62:ラッキーボーイ

「この度は、私たちの娘、ポポを助けて頂き、本当にありがとうございました。なんとお礼を言っていいか……。本当に、本当に、ありがとうございます、ううう~」


ポポの母ちゃんは、涙を抑え切れずに泣き出した。

頬がこけて、目の下には青い隈があって、とっても疲れた様子が見て取れる。

 きっと、ポポが生贄になると決まってから、ろくに眠れていなかったのだろう。

 苦労が滲み出るその姿に、何とも言えない哀れさを、俺は感じていた。


「長に、ポポを生贄に出すと言われてから、家内は食事が喉を通らなくて……。ポポが行ってしまってからはもう、ずっと床に伏せていたものですから……。本当に、ありがとうございました」


ポポの父ちゃんも、母ちゃんに負けず劣らずやつれている。

声を震わせながら、泣くまいと、必死に涙を堪えているのが分かる。


泣きながら、笑いながら……

 二人とも、ポポが帰ってきてくれた事が、本当に嬉しくて嬉しくてしょうがないって感じで、ポポの頭を愛おしそうに撫でている。

その光景を前にして、これからはきっと、家族三人で幸せになれるよなって、俺はあったかい気持ちになった。


「大したおもてなしも出来ないのですが、長から我々の家に泊まって頂くようにと言われましたので、あそこに寝床を用意しました。お疲れでしょうから、ゆっくり休んでください」


そう言って、ポポの父ちゃんが指差したのは、部屋の隅の方に作られた、四角い箱の上に何やらワサワサとした物が積み重ねられている場所。

長の家にも、これと似たような物があった。

 俺が、あそこで寝るのは絶対に無理……、と思ったあれである。

部屋の反対側にも、それと同じ物があるのだが、そちらはきっとポポたち家族の寝床だろう。


 え~、俺、今夜はあれで寝るのか?

 普通に嫌なんだけど~。

 でも、断るのも気が引けるし……、う~ん……


俺が悩んでいる目の前で、スタスタと寝床へと歩いて行くギンロ。

 ニコニコと、俺たちを見守るポポ一家。

グレコはというと、寝床を一瞥した後、近くにある地面に敷かれた藁の敷物の上で、そっと体育座りをした。


 あっ!? ずるいぞグレコ!

 絶対に抜け駆けするつもりだなっ!??


 ……とは言えないままに、俺も仕方がなく、ギンロの後について寝床に向かう。

 そして、寝床のそばまでやってきて、まじまじとそれを見て、納得した。


うん……、昨日ポポが、落ち葉の掃き溜めでしかないギンロの住処でぐっすり眠れたわけが、よ~く分かったわ。

これが寝床だと? 落ち葉と、ダッチュ族の抜けた羽毛が混ざってるだけじゃないか。

敷布団も掛布団もないし、枕もない。

 つまり、ギンロの住処と大差無い。


 ギンロは遠慮無く、その寝床の上に腰を下ろし、昨晩のように体を丸めて、寛ぎ始める。


「ふむ。悪くは無いな」


 え~、マジか……


 ギンロの感想に、引きつり笑いをする俺。

 仕方なく、俺も寝床の端に腰を下ろしてみたが……、やはり、座っただけでも居心地が悪く、とてもじゃないが寝転んでみようとは思えない。

 うんざりした顔で視線を上げると、離れた場所で体育座りをするグレコと目が合った。

嫌らしくニヤリと笑うグレコに対し、俺は冷たい視線を送った。









「この里の近くの河辺まで流されてね、なんとか自力で助かったんだけど……、そこからがもぉ~、大変っ! ここの森、虫型魔物で溢れ返っているのよ!! どこへ行っても魔物だらけで、夜も眠れなくて!!! なんとか応戦しながら耐えていたけど、気付いた時には弓矢も三本しか残ってなくて、さすがにもう駄目かと思ったわ。そしたら今朝、運良くこの里を見つけたってわけ。もうね、正直……、モッモは死んじゃったと思ってたの。だって、こんな魔物だらけの森の中で、最弱種族であるピグモルが一人きりで生き延びるなんて、出来っこないって思ったしね。食べられたか、八つ裂きにされたか……。けど、良かったわ、生きててくれて♪ さすがに、旅立ったばかりなのにエルフの里に帰ったら、ハネスに笑われそうだしね~」


……うん、グレコ。

君の毒舌が胸に刺さって、今まさに俺は死にそうですよ。


結局、家の中はちょっと落ち着かないな~、せっかくご家族が揃ったんだから水入らずで過ごしてくださいな~、と適当な事を言いつつ、ポポの両親にやんわりと断りを入れて、俺たちはポポの家を出た。

外に出たら出たで、ダッチュ族の方々がワラワラと群がってきたのだが、大人しい彼らの事だ、その波も数分で過ぎ去った。


特にすることもなく、俺たちは宴の準備の様子を見るともなく見ながら、その辺にある岩に腰掛けてだべっている。


「けど、僕はそんな魔物には出会わなかったよ? 一人の時も、ポポやギンロに出会ってからも」


「モッモ、お主は河辺にいたのが良かったのだ。虫型魔物どもは水が苦手らしく、滅多に河には近付かぬ故。そして、我は奴らの返り血を浴びておる。同胞の血の匂いがする我には、奴らとて容易に近付かぬのであろう」


あ、なるほどそういうことね。

じゃああれだ、かなりのラッキーボーイだったのね、俺ってば。


「けどまぁ、そうなると……。厄介よね~。またあの森を通るわけだし……」


 頬杖をつきながら、唸るグレコ。


「う~ん、確かに……。どこまで続いているのかなぁ、この森……」


 虫だらけの森なんて、早く終わって欲しいよ。


「あ、モッモ。今、北に向かう前提で話してる?」


「え? うん。……あれ、違うの??」


 俺の言葉に、グレコは分かりやすくイラッとした表情になった。


「はぁ~……、もう忘れたの? ほら、テッチャが頼んでいたじゃない。クロノス山の麓にある、ドワーフ族の貿易商会の支部に顔を出して欲しいって。テッチャが無事だって、支部のドワーフ達に伝えに行かなきゃ。河に落ちたせいで、だいぶ北まで来ちゃったから……、南へ戻らないといけないわ」


「あっ! そっか!! そうだったね~」


グレコってば、案外ちゃんと覚えてるんだね!

 テッチャのこと、怪しいとかボロカス言ってたわりにはさ。

いろいろハプニング続きで、俺はそんな事、すっかり忘れてしまっていましたよ~。


「確かに、あの森を戻るとなると、大変そうだなぁ……。グレコの弓矢も、あと三本しかないんでしょ?」


「あ、それなら大丈夫よ。モッモの鞄に、予備の弓矢を沢山入れてあるから」


え~、何それ知らないよ~、いつの間に~?


「それより問題は、そのドワーフ族の貿易商会の支部っていう場所がどこにあるのかっていう事と……、そこに行く間にまた虫型魔物に襲われ続けたら、私たち二人じゃもたないってことね。特にモッモは、完全に戦力外だし、私一人でモッモを守りながらっていうのも、限界があるわ」


まぁ……、そりゃ~俺は、戦力外ですよ?

だって、世界最弱のピグモルですよ??

そんなそんな、期待しちゃ駄目ですよグレコさん。


……くっ。


けっ!

俺だってなぁ!!

いざとなったら精霊呼んで、戦ってやるぞこの野郎っ!!!

呪いだってかけられるんだからなぁっ!!!!


 グレコの言葉に、俺の心中は忙しなく渦巻く。

 すると……


「その、ドワーフ族の居所とやらだが……。おそらく、我は場所を知っている。ここから南西に向かい、河を越えた先にあるはず」


俺とグレコのやり取りを、静かに見守っていたギンロが口を開いた。


「え、ほんと!?」


パッと喜ぶグレコ。


「じゃあその……、もしあなたが良ければ、道案内してくれないかしら?」


おぉ~? なんだぁ~??

その、妙にキラキラした目はぁ???

グレコの奴め、ギンロが強そうだからって、色目使ってんじゃないよっ!


「うむ、承知。我で良ければ手を貸そう」


グレコに対し、むふふな顔のギンロは、快く承諾してくれた。


 ほんと、ギンロって優しいよなぁ~。

 見た目は怖いけど、優しいよなぁ~。

 ……でもグレコはやめときなよ、食われるぞ?


ドワーフの貿易商会とやらの支部がどこにあるのかは、俺の望みの羅針盤で確認できるから、特に道案内は必要ないのだけれど……

まぁ、ギンロがいてくれた方が俺も安心だ。

彼の剣の腕前は、この目でしかと確認済だしな!


「よろしくお願いしま~す!!!」


深々と、俺とグレコは頭を下げた。

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