66:ギンロの懸念

「え~!? 導きの石碑を建てて来なかったのぉ!??」


「だ、だって……、もうあの里には行かないかな~って思って」


「行かないかな~って……、あそこから北に向かった方が早いじゃないの! も~、また丸々二日もかけて、あのダッチュ族の里まで戻らなきゃなんて~」


「ご、ごめんなさい……」


「いいのよ別に! ちゃんとモッモに、あの場で伝えなかった私も悪いんだからっ!!」


えっとぉ~、そうは言いましてもぉ~。

声も顔も怒ったままですよ? グレコさん。


 ぷりぷりするグレコの隣をスーッと横切って、ド派手な幾何学模様が描かれたソファーに腰掛けた俺は、窓の外に見える月を眺めながら、ふ~っと大きく息を吐いた。


俺とグレコとギンロは、今夜はドワーフ貿易商会の宿舎に泊まらせてもらう事にした。

部屋には、布団と枕が備えられたベッドが四つあって、お風呂場のような水場までついている。


さすがドワーフ!

 なんだかすっごく現代的!!

ダッチュ族の里とは大違い!!!


だけど、彼らの服と同じように、この部屋にあるもの全てが派手な幾何学模様の柄付きで、正直かなり落ち着かない。

 下手に一点を凝視していると、たちまち目が回りそうなので、適度に視線を泳がせながら、久しぶりにホッとできるこの場所で、俺は旅の疲れを癒していた。


 洞窟内部の交易場の上部……、つまり、洞窟の外にあるクロノス山の白い岩壁の上に、この支部で働くドワーフ達の居住地として、小規模なドワーフの集落が築かれていた。

ここであれば、ぎりぎり、クロノス山の影響を受けないとかなんとかで……

 まぁ、説明は一応聞いたけど、クロノス山がどんなに恐ろしくて、どんな影響があるのかとか、話の全てにおいてなんだか抽象的で、結局よく分からなかった。


集落には、白い岩の中をくり抜いたような、無骨な作りの建物が並んでおり、家具もそのほとんどがここにある白い岩を使って作られている。

ドワーフ達は、いつここを手放すことになってもいいようにと、余計な物は運び込まない主義だとか。

なので、この集落には畑や果樹園などはなく、食べ物や生活に必要なものは、主に外から取り入れるらしい。


そして、ここから西に行くと海に出るのだが、そこにはドワーフ専用の港があり、その港から鉱石を輸出したり、その他の生活必需品をここに運び入れたりしているそうだ。

テッチャも、その港を経由して、ここからクロノス山へと旅立ったということだった。


ここで暮らすドワーフは全部で五十七人。

支部での仕事をする者がその九割を占め、洗濯や食事などを残りの一割の者がしているとのこと。

みんな肌の色が焦げ茶色で、ガッシリした体格なのだが、テッチャのようなスキンヘッドはいなさそうだ、皆ちゃんと髪の毛が生えていた。


 暮らしているのは男ばかりではなく、勿論女性もいる。

女ドワーフも、男ドワーフに負けず劣らずのなかなかの迫力で、揃いも揃ってみんな、まるで女子プロレスラーみたい。

どっちかと言うと、男の方が尻に敷かれてそうな、そんな印象だ。

現に、夕食を食事場と呼ばれる大広間で頂いたのだが、料理を作って振る舞うのは女ドワーフが主だっていたのだけど、後片付けは男ドワーフがせっせとこなしていた。

 その間、女ドワーフ達はお酒を飲んで、楽しそうに騒いでいた。


……ドワーフの女子会ってやつだね、うん。

どこの世界、どんな種族でも、オンナは強いね~ほんと~に。








「……ギンロ、どうかした?」


支部長室を出てからというもの、一言も発しないギンロが心配になり、声をかける俺。

まぁ、もともと沢山お喋りするタイプじゃないだろうけど、なんだか思い詰めたような表情をしている気がするのだ。


「うむ。先ほどのボンザ殿の話、少し気になってな……」


 ギンロが静かにそう言った。


「虫の……、親玉の話?」


「あ……、それ、私も気になってた。大丈夫かしら、ダッチュ族のみんな」


グレコも少し、不安気な表情である。


「我が倒したのが、下っ端の魔物であるのなら……。そのカマーリスとやら、獲物が手に入らずに、自ら探しには出ぬだろうか?」


 ギンロの問い掛けに、俺の表情は険しくなる。


「それは……、分からないけど……。でも、大丈夫だよ、きっと! そんな、下っ端に頼んで自分じゃ何もしない奴が、ちょっと獲物が届かないからって、わざわざ自分で外に出たりしないって!!」


 ボンザは、森の主はここ数年、巣穴から出てきていないと言っていた。

 そんな奴が、まさか小さなダッチュ族一匹の為に、わざわざ巣穴から出たりするのだろうか?

 可能性としては低いだろうし……、出来ればゼロであって欲しい。


「だといいけどね……。少し、私も……、嫌な予感がするのよね」


え~、マジか、グレコも?

なんか、二人にそう言われると、俺も嫌な予感が……


 ざわざわざわざわ~


「モッモ、グレコ、我は明日ここを発ち、ダッチュ族の里へと向かう事とする。お主らはどうする? 北へ向かうのならば……、ついでだ、我と共に行くか??」


「そうするわ。どのみち戻らなきゃならなかったし、ここに長居する目的もないしね。いいわよね、モッモ」


「はい、異論はありません!」


先ほどグレコに叱られた手前、反論する余地など俺にはない。


 俺とグレコの言葉に、ふっと笑みをこぼすギンロ。

 安堵ともとれるその表情に、もしかしたらギンロも一人は心細いのかも知れない……、と俺は思った。


 ギンロとは、この森で出会って、まだ数日の付き合いだし、お互い知らない事が多い。

 たぶん、俺がピグモルだって事も、さっきのボンザとの会話で初めて知ったと思う。

 聞かれなかったから、わざわざ言ってなかっただけだけど……、聞かれていたら、たぶん素直に答えていただろうしね。

 

 そこで、ふと気になった事を、俺は尋ねてみた。


「あの~、ギンロ、ちょっと聞いていい?」


「なんだ?」


「ギンロはその……、なんていう種族なの?」


 そう、俺は、ギンロが何者なのか、どういった種族なのか、全く何も知らないのだ。

 旅の剣士である事、剣の腕前がすごい事、見ての通りの狼っぽい外見である事しか、俺は知らない。

 ボンザはギンロの事、犬型獣人の類か何かか、みたいに言っていたけど……

 それって結局、なんなの?


「我はフェンリルだ」


 ……ふぁ? フェンリル??


「えっ!? あなた、フェンリルなのっ!!?」


 驚き、俺より先に声を上げるグレコ。


 フェンリルって……、あのフェンリル? だよな??

 つまりギンロは、俺の村にいる、守護神ガディスと同じ種族って事???

 なんていうか……、全然そんな風には見えないんだけど。


 ガディスは、まんま狼だ。

 かなり大型ではあるけども、四本足で歩くし、どこからどう見ても狼である。

 ガディスがフェンリルである事は、ガディス自身の告知により、明らかな事実だ。

 だけど、ギンロは……?

 顔は狼だけど、ギンロの毛並みは青みがかった銀色で、真っ黒なガディスとは大違いだ。

 それに、ギンロは四本足で歩いておらず、人間のように二足歩行である。

 つまりそれは、ボンザの言っていた、獣人というものに近いのでは無いだろうか??

 ちなみにピグモルも、四本足で歩いてはいないからして、獣人というものに分類されるのでは? と俺は考えている。

 だから、ギンロがフェンリルだというのは、ちょっと信じられないというか、分からないというか……


「まぁ、半分といった方がいいがな」


は? 半分……??

 何それ、どういう事???


 ギンロの意味不明な言葉に、俺とグレコは互いに目を見合わせて、無言になってしまう。


 よく、分からないぞ……????


「すまぬが、その話はまた今度にしてはもらえぬか。今は、ダッチュ族の皆の事が気掛かり故、話をする気にはなれぬ……」


「あ、うん! 大丈夫!! また今度ね!!!」


 不安気なギンロの気持ちを汲み取って、今はそれ以上聞く事は諦めた。

それっきり、ギンロは黙ってしまい……

 グレコも、お喋りをする気分では無いようで……

俺たちは、それぞれが妙な胸騒ぎを抱いたまま、眠りについた。









翌日、俺たちは日の出と共に、ドワーフ貿易商会のワコーディーン大陸南支部を発った。

支部長ボンザに許可を得て、洞窟の入り口の横に、そっと導きの石碑を建てさせてもらった。


もう、グレコに怒られるのは懲り懲りだからな!

これからは、言われなくても小まめに石碑を建てておこう!!


ギンロは、昨晩からずっと、無口を貫いている。

 相当に、ダッチュ族の事が心配らしい。

あまりに急ぎたそうなので、風の精霊シルフのリーシェを呼ぼうかとも考えたが……

 ギンロにはまだ、俺が何者で、どんな力があるのかとか、何も説明していないのでやめておいた。


そういえばギンロは、これまで一緒にいて、俺が持っている望みの羅針盤や世界地図、魔法の鞄の事なども、何も聞いてこなかった。


 どうして聞いてこないんだろう?

 俺に興味が無いのかな……??


いろいろと、思ってはいるのだが、今はそれどころでは無さそうなので、特に俺から何かを言うことは避けておいた。








そして、魔物の襲撃もないままに、急ぎ足で北へと向かうこと丸一日。

 夜も眠らず歩き続け、翌日の昼前には、ダッチュ族の里へと辿り着いた、のだが……


「遅かったか……」


悔しさのあまり、片膝を地面につき、歯をくいしばるギンロ。


嘘だろ、おい……

こんな、たった数日で、ここまでなるのか?

ダッチュ族のみんなは、どこへ行ったんだ??


里があったはずの場所にあるのは、壊された、木の家々であったはずの朽ちた丸太の山。

そこにいるはずのダッチュ族の姿は、忽然と消えていた。

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