61:むふふ、っていう顔

「この度は、我らダッチュ族の里を脅かす恐ろしい魔物を倒してくださり、誠にありがとうございました。里の者を代表して、お礼を申し上げまする」


目の前で頭を下げるのは、ダッチュ族のおさだというヨボヨボのじいさんダチョウ。

なんていうか、この長なら魔物に怯えて生贄を出せって言いそうだわ、という外見だ。

ガリガリに痩せ細ってるし、プルプル小刻みに震えているし、なぜか表情が悲壮感に溢れてて、見るからに精神的に弱そう……

なんかこう、漫画とかでよくある紫色のうにゃうにゃっとした、不幸そうなオーラが全身から出ている感じ。


「我は腕試しをしたまでのこと。それにてお主らが助かったのなら本望である。頭を上げてくだされ長殿」


ギンロは優しい口調でそう言った。


俺たちが今いる場所は、ダッチュ族の里の中央にある、大きな円錐形の苔むした木の建物の中。

太い丸太の柱を真ん中に立て、それを支柱にして細い丸太を斜めに固定し、円を描くようにして囲っただけの、なんとも簡素な建物だ。

昼間だというのに薄暗いのは、建物の中に灯りが一つもないから。

地面に藁を編んだ敷物を敷いているだけで、家具もほとんどなく、寝床らしきものが部屋の隅にあるのだが……、あんなとこで毎日寝るなんて、俺なら無理。

どうやらここは長の家らしく、長の隣には、奥さんらしき年老いた女性のダッチュ族がそばに控えている。


しかしまぁ、なんというか……、とにかく鳥臭い!

ペットショップの小鳥コーナーのような、鳥独特の匂いが充満しているのだ。

鼻を塞ぐのも失礼なので、なんとか我慢しているのだが……

できることならば、一刻も早くここから立ち去りたい!!

それに、言っとくけど、森の主とかいう魔物を倒したのはギンロであって、俺は何もしてないんだよっ!!!


「今夜、里の皆に宴を開かせます。お泊りになられる場所もご用意しましたので、宴の準備が整うまでは、そちらでごゆるりとお過ごしくださいませ」


なんとか長の家から解放されて、外に出た俺とギンロ。

ようやく解放されたと思いきや、そこにはダッチュ族の群れが待ち構えていた。


俺たちの姿を確認すると、わらわらと集まってくるダッチュ族たち。

頭を下げて感謝の意を述べたり、食べ物(中には虫も入っている)を差し出してきたり……

けどこう、なんていうか、みんな暗~い印象だ。

静かに話すし、表情もどこか影を落としているというか……

ダッチュ族は、根暗な種族なのかな?


改めて見てみると、ダッチュ族って本当に不思議な体をしている。

ポポは子どもだから、全体的にこう、丸い小動物的な印象が強いけど、大人たちは俄然鳥感が増す。

首が少し長く、お尻がちょっと後ろに突き出していて、大きな羽がフッサフッサに生えてるし、足なんかもうダチョウそのものだ。

ダチョウ人間、って言った方がしっくりくるな。


俺は、差し出される食べ物を遠慮しつつ(もう、どれが果物で、どれが虫なのか、分かんないからさ)、グレコはどこかなとキョロキョロする。

見ると、少し離れたところで、ポポと笑顔で話をしていた。


ダッチュ族の群れがようやく解散したところで、グレコの元へと歩く俺。

すると、こちらに気付いたグレコが、両手を大きく広げてみせた。


……なんぞ??


小首を傾げながら、普通に歩いていくと、


「も~、ノリが悪いなぁ~。さっきみたいに胸の中に飛び込んできなさいよ~」


え~、恥ずかしいわそれは~。

さっきはこう、気が動転してたんだよ、うん。


 赤面し、視線をずらす俺。


「さっきのモッモ、可愛かったなぁ~。まるで迷子の子エルフが、お母さんにやっと会えた! って時みたいで。そんなに私がいなくて寂しかったのぉ? ポポに聞いたよ、モッモが河辺で泣いてたって……、くすっ。本当に、泣き虫さんね~、モッモは~」


ニヤニヤするグレコ。


お願いグレコ、恥ずかしいからもうやめてぇっ!

てかポポ!! お前だって泣いてただろうがっ!!!


グレコの隣に立つポポを、ギロリと睨む俺。

しかし当のポポはキョトンとしてて、俺の心の叫びなど届きそうもない。


「ところで、そちらのギンロさん? だっけ?? モッモを守ってくれてありがとう。もう、はぐれてからは気が気じゃなくて……。ここの森、馬鹿みたいに虫型魔物がうじゃうじゃいるから、モッモだけだと完全に餌になってたはずだもの。本当に助かったわ、ありがとうございました」


ギンロに向かって、ぺこりと頭を下げるグレコ。

なんか、餌とか、酷いこと言っているのも気になるけど、俺の保護者的な感じで振る舞っていることの方が気になる……


「いやいや、事のついでである。無事に仲間に再会できて良かった」


ギンロは優しいなぁ~。

ちょっと顔が怖いけど、心はとっても優しいよなぁ~。


「モッモ! ギンロも!! おっかぁとおっとぉがお礼をしたいからって、家に来てくれないかって!!! あたいも、二人にお礼したいからさ♪」


 可愛いらしく笑うポポ。


「だってさ、モッモ。宴までにはまだ時間があるんでしょ? ポポの家に行きましょ♪」


グレコの言葉に、俺とギンロは同時に頷く。

ポポとグレコが仲良く歩き出し、俺も後について行こうと歩き出すと、後ろのギンロがチョンチョンと俺の肩を叩いた。


「ん? どうしたのギンロ??」


「うむ……。あの、グレコという女……、エルフ族か?」


 妙にヒソヒソと喋るギンロ。


「うん、グレコはエルフだよ」


「ふむ、そうか……、エルフか……」


んん? なんだ?? どうした???


ギンロはなんだかこう、鼻の穴が膨らんで、目つきが緩んでて、むふふ、っていう顔になっている。

出会って初めて見るな、こんなに緊張感の無いギンロの表情は。


「グレコが……、どうかした?」


「ぬっ!? いや、その、んんむ……。実に魅力的な、女だと思ってな……。こう、何やら……、甘美な香りを纏っておるなと……」


え? グレコが??


前を行くグレコを見る俺。

そして気付く。

グレコの髪の色が、少し薄まっていることに。


もしかしてギンロ、ブラッドエルフ特有の、渇いた時の匂いにやられているのでは?

俺は慣れてしまったからか、ほんのり微かに感じるだけだが、あのなんとも言えない甘い香りが、グレコから漏れ出てる。

そう……、渇いたブラッドエルフが、獲物をおびき寄せるために発する、あの甘い香りだ。


 こりゃ駄目だ。

 このままだとギンロは、グレコの食料になってしまうのでは……?


「ギンロ……。グレコはああ見えて、とっても凶暴なんだ。気をつけてないと、食べられちゃうからね!」


 正直に、真っ直ぐに、忠告する俺。

 するとギンロは、耳をぴくっと動かして、眉間に皺を寄せて、疑っているかのような、怪訝な顔になってしまった。


 だけども、本当の事だから……

 惚れてしまったのなら仕方がないが、匂いに当てられてしまっただけの今なら、まだ引き返せるはずだ。

 グレコはやめとけ……、そういう意味を込めて、俺は首を横に張った。


「ふむ。それは……、心得ておく」


うん、是非とも心得ておいてくれ。

ブラッドエルフは、本当に凶暴なんだ。

俺は身に染みて分かっている。

まさにこれが、経験者は語る、だ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る