58:旅の剣士

「ぬ? わらし?? このような場所で奇怪な」


 唸っているかのような、低い声がそう言った。

 

振り返った先に立っているのは、何やらずいぶんと背の高い生き物。

スラッとした人型の体型だが、全身を小汚いマントで覆い、頭にはフードを被っている為に、その全容は分からない。

言葉を喋ったから、魔物ではないだろうけど……、その様相に、俺はギョッとした。


あいつ、両手に剣を持っているぞ!?

 しかも、なんだか血生臭いっ!!?


 得体の知れないそいつは、両手に、俺の身長よりも長い剣を二本、握っているのだ。

 そして、その剣からは、明らかに血の匂いがする青い液体が滴っている。


「だっ、誰だっ!?」


俺は立ち上がって叫んだ。

俺のその行動で、ポポはようやく背後に何者かがいると気付いたようだ、泣き腫らした顔で後ろを振り返る。


「ふむ、二匹もおるとは……。何故そこに座っておるのだ?」


俺の言葉なんてガン無視して、スタスタと、マントの奴は近付いてくる。

 俺は警戒しつつも、かな~りビビっている為に、プルプルと全身が小刻みに震えている。


 こいつ……、絶対に、かなりヤバい奴だっ!

 

 俺は、直感的に理解していた。

俺の耳をもってしても、至近距離に近付いて来るまで足音がほとんど聞こえなかったのは、それだけこいつが危険だという事を意味している。

肉食動物は、獲物に気付かれないように、物音を立てずに移動する術を知っている、それと同じことだ。

それに、両手に握っている剣と、そこから滴る青い血。


 つまりこいつは、何かを……、誰かを斬ったんだ!!


「ぼっ! 僕は、誰だって聞いたんだ!! 答えろっ!!!」


震える手で、腰にぶら下げていた万樹の枝をサッと取り出し、マントの奴に向かって構える俺。


守ってくれるグレコはいない……

俺がしっかりしなくちゃっ!!

俺が戦わなくちゃっ!!


 隣のポポは、立ち上がる事すら出来ずに、青褪めたような顔つきで震えている。

 そして、どうしてだか分からないが、そんなポポを守らねばと、俺は考えてしまっていた。

 すると……


「怯えずとも良い。我が名はギンロ。しがない旅の剣士である」


先程よりかは幾分か柔和な声色で、マントの奴はそう言った。

 両手に持つ剣を一振りし、滴る青い血を振り飛ばし、両腰にある鞘へと収める。

そして、フードを脱いだその下は、青く光る銀色の毛並みが印象的な、凛々しい狼の顔だった。









「お主は里にも帰れず、行く宛もなく、ここで泣いていたと?」


ギンロと名乗った狼剣士の言葉に、ポポは頷く。


「ふむ。……で、お主は旅の仲間とはぐれ、為す術がなく、ここで泣いていたと?」


「うっ!? 僕は泣いてないっ!!」


 泣いていた事が恥ずかしくて、咄嗟に否定してしまう俺。

 

「ぬ? そうか、すまぬ」


 嘘をついた俺に対し、素直に謝るギンロ。

 なんだか、ちょっぴり申し訳ない気持ちになった。


 突然現れた旅の剣士ギンロは、俺とポポが何故ここにいるのか、その理由を聞いてくれた。

 そして……


「しかし、このような森で、童二人きりとは危険極まりない。どうであろ、一度、我の住処へと参らぬか?」


ギンロの提案に、俺は正直どうすればいいのかと悩んだが、ポポが迷わず頷いたので、とりあえず同行することにした。









ギンロを先頭に、森を歩く、ギンロとポポと俺。


……ん? なんだこれ??

 どういう状況だ???

 なんだか、場の空気に、大いに流されてしまっている気がするぞ。

 てか……、これでいいのか、俺っ!?

幸いにも、ギンロが歩いて行く方向は、俺の望みの羅針盤の金の針が指す方向と同じだ。

つまり、この先には、グレコがいるはず。

 だけど、知らない森を一人きりで歩くなんて、俺には無理だ。

ギンロは見た感じ強そうだし、俺たちを攻撃する事もなさそうだし……

よしっ!

 とりあえず今は、このままギンロと一緒に、進めるだけ進もう!!


 よく分からない流れだけども、場の空気に便乗して、俺は前進を試みる事にした。


前を歩くギンロは、見たことのない種族だ。

(というか、俺が見たことのある種族なんて、この世界にいるのだろうか? まずそこが怪しいな……)

 その顔は、完全に狼だ。

ただ、毛並みは青みがかった銀色をしていて、雰囲気的には狼というより、犬のシベリアンハスキーに近いかも知れない。

身長は俺のおよそ三倍くらいで、見上げるほどにデカい。

 お尻の上あたりから尻尾が生えているようで、フサフサとした、毛並みの良い尻尾の先っちょが、マントの裾から覗いている。

 身につけているマントは、もうボロッボロのボロッボロで、ボロ雑巾の方がマシなほどだ。

 足元には靴を履いているのだが、此方も布製で、今にも敗れそうなほどに年季が入っている。


 しっかしなぁ……、このマントと靴で、よくこれだけ物音を立てずに歩けるもんだ。

すぐ前を歩いているというのに、その足音はほとんど聞こえてこない。

よほどの手練れで、よほどの死線を潜り抜けて来たのだろう。

頭の上では、二つの尖った耳が、ピクピクといろんな方向に忙しなく動いていて、周囲をとても警戒していることが分かる。


 不思議な奴だなぁ……、どうして俺とポポを助けてくれるんだろう?

それに、旅の剣士と言っていたが、旅をしているのに住処があるのか??

なんかそれ、ちょっと怪しくないか???


そんなことを思っていたのだが……


「さぁ着いたぞ。ゆっくりするがよい」


そう言って、俺とポポが案内されたのは、ただ落ち葉を敷き詰めた、壁も屋根も床もない、日当たりの良い木と木の間のちょっと窪んだ場所だった。

 余りに予想外なその場所に、俺は唖然としてしまう。


こいつ……、これが住処だなんて……

いったい何考えてんだ????








「奇怪な……。何故そのような小さき袋から、このように多量の食物が出てくるのだ? お主もしや、魔導師か??」


次々と、鞄から食べ物を出す俺に対し、ギンロは首を傾げている。

俺だって、事情を知らない奴の前で、こんなにポンポン食べ物を出すのは嫌なのだが……


俺が自分で食べようと取り出したポテトチップスを、隣にいるポポが、有無も言わさず横取りして、食べてみたら大変気に入ったらしく、もっとくれとせがんできた。

ポポはよほどお腹が空いていたのか、ポテトチップスだけでは足りず、勝手に俺の鞄を漁り始めた。

 だけども不思議な事に、ポポが鞄の中に手を突っ込んでも、何も掴み取れないらしいのだ。

だから仕方なく、俺が、自らいろいろと食べ物を出す羽目になったのだった。


「魔導師ではないけど……。この鞄には、魔法がかかっているんだよ」


短く説明するも、ギンロはまだ首を傾げている。

どうやら理解力は低いらしい……


「ギンロは、旅の剣士とか言っていたけど、ここで何をしているの? こんな、何も無い……、落ち葉だらけの場所で……??」


 やんわりと、君の住処は変だよって、伝える俺。


「我は、修業中の身なのだ。故に、この森で、魔物を倒して回っていた。ここは良い、程良い強さの魔物が、うようよと出てくる」


え~、そうだったんだ~、結構危険な森だったのねここ~、あははは~、笑えな~い。


「ギンロは強いの? ……ゲフッ」


俺の鞄に入っていた食べ物をたらふく食べて、満足したらしいポポが尋ねる。


口に手を当てずにゲップするなんて、お行儀の悪い子だなぁ。


「うむ、強い。ここいらの魔物など、我の前では塵に等しい」


お~お~、凄い自信だこと。


「ほんとっ!? じゃあ……、あのね! 倒して欲しい魔物がいるの!! お願いギンロ、この森の主様を倒して!!!」


ポポっ!?

出会って間もない相手に、いったい何を頼んでるんだこいつは!??


「森の主? ふむ……。よし、やってやろうではないか。我に敵うものなど、この世にはおらぬっ!!!」


うわぁ~お……、簡単に引き受けちゃったよ。

 素晴らしい自信だなぁ~、ギンロさんよ。

 その自信、俺に少し分けてくれ。

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