75:テレポート!そして、テレポート!!
明朝、薄暗い中で、俺は目を覚ました。
やっべぇ……、絶対にきたわこれ。
最悪だぁ~~~。
どこからともなく漂ってくる腐敗臭。
ガシュガシュガシュ、ブーンブーン、カチッカチッカチッという、様々な、嫌な感じの奇妙な音。
そして、それら不穏な空気に全く気付かずに、隣でぐ~すか眠るグレコ。
この状況で、よく寝ていられるなおいっ!?
グレコの図太さに感服しつつ、俺は顔を青くしながら、外の様子を確かめるべく、恐る恐る、そ~っと簡易テントから顔を出した。
そして目にしたもの、それは……
ひぃいぃぃ~~~!?!??
恐れていた事が、起こってしまっていた。
目の前に広がる余りの光景に、俺は心の中で絶叫した。
茶色い汚水の湖に、ぷかぷかと浮かぶ、鎌手の虫型魔物の死骸。
その上に群がる、小さな蠅のような、大量の虫型魔物たち。
彼らはどうやら、お食事中らしい。
鎌手の虫型魔物の死骸の上をブーンブーンと飛んで、ガシュガシュガシュとその腐りかけの肉体を食んでいるのだ。
それがもう、気色悪いのなんのって……
マジでっ! きんっっっっっもぉおっ!!
そして、更に驚くべき光景が……
はっ!? 何をっ!!?
テントのすぐそばにある昨晩の焚き火跡、その真ん前で、ギンロが何やら朝食の準備をしようとしているではないか。
拾ってきたのであろう枝葉を集めて、火打石で火をつけようと、慣れない手つきで奮闘中だ。
変わり果てた湖の風景なんて、まるで見えていないかのように、全くのお構いなしで……
「むぅ~、なかなか難しいものだな……。ん? おぉモッモ、起きておったのか」
俺に気付いたギンロが、ニコリと笑う。
登り始めた朝日に照らされて、とっても爽やかなギンロの笑顔。
でも……
ねぇギンロさんよ……、あんた、この酷い臭いにあの光景……、まさかと思うけど、全く平気なのかい?
だとしたら、グレコに負けず劣らず、随分図太いねあなた。
……いや、図太すぎるよ。
「おはよう。なんか、寝てられなくて……、うぉっぷ……」
余りの臭い、余りの光景に、空腹にも関わらず俺はリバースしそうになる。
すると、ギンロが何かを差し出してきた。
「これを鼻に詰めるのだ。さすれば少しは我慢できる」
受け取ってみると、それはテトーンの樹の葉っぱだった。
どこで拾ったんだ? と思ったが、とりあえず言われるままに、小さく千切って丸めて鼻に詰めてみる俺。
すると……
お? おぉ!?
すげぇこれっ! 全然嫌な匂いがしないぞ!!?
これなら大丈夫そうだ!!
鼻の中が、懐かしいテトーンの樹の村の匂いでいっぱいになったことで、吐き気が収まったのだ。
しかし、目の前の光景があれだし……
とてもじゃないが、朝食を食べられる気がしない。
昨日みんなで精一杯戦って、倒した邪神カマーリスの亡骸は、灰色の岩塊へと化したまま、未だ近くに転がっている。
それらには蠅のような虫型魔物が群がることもなく、おそらくもうこの先ずっと、岩としてあそこに存在し続けるのだろう。
ただ奇妙なことに、昨晩まではそこにあったはずの三つの頭の六つの目が、綺麗さっぱり無くなっている。
神の証であるという黄金色の瞳、それが全てスポッとくり抜かれたかのように無くなって、黒い窪みだけとなっていた。
おぉう、目が無い顔だぜ、気持ち悪い……
まるでホラー映画のようじゃないか、気持ち悪い……
こっち見んなよ、気持ち悪い……
俺は、可能な限りそれらを見ないようにしながら、ギンロの隣に腰を下ろし、食べられるか分からない朝食の準備を手伝った。
「さすがにちょっと……、きついわね」
鼻にテトーンの樹の葉っぱを詰め込んだグレコが、ムギュのパンを頬張りながらそう言った。
しかし、食べないわけにもいかない、お腹が空いているのだから……
太陽が東の空から顔を出した頃、ようやくグレコが目覚めた。
テントの外に出て目にした余りの光景、辺りに漂う腐敗臭に、俺と同じく、空腹だと言うのにグレコは軽く吐きそうになっていた。
俺たちは、三人揃って鼻の穴にテトーンの葉っぱを詰め込んだ間抜けな様相で、湖に背を向けて座りながら、なんとか朝食をとった。
ムギュのパンを、こんなにも美味しく無いと感じたのは、生まれて初めてだった。
「長居は無用っ! さっさとここを発とう!!」
みんなで簡易テントを素早く片付けて、世界地図を覗き込む。
俺が認識した場所に、その地名が追加される不思議な世界地図には、ここ《巨虫の根城跡》と、少し北西にいった場所に《ダッチュ族の里》、そして真西に《ドワーフ族の貿易商会ワコーディーン大陸南支部・ドワーフ族の山間部集落》が追加されていた。
導きの石碑の青い光は、ドワーフの洞窟と、ダッチュ族の里にも追加されていた。
「よし。ポポのお母さんが、ちゃんと石碑を建ててくれたみたい」
「じゃあ、行ってみましょうか? 三人いっきにいけるかしら??」
「分かんないけど、やってみよう!」
俺は、グレコとギンロの前に立ち、二人に向かってこくんと頷いた。
すると二人は、小さな俺の肩に、そっと手を乗せた。
導きの腕輪を使って複数人で一度にテレポートする事は、以前グレコと一緒にエルフの隠れ里からテトーンの樹の村に帰った事で、可能である事が確認済みだ。
問題は、その方法である。
あの時、俺とグレコは仲良くお手手を繋いだわけだが……、あれは色々とやばかったし、ニ度としたく無い、うん。
そこで、複数人でのテレポートを可能にする為にはどうすればいいのか、その条件を、俺なりに考えてみた。
おそらくだが…‥、腕輪をはめている俺と、他の者の体の一部が触れているだけでいいのだと思う。
つまり、離れていたら別々の個体だけど、触れていれば同一個体にカウントされるのでは? と思ったのだ。
だから別に、手を繋ぐ必要は無く、俺の肩に手を置くだけでも大丈夫なはず。
予め俺は、その仮説をグレコとギンロに話しておき、テレポートの際には俺の肩を持つようにと説明しておいた。
例によって、知覚過敏な俺はゾワゾワとするものの、肩ならば服の上からだし、手を繋ぐよりかは断然マシだ。
でも、やっぱりちょっと……、うううんっ!
大丈夫!! 気にしない気にしないっ!!!
自らに暗示をかけた俺は、忘れ物がないかと辺りを今一度見渡してから、心の中にダッチュ族の里を思い浮かべて、導きの腕輪の青い石に手をかざした。
「テレポート!」
掛け声と共に、目の前の風景が一瞬で変化して……、ん?
「おぉ!? まことにダッチュ族の里……、なっ!!? 伏せろっ!!!」
「ふぎゅんっ!?」
「きゃっ!?」
テレポートした瞬間に、俺とグレコはギンロに上から頭を押さえ付けられて、強制的に地面に伏せさせられた。
なんだっ!? 何なんだぁっ!??
訳が分からず、地面に這いつくばっていると……
ザザンッ!!!
「ギィーーー!?!?」
斬撃音が聞こえて、何者かが悲鳴を上げた。
慌てて頭を上げる俺。
すると目の前に、体を真っ二つにされた、巨大な何かが倒れ込んできた。
ドーーーーーン!!!
ひぃいっ!?!?
それは、気色の悪い、緑色のでっぷりとした、何かの幼虫のような姿の大型の虫型魔物。
むちむちのお肉が大きく斬り裂かれ、その傷口から大量の青い血を噴き出し、痙攣しているかのようにビクンビクンと体を震わせている。
ギョワァアァァーーーーー!?!!?
その余りの気持ち悪さに、ずり這いで後ずさる俺。
また虫っ!?
なんでぇえっ!??
きんもっ!?!?
今いる位置からして、どうやら俺たちは、この虫型魔物の目の前にテレポートしてしまったらしい。
突然現れたエサ(俺たち)に、こいつはすぐさま襲いかかったわけだ。
幸い、ギンロの咄嗟の判断と、素晴らしい反射神経によって、俺とグレコは間一髪で助かった。
が……
「気を抜くなっ! 囲まれているっ!!」
ギンロの言葉に、俺は血の気が引くのを感じながら、周囲に視線を向けた。
俺たちの周りには、何匹もの……、いや、何十匹もの、見た事のない様々な様相の虫型魔物達が、わらわらとひしめき合っているではないか。
そして、そいつらの足元には、赤黒い血溜まりがいくつもあって、そこかしこに見覚えのある羽毛が散らばっていて……
「何これっ!? どこなのここっ!??」
すぐさま立ち上がり、弓矢を構えたグレコは、近くにいた別の虫型魔物に向かって矢を放つ。
シュン………、トスッ!
「キキャアァァ!!?」
グレコの矢が体に突き刺ささった虫型魔物が、奇声を上げる。
その声に気付いた周りの魔物が、いっせいにこちらを向いた。
きゃあぁぁぁぁっ!?
グレコぉおぉぉっ!!?
絶対やばいぞこれぇえぇぇっ!!!?
「モッモ! ドワーフ殿の所へっ!!」
ギンロが叫ぶ。
はっ!?
そうかっ!
もう一度テレポートすればいいんだっ!!
「僕に触ってっ!!!」
倒れたまま叫ぶ俺。
グレコとギンロが手を伸ばす。
そして、グレコは俺の首根っこを、ギンロは俺の耳を、遠慮なく鷲掴みにした。
あぁぁああぁっ!?!??
耐え難いゾワゾワが、俺の全身を駆け巡る。
しかし、今は耐えねばならぬっ!!!
「テッ!? テレポォーーーートッ!!!」
震える声と体で、俺は導きの腕輪に手をかざした。
視界の端で、大量の虫型魔物がこちらに向かって飛びかかってきたのが見えたが……
「はぁ、はぁ……、危なかったぁ~」
グレコが、へたっと地面に座り込む。
「もしやとは思っていたが……、何という事だ……」
二本の剣を一振りし、青い血を拭うギンロ。
いろんな衝撃で、未だ起き上がる事が出来ず、地面に這いつくばったままの俺。
な、何が……?
どうなって……??
ふぇ~~~???
しかしながら、どうやらテレポートは成功したらしい。
目の前には、見た事のある大きな洞窟と、トロッコと、雑然と置かれた採掘道具。
更には「おったまげた!」という、独特のお決まりポーズで驚く、複数のドワーフたちの姿があった。
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