47:グレコの父ちゃん

「それでは、こちらとこちらと、こちらをモッモ様にお渡しします。なんでもモッモ様は、無限に物を入れられる魔法の鞄をお持ちだと、グレコに聞きましたので」


三時のおやつを頂いている最中に、俺の部屋にやって来たのは、髭エルフことグレコの父ちゃんだ。

エルフは不老だから、皆一様に若く見えるのだが、彼がちょっぴりおじさんに見えるのは、鼻と顎の下に立派なお髭があるからだろう。

 加えて、眉間に皺が寄りがちな渋~い顔つきで、いかにもお偉いさんって感じがする。


グレコの父ちゃんは、議会の最高責任者で、巫女様の第一付き人で、巫女様の夫(再婚)だそう。

名前はドゥルフ。

グレコに姉ちゃんがいるっていうのは、このドゥルフの連れ子らしいが、まぁ仲良くはやっているみたいだ。

 ……という情報を、こちらが聞いたわけでもないのにペラペラと、ドゥルフは俺に話して聞かせたのだった。


その後、本題に入ろうと言って、ドゥルフは何やら大量の荷物を部屋に運び入れた。

 テーブルに並べたそれらは、何やら分厚く四角い皮の入れ物と、俺の顔ほどの大きさのある銀製の円盤と、巨大な木箱五箱分の清血ポーション。

 ……うん、荷物のほとんどが、清血ポーションですな。


「こちらには三十万センス入っております。外界での生活には通貨が必須でございますので、少しでもと……」


 そう言って、ドゥルフは皮の入れ物の中を開いて見せた。

 

あ、お金か! じゃあこれは財布だな!?

こりゃまぁ、どうもどうも!!

 地下牢で出会ったドワーフのテッチャから、この世界にも貨幣制度があるのだと聞いて、どうしようかな〜って思っていたところだったのですよ!!!

(あんまり真剣には考えてなかったけどね、てへ♪)

 

しかし、そのセンスっていう貨幣の単位がまだよく分かっていないというか……

 1センスでどれほどの価値があるのか分からないから、三十万センスが大金なのかどうかがいまいちよく分かりませんね、はい。

 だけど、手元にお金が有るのと無いのとでは安心感が全く違うので、これは有り難く頂戴しておくとしよう。


 皮の財布には、草花を模したお洒落な刺繍が施されており、その中には紙幣らしき紙が三十枚入っていた。

 

「外界を旅した者の話ですと、三十万センスあれば、街で一ヶ月は暮らせるとのこと。もし足りなくなれば、またこちらでご用意させて頂きますので、遠慮なくお申し付けください。モッモ様は、旅先と故郷の村とを自由に行き来できる術をお持ちだと、グレコより聞いております。なんでも、特別な石碑を立てれば、移動が可能だとか……。このエルフの隠れ里にも是非、その石碑を建ててくださりませ」


おぉ、何から何まで……


「ありがとうございます」


ぺこりと頭を下げる俺。


しかしグレコよ、いくら相手が父親だとはいえ、俺の神様アイテムの事をペラペラと話してしまうのはどうかと思うぞ?


「なお、モッモ様の不思議な持ち物の事につきましては、議会のごく一部の者しか知り得ませんので、そこは御安心を」


俺の不安を悟ったかのように、そう付け加えるドゥルフ。

さすがブラッドエルフを束ねる議会の最高責任者だ、観察眼が素晴らしいな。


「そして、こちらの円盤型の鏡なのですが」


あ、これ鏡なのか?

おぉ、スライドした!


草花を模した綺麗な装飾が施された銀製の円盤は、側面の留め具を外すと、スルリと横向きにスライドして二枚に分かれ、下側の円盤の内側は鏡になっていた。

しかし、どうも普通の鏡ではなさそうだ。

鏡面に薄っすらとだが、何やら美しい女性の絵が浮かび上がっている。


「これは、世界各地の、様々なエルフ族の住処に続く扉を開く鍵です。エルフはとても用心深い種族ですので、大抵が他種族に見つからぬような辺境地で暮らしております。この里の入り口も、北、南、西、全ての入り口が鍵のかかった扉で守られております。村に入る際にはこの鏡に光を反射させて、扉の鍵をお開けくださいませ。なお、この鏡を手にしていることで、あなた様はエルフの敵ではないという証になりますので、世界各地のエルフ族とも友好的に接せるかと」


ほほう、それは良い事ですな!

もう二度と、弓矢を頭に突き付けられるのはごめんだからなっ!!


「そして最後に、これは議会の意向とは全く関係がないのですが……。父として、グレコの為に、是非とも予備の清血ポーションを持って行ってくださらないでしょうか?」


 ずいっと、清血ポーションが入った五つの木箱を、俺に向かって押し出すドゥルフ。

 その表情は、真剣さ故か、より眉間に皺が寄っていて、めちゃくちゃ厳つい。

 一応、こちらの意向を尊重する風な物言いではあるけども、断らせる気など毛頭無いだろう。

 圧が、半端ない……

 

「あ、はい……。別に、物が増えて鞄が重くなるわけではないので、はい……。大丈夫ですよ!」


 勤めて明るく答える俺。

 ドゥルフの申し出を断る勇気など、俺にある筈がない。


「良かった。ありがとうございます。グレコはどうも、自らを厳しく律する節がありましてな……」


 ホッとした表情でお礼を言うと、ドゥルフは語り始めた。


「あの子は、とても真面目な子です。素直で、いつも真っ直ぐです。負けず嫌いで、責任感が強く……、それ故に、次代の巫女になる為にと、必要のない我慢を、自らに課しておるのです。体が渇きを覚えない限りは血を飲まない……、そう決めているのだと、以前私に言っておりました。しかし、それはとても危険なこと。ブラッドエルフの渇きは、制御が難しい。昨日までは平気であっても、突然に渇きが限界を迎える事もある。年端も行かないあの子ならば、尚の事です。その様な無茶はやめるようにと、何度か忠告はしたのですが……。自分でこうと決めた事は、誰がなんと言おうと譲らず、聞く耳を持ちません。ですから万が一、あの子が渇きに我を失いそうなった時は……、モッモ様、グレコの口に、遠慮無く、このポーションを突っ込んでくださいませ。渇きに耐え切れず、我を見失い、他者を傷つけてしまえば……、あの子の心が、酷く傷つく……。どうか、宜しくお願いします」


 俺に向かって、深々と頭を下げるドゥルフを前に、俺は安堵した。


 なぁ~んだ、良い父ちゃんじゃないか!

 見た目が渋いから、中身も結構厳しいのかなって、思っていたけど……

 厳しき中にも優しさ有り、だな!!

 グレコの事を本当に大切に思っているんだって、今の話で、よ〜く分かった。

 出会った時にグレコが、あれこれ父ちゃんの愚痴を言っていたけれど、目の前にいるのは、普通の、娘を心配する良い父親だ。

 この父ちゃんを安心させてあげる事が、今の俺にできる精一杯だろう!!!


そう考えて、俺はニッコリと笑う。


「分かりました! 任せてくださいっ!! 僕も、もう血を吸われるのは懲り懲りなので、様子がおかしくなってきたら、こう、口にいっぱい突っ込んでやりますよぅっ!!!」


身振り手振りで話す俺に、ドゥルフは、出会ってから初めての笑顔を見せてくれた。


なんかエルフって、怖い奴とか、性格が悪い奴もいるし、厄介だな~ってちょっぴり思ってたけど……

もう、そこまで苦手じゃないな!


 すると、部屋の扉が勢いよく開いて……


「モッモ、お待たせ! ようやく準備が……、って、あれ? 父様、ここにいたの!?」


 グレコが飛び込んできた。


「おっ!? おああっ!!? んんっ、ごほんっ……。モッモ様に、旅の備品をお渡ししていたのだよ」


 グレコの登場に、分かり易くどもるドゥルフ。

 怪訝な顔で、ドゥルフと、テーブルの上に置かれている清血ポーションの木箱五つを、交互に見るグレコ。

 父親の威厳ってやつを守るのも、結構大変そうだ。


動揺しなくても、さっきの話は内緒にしとくよ、父ちゃん!


そういう意味も込めて、俺はニッコリ笑って、ドゥルフに片目でウィンクをした。

しかしドゥルフは、ウィンクが何なのか、よく分からなかったのだろう。

 また眉間に深い皺を寄せて、不審な目で俺を見た。


うん……、種族間の溝は、まだまだ埋まらなさそうだなこりゃ。

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