65:支部長のボンザ

「あ、っと……。突然すみません。実は僕たち、ドワーフのテッチャさんに頼まれて」


「テッチャだとぉっ!?!?」


俺の言葉が終わらぬうちに、叫ぶ髭おじさんドワーフ。


「あいつ、生きとったんかぁっ!? 今どこじゃあっ!!?」


目を真ん丸にして見開き、両手を上げて「おったまげ~」の驚きポーズ……、リアクションがテッチャそっくりだ。


「あ……、えと……。今は僕の村にいます。それで、とりあえず、生きている事を伝えて欲しいと頼まれて、ここに来たんです……、はい」


 素直に真実を伝える俺。


「おめぇさの村ぁ? 村ってぇ~、どこの村じゃ?? つ~かおめぇら、見慣れぬ姿じゃて、何もんじゃ???」


俺とグレコ、ギンロを順番に見て、眉間に皺を寄せる髭おじさんドワーフ。


「そっちの嬢ちゃんはエルフか? そいで、そっちの旦那は、犬型獣人の類かの?? そいで……、おめぇは???」


最後に指を刺されたのは俺だ。

 髭おじさんドワーフに、めちゃくちゃ不審な目を向けられていて、ちょっぴりビビってしまう俺。


「あの……、あ、ぼ、僕は……。ピグモル、です。名前は、モッモと言います」


 ビクビクしながら、またしても素直に真実を伝える俺。


「あぁ? 嘘言うでねぇよ。ピグモルっておめぇ、とうの昔に絶滅したじゃろが??」


 うっ!? やっぱりそう来たか……


「えと、その……。実は、どこぞの魔法使いさんに救われて、クロノス山の向こうで生き延びてました。僕の村は、クロノス山の南側にあるんです」


 少しずつ、緊張が解けていくのを感じながら、落ち着いて説明する俺。


「なんのっ!? したらば、幻獣の森にかっ!?? 俄かに信じがたい話じゃが……。しかし、テッチャはクロノス山を越えると言うておったしのぉ……。つまり、おめぇさの村は、クロノス山の向こう側、幻獣の森に存在すると?」


「はい。そうです」


「なるほど、そうじゃったんかぁ……。絶滅したと思われておるピグモルが、幻獣の森にのぉ……。で、その幻獣の森にあるピグモルの村に、テッチャはおると?」


「はい。そうです」


「……今の話、本当じゃろうな? 信ずる証拠はあるのか??」


怪しむ髭おじさんドワーフに対し、俺は鞄をゴソゴソと漁って、テッチャに貰った許可証を見せる。


「おお、真にテッチャのもんじゃ……。そうか、あいつめ、生きとったか……。良かった良かった」


ここでようやく、髭おじさんドワーフは、ホッとした安堵の笑顔を見せてくれた。


「疑って悪かったの。わしはここ、ドワーフ貿易商会ワコーディーン大陸南支部を取り仕切っとる、支部長のボンザというもんじゃ。立ち話もなんじゃろうて、中に入れ」


なんとか話を信じてもらえたようで、俺たちは洞窟の中に入る事を許された。

背後のグレコとギンロに向かって、俺はグッ! と親指を立てた。


 ふぅ~……、良かったぜぇ~。









「うは~、すっげぇ……」


洞窟の奥は、そりゃもう、息を呑むほどの光景が広がっていた。


支部長ボンザに連れられて、暗い洞窟を進んでいくと、大きな扉が現れた。

扉の向こうに広がっていたのは、松明があちこちに設置され、洞窟の中とは思えないほどに明るい、とてつもなく広い空間だ。

何十人ものドワーフたちが働くこの場所は、金銀財宝、その他の宝石、いろんな鉱石や天然石を仕分けする、いわば交易場だった。


様々な鉱石が入った大きな木箱が無数に積み上げられ、産出場所が書かれた紙が貼られている。

それらの間を行き交うドワーフたちは、テッチャと似たような装備品を身につけて、道具を片手に鉱石の品質をチェックしているようだ。

箱の山の間に無造作に置かれたいくつもの机には、何やら膨大な資料に埋もれながら働くドワーフの姿が見える。


なんていうか、こう……、ゴッチャゴッチャしてる。

歩くスペースも、なんとか確保してます程度にしかない。

それに、ドワーフってやっぱり、荒っぽい性格の者が多いのだろうか?

鉱石の売買を巡って、値段交渉なのか何なのか、所々で野次が飛んでいる。


俺たちを目にしたドワーフたちは、一瞬戸惑いの表情を浮かべるも、支部長ボンザが一緒にいるので、特に何かを言って来る事はなかった。


そんな雑然とした場所を通って、俺たちが案内されたのは、洞窟の奥の更に奥にある支部長室だ。

木製の小屋のような支部長室には、大量の資料や本に埋もれて、小さな作業机と椅子と、ボンザが生活する為のものだろうか? 小さなキッチンとベッドが備え付けられている。


「ちぃ~っと狭いが、我慢してくれ。ほれ、ここに座って」


奥の方から、予備の椅子を三つ出してくれるボンザ。

俺には少し大きく、グレコにはピッタリで、ギンロには小さいその椅子に、それぞれ腰掛けた。


「いや~まぁ~しかし……、おったまげた! まさか本当にクロノス山を越えたとはのぉ!! ただもんじゃねぇなと思っとったが、さすが次期国王だけあるの。テッチャは肝が座っとる!!!」


 ガッハッハッと、愉快に笑うボンザ。


うん、まぁ、テッチャはかなりの強者だよね。

エルフに捕まえられても余裕そうだったし、ガディスに埋められても生きていたし……、かなり図太いよね。


「ほんでじゃ……、なしておめぇの村におるんじゃ、あいつは?」


「あ、えと、僕の村の近くの川に、ウル……、あ……。なんか、鉱石があるらしくてっ! それを採取するから留まるって言ってました」


危うくウルトラマリン・サファイアの名を出しそうになったが、テッチャがかなり価値があるものだと言っていたし、何か大事になると困るので、言葉を濁す俺。


「ほう? そいで、その鉱石を採って、またここへ来ると言うとったか??」


「あ、はい、そのつもりみたいです」


「そうかそうか。まぁなんにせよ、生きとったならええ。して、おめぇらは? おめぇらもまさか、クロノス山を越えたんか?? 幻獣の森から、クロノス山を越えて、ここまで来たと……???」


信じられないといった顔で尋ねるボンザ。

正直に答えるべきか否か、少々悩むが……

 今更何かを偽ったところで、さっきの話と噛み合わないと、変に疑われてしまいそうだしな……


「あ、はい、僕とグレ……、エルフさんは、もともとクロノス山の向こう側の出身なので、山を越えてここまで来ました。こっちの……、ギンロは、この森で出会って、ここを知っていると言うので、案内してもらったんです」


 グレコの事をエルフさんと呼んだので、グレコがチラリと俺を見たが、俺の意図が伝わったのか、何かを言う事はなかった。


 テッチャ曰く、ブラッドエルフという種族も、外の世界では大変珍しいという事だった。

 つまり、あんまり大々的に名乗らない方がいいかも知れない、と俺は思ったのだ。

 ……今更だけど、俺がピグモルだって事、正直に言わない方が良かったかしら? と、ちょっぴり思ったりもした。


「なるほどのぉ……。しっかしまぁ、驚きの連続じゃ。まさか幻獣の森に、ピグモルやエルフが住んでおったとはのぉ。おめぇさんは、この森に住んでるってか?」


ボンザは、ギンロに尋ねた。


「否、我は旅の剣士。この地には立ち寄ったまで」


 短く返事をするギンロ。


「じゃろうな。こんな危ねぇ森に単身住むなんざ、どんな強者でもおすすめできねぇでの。長年住んでるわしとて、一人で森を歩こうなんざ、自殺行為に等しいて」


 マジか……、そこまで危険だったんだ、この森……


「あの、危ない森って……、魔物がうじゃうじゃいるからですか? 虫型の……??」


 グレコが突然会話に入ってきた。

 今の今まで一言も喋らなかったのに、急にどうしたのさ?


「いんや、違う。確かに、雑魚共もなかなかに手強いが、戦って勝てねぇ相手では無いからのぉ。本当に怖ぇ~のは、森の主じゃて。ここ最近は姿を見せとらんが……。あいつに敵う奴は、そうそういねぇじゃろうな」


 お? 森の主とな??


「あ……、あの……。そいつなら、先日ギンロが倒しましたよ」


 俺の言葉に、ギンロは分かり易くドヤ顔になり、胸を張る。


「なにっ!? 本当かっ!?? いつ巣穴から出てきおったんじゃ、地響きは感じんかったが……? 思い違いじゃねぇかの?? 旦那が倒したのは、本当に森の主か??? 森の主は、三つの頭を持った、四本の鎌手を持つ、馬鹿でかい虫型魔物じゃが……????」


えっ!? 三つの頭に四本の鎌手って……

 何そいつっ!??

 そいつは知らないぞっ!?!?


 戸惑い驚く俺と、真顔になるギンロ、表情が曇るグレコ。


「んん? どうやら、違うようじゃな。大方、下っ端の雑魚共と間違えとるんじゃろて」


 え~、マジかぁ~。

 あのギンロが倒した奴は、下っ端の雑魚だったのかぁ~。

 ……てか、その下っ端の雑魚にすら、俺とグレコは太刀打ち出来なかったわけね、ははははは~。


「森の主……、三つの頭、四本の鎌手を持つ巨大な虫型魔物、その名も【カマーリス】。この森は奴の縄張りじゃ。東には【巨虫の根城】と呼ばれる奴の巣穴がある。ここ数年、奴は巣穴から出てきとらん。自分は巣穴から出ずに、雑魚共を使って、食いもんを巣穴まで運ばせとるらしい。巣穴ん中で、何をしとるかは知らんが……。下手に巣穴に近付けば、雑魚共が群れで襲ってくるじゃろうて、近付かん方がええ。雑魚共も、一匹くらいならなんとかなるが、数が多いとこっちがやられちまうでの。……まっ、そんな訳で、いくら腕っ節の強い剣士といえども、下手にこの森で暮らさん方がええっちゅ〜こっちゃで!」


支部長ボンザの言葉に俺は、世界の広さと恐ろしさ、そして己の無知と、分かっちゃいたけど如何に自分が無力なのかを、ひしひしと感じるのであった。

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