57:アヒルの子

 どうすることもできなくて、河辺に座り込む俺。

 歩くことに疲れてしまい、呆然と流れる河を見つめる。

 近くに落ちている小石を拾っては投げ、拾っては投げて……

 すると、お腹がグゥ~っと鳴った。


 そういや昼飯、まだ食べてなかったなぁ……

 グレコと一緒に食べようと思って、お菓子いっばい持ってきたのになぁ……


「うぅ……、グレコぉ~」


 グゥ~


 ……ん???


 また泣き出しそうになっていると、どこかで何やら音がした。

 先ほど俺のお腹から聞こえたのと全く同じ音だ。


 まさか! 近くにグレコがっ!?


 立ち上がり、河の流れに沿って駆け出す俺。

 すると、少し離れた場所に、俺と同じように、河辺に座り込む人影がっ!?


「グッ!? グレコぉっ!!!」


 嬉しさのあまり叫んでしまったが……、はたと気付く。

 これ……、風に乗ってやってくるこの匂い……、グレコの匂いじゃないっ!


 ズザザザザッ! と音を立て、俺は急ブレーキで止まった。

 しかし、もはや相手までは十数メートルの距離だ、気付かれない方がおかしい。


「ぐすん……、だぁれ?」


 想像以上に可愛らしい声に、俺はその相手を注視する。

 河辺に座り込み、両の目からポロポロと涙を零すその姿……


 なんだあいつ? 魔物か?? 魔獣か???

 いやでも、服を着ているぞ……、言葉も喋ったし……


「そこにいるのはだぁれ??」


 再度尋ねられてしまった俺は、さすがに無視するのもよくないなぁと思って……


「あ……、僕、モッモって言います」


 馬鹿正直に答えた。


「モッモ? 何それ??」


 え~、何とか言わないで~。

 せめて、誰って言ってぇ~。


 そう言った相手の姿はまるで鳥、全身が黄色い羽毛で覆われている。

 しかし、鳥のくせに体型は俺と似たような丸い感じで、体格もほぼほぼ変わらない小ささだ。

 足はこう、鳥そのものというか、前に三本後ろに一本の四本指で、体の割には大きくガッシリしていて、靴は履いてない。

 手は俺と一緒で、人のそれと同じなのだが、こう腕の途中から短めの羽毛が生えていて……、翼の先端に掌がついている、と言った方が正解かも知れない。

 そして肝心のお顔は、鳥なので口の代わりに嘴があるのだが、平べったく横長なそれと、めちゃくちゃ小さな黒いお目目。

 どう見ても、ちょっと不細工な、アヒルの雛にそっくりだ。

 一応服を着ているのだが、それがなんとも粗末なもので、木の皮と葉っぱで作ってあるような、とても原始的なものだった。


 うん……、受け答えの仕方といい、着ているものといい、かなり文化水準が低そうだぞ。

 でも、あんまり危険な奴ではなさそうだな。

 何より泣いているし……、なんか可哀想だ。


 テクテクテクと近付いて行くと、ようやく俺の姿が鮮明に見えたらしいアヒルの子は、目を見開いて驚いた。


「何っ!? あんた何なのっ!??」


 いやいや……、そんなに怯えなくてもいいじゃない?

 俺、けっこう可愛らしい外見のはずなのになぁ~。


「僕は、ピグモルのモッモ。君は誰? 何の種族??」


 自己紹介をしつつ、尋ねる俺。


「なっ!? なんでそんな事聞くのっ!?? あたいに何の用なのっ!?!?」


 ガタガタと震えはじめるアヒルの子。


 あたいって……、女の子なのか、この子。

 心の中とはいえ、不細工とか言って悪かったね。


「えっとぉ……。実は、仲間とはぐれちゃって……。探している途中で、君を見つけたんだ。泣いてたみたいだけど……、大丈夫?」


 できるだけ優しく、静かに、ゆっくりと尋ねてみた。

 こうすることで、相手は安心できるはず、と思ったのだが……


「そんなの知らないよっ!? あたいに近付かないでっ!?? あっち行ってよぉ~!!!」


 逆に琴線に触れてしまったようだ、ヒステリックな声を上げられてしまった。

 しかしまぁ、そう言われて、はいそうですか~とも引き下がれない。

 俺だって、本当は、今すぐ泣きたいくらいに不安なんだよっ!


「僕、一人なんだ……。知らない森で、一人っきりなんだよ? なのに……、あっち行ってなんて、酷い……。 うぅっ!? うわぁ~んっ!!!」


 涙がブワッ! と溢れ出てしまう俺。

 さっきまでずっと我慢していたのだが、会話ができる相手が見つかった事で安心して、緊張の糸が解けてしまったのだ。

 止めどなく流れる涙、果てし無く続く嗚咽。

 もう、どうにも止まりそうにない。


 すると……


「な、泣かないで? ごめん、あたい驚いちゃって……。これあげるから、泣かないで??」


 そう言って、アヒルの子は何かを差し出している。

 泣きながらも、とりあえず受け取ろうと、手を出した俺。

 そっと、開いた掌に渡された、それは……


 うぞうぞうぞ〜


「ひぃいぃぃっ!?!?」


 くねくねと動く、緑色の、気色悪い芋虫だった。









「あたいの名前はポポ。ダッチュ族っていう種族だよ」


 ダッチュ族? 聞いたことないな……


 落ち着いた俺と、同じく落ち着いたアヒルの子のポポは、一緒に河辺に腰を下ろしていた。


 先ほどの芋虫は、ポポにとってはおやつだったらしい。

 全身の毛を逆立てながら、俺はそれをいらないと言って返した。

 するとポポは、間髪入れずにその芋虫を、パクっと食べてしまったのだ。

 とても美味しい物を食べているかのような、幸せそうな表情で……


 うん、結構、衝撃的な映像だった。

 思い出すだけで吐きそう、ゲロゲロ~。


「ここから川に沿って歩いて行くと、あたいの里があるんだけど……、もう戻れないの、ぐすん」


「戻れないって、どうして? 家出でもしたの??」


「違うよ。あたい、生贄に出されたの。でも、怖くなって、逃げてきちゃったの……、うぅ~」


 はぁ? 生贄??

 なんかまた、古めかしい匂いがプンプンするなぁ、ダッチュ族ってやつは。


「生贄って……、あれでしょ? 神様への御供え物ってことでしょ??」


 一応、確認する俺。


「ううん、違う、神様じゃ無いよ。あたいが生贄に出されたのは、この森の主様。一年に一度、里から生贄を出さないと、里が襲われるの。だから今年はあたいが……。けど、あたい……、まだ死にたくない。でも、お供えの地に戻らないと……、あたいが生贄にならないと、里が襲われちゃう……。どうしよう、あたいのせいで、みんなが……。うぅ……、うえっ、うえぇぇ~ん!!!」


 なんだか、俺の置かれている状況よりも、このポポの方が確実に絶望的だな。

 自分の死か、里のみんなの死か、なんて……


 その時だった。

 泣き続けるポポに気を取られていた俺の耳が、別の何者かの足音を聞きつけた。

 スタスタスタと、素速い足音……、グレコじゃない。

 しかも近いぞ、もうそこまで来てる!?


 背後から迫るその音に、俺は勢いよく振り返った!

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