってみる? もし生きていれば、ダッチュ族のみんなは、こっちへ向かって来ているかも知れないし、どのかで出会えるかも……??」
俺の提案に、ギンロが微笑を漏らす。
「助ける術もないと言うのに、迎えに行ってなんとする? それに、お主も見たであろ?? 里には、ダッチュ族達の亡骸がゴロゴロと転がっておった。原型を留めておらぬものがほとんどであったが……。あれは間違いなく、ダッチュ族の……。もはや、生き残っている者など皆無に等しいであろう」
ギンロの言葉に、俺は返す言葉が見つからない。
幸か不幸か、俺はダッチュ族の亡骸をこの目で確認する事が出来なかった。
血溜りと、散らばる羽毛は見たけれど……
でも、それがポポのものだとは限らないじゃないか。
「でも……、ポポは、生きてるかも知れない。あのテトーンの樹の穴に隠れて、僕を待ってるかも知れない。ねぇ、グレコもそう思うでしょ!?」
同意を求めるも、グレコは俯いたまま返事をしない。
グレコも、ギンロも、生き残りは居ないと……、ダッチュ族はみんな殺されてしまったのだと、決め付けているかのようだ。
だけど俺は、諦める事が出来ない。
諦めるなんて、そんな事……
ギュッと強く、両手の拳を握り締める俺。
そして……
「二人が行かなくても、僕は行くよ……。約束したんだ。だから、絶対に迎えに行く!」
「モッモ!?!?」
グレコが止める間もなく、俺は支部長室を走り出た。
沢山のドワーフが働く交易場を駆け抜けて、洞窟の外に飛び出る。
そのまま足を止めることなく、森へ入ろうとした、のだが……
「待てモッモ!」
「ぶひゃんっ!??」
背後から猛烈なスピードで追いかけてきたギンロに先回りされて、仁王立つギンロの体に激しくぶつかった俺は、その衝撃で後ろに吹っ飛んでしまった。
ボヨンボヨンと、地面をバウンドする俺の丸い体。
さほど痛くは無いけれど、ギンロに行く手を阻まれた事が悔しくて、情け無くて……
「邪魔しないでよっ!!!」
俺はギンロを睨み付け、あらん限りの大声で叫んだ。
すると……
「冷静になるのだっ! お主一人で行くなど言語道断!! 死に急ぐにも程があるぞっ!!!」
ふぁ〜〜〜っ!?!?
まるで、ガディスの如く、吠えるギンロ。
めっちゃ怖い……、めっちゃめっちゃ怖い、ちびっちゃいそうなほどに。
けど……
「でもっ! それでもっ!! 僕は、行くぞ……。約束を守るんだ。約束を破る男なんて、男じゃないっ!!!」
窮鼠猫を噛む、ならぬ、崖っぷちピグモルはフェンリルにも逆らう、だ!
恐ろしいほどに牙を剥きだして怒るギンロに対し、俺はぷるぷる震えながらも抵抗した!!
傍から見れば、この勝負の行方は一目瞭然だ。
フェンリルにピグモルが勝てるわけがない。
つまり、俺がギンロに立ち向かう事など全くの無意味。
だけど、それは百も承知の上だ!
それでも俺は、ポポを助けに行くんだ!!
正直、ポポに初めて会った時は、めっちゃ不細工だし、なんだかキーキーうるさいし、別にどうでもいい奴くらいにしか思っていなかったけど……、今は違うんだ。
ポポが里のみんなを思っている気持ちとか、弱いけど頑張っているとことか、俺にそっくりなんだ。
そんなポポを、知らず知らずのうちに、俺は好きになってたんだよぅっ!!!
「ギンロ! そこを通してっ!! 僕は行かなきゃならないんだぁっ!!!」
ありったけの声で、ありったけの勇気を振り絞る俺。
ここでギンロに噛まれたって、俺は引き下がらないぞぉっ!!!!
両手をギュッと握りしめ、目に涙を一杯溜めて、引き下がるまいと踏ん張る俺。
そんな俺を、ギンロは黙って、ジッと見つめ……
そして、諦めたかのようにハ~っと深く息を吐き、視線を俺からずらした。
「一人で行くなと、言ったまでだ……。モッモよ、我と共に行こう」
え? 我と、共にって??
……え???
予想外の言葉に驚き、安堵を感じると共に、俺の目からはポロポロと涙が零れ落ちる。
滲んだ景色の中で、凛々しく笑ったギンロのその横顔を、俺は一生忘れないだろう。
「無理はするでねぇぞ。危ないと思ったら、すぐに戻るんじゃ!」
釘を刺すように、ボンザはそう言った。
「行き違いになるといけないから、私はここに残るわね。もしどこかでダッチュ族を見つけたら、すぐここへ戻って来てちょうだい」
グレコの言葉に、俺とギンロは揃って頷いた。
ドワーフの洞窟の入り口前で、俺とギンロを見送る、グレコとボンザ。
まだ昼前だというのに、空模様が怪しくなってきた為、辺りは薄暗い。
ポポとの約束を守る為、ダッチュ族の里へと今一度向かう俺に、ギンロは同行すると言ってくれた。
そして、ダッチュ族の生き残りが、ドワーフの洞窟を目指してやって来るかも知れないので、グレコはここに残る事となったのだ。
まだ、具体的にどうするかは決めていないものの、ダッチュ族が生き残っていたとして、ドワーフ族にその全てを任せるわけにはいくまい。
ボンザ曰く、ダッチュ族をドワーフの船に乗せてもらう為には、ドワーフの国の船舶管理局とやらに許可を得なければならないらしく、その許可を得るまでの期間、ダッチュ族の面倒を見る事は負担が大きいとかなんとか……
なので、もしダッチュ族のみんなが無事に生き残っていた時には、俺とグレコとギンロで、どうにか……、出来るか分からないけど、どうにか出来るように考えよう、という事になったのだった。
兎にも角にも、まずはダッチュ族の救出だ!
何処かでまだ生き残っているかも知れない彼らを、一刻も早く助けないとっ!!
「それから……、ギンロ、モッモをよく見ていてね。この子、すぐに訳の分からない事をするから……」
そう言ったグレコの声は、少し震えている。
グレコは、クロノス山から川に落ちて俺とはぐれた後、一人きりでこの森を彷徨っていた経験から、虫型魔物達の恐ろしさを身に染みて理解しているのだ。
怯えるのも無理はないだろう。
だけども俺は、全然怖くない!
だって、俺の隣には、ギンロがいてくれるから!!
「案ずるな。モッモは、我が守る」
胸を張って宣言するギンロ。
頼もしいっ!!!
「大丈夫だよ! グレコ、待っててね、すぐ戻ってくるから!! ポポと一緒に!!!」
俺とギンロの言葉に、グレコはその目に溜まった涙を隠すように笑った。
グレコとボンザに見送られながら、俺とギンロは森へと入る。
ポポの無事を信じて、ダッチュ族の里がある北へと、二人で歩き始めた。
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