43:料理屋にて
モッシャモッシャモッシャモッシャ
「いひゃ~ひかひ、こほにあ、ほんほ~ひ、ひろんははへほのがあふふぁ~」
「……モッモ。口の中に詰め込みすぎ。何言ってるのか全然分からない」
冷めた目で俺を見つめるグレコ。
「むぅ?」
モッシャモッシャ、ゴックン!
「いや~しかし、ここには、ほんと~に、色んな食べ物があるなぁ~、って言ったの!」
両手に銀製のナイフとフォークを持ち、テーブルの上に並べられた沢山の料理を見渡しながら、次はどれを食べようかと迷う俺。
「そう? まぁ、閉鎖的な里だから、ほとんど自給自足だけどね。たま~に外の物も入ってくるかな。年に一度、外界遠征を行っているのよ。希望者を募って、五人くらいでパーティーを組んでね。彼等が新しい物を持ち帰る事があるの。勿論、食べ物だけじゃなくて、いろんな道具や知識もね」
ほほう、パーティーとな!
これまた、冒険ファンタジーには欠かせない単語が出てきましたぞ!!
俺もこれから旅に出るのだ。
今はグレコと二人パーティーだか、いずれは沢山の仲間とパーティーを組んでみたいものだ!!!
パクッ、モッシャモッシャ、ゴックン!
「むぉっ!? これ、うっまぁ~いっ!!!」
東の海岸で獲れるのであろう魚と、何やら黒くて油っぽい木の実が一緒にソテーされた料理を口にして、俺は叫ぶ。
「ちょっ!? モッモ、一応他のエルフもいるんだから、できるだけ静かに、ねっ?」
グレコがそう言うのも無理はない。
ここは里の小さな料理屋。
と言っても、外装も内装も、家具も食器も出てくる料理も、何もかもがお洒落過ぎて、俺には高級レストランにしか見えないのだかね。
叫び声を上げた俺を見て、周りの客からはクスクスと小さな笑い声が聞こえてくる。
そんなエルフたちに対して、俺は満面の笑みで、小さく会釈を返した。
どうやら俺は、このエルフの隠れ里で、かなりの有名人……、もとい、有名ピグモルになってしまったようだ。
【巫女様の禊の儀を邪魔して、不運にも血を吸われて死にかけた、絶滅したはずのピグモルの生き残り】
肩書きが長過ぎるし、そこはかとなくお馬鹿な雰囲気が漂ってないかい? と思ったが……
そのおかげでみんな優しくしてくれるし、笑ってくれるし、まぁいいや!
俺とグレコは、里の中心にある物見やぐらから降りた後、北側にある滝を見に行って、そのまま東に向かって流れる川に沿って歩きながら、広大な畑を見て回った。
とてもよく整備されたその畑は、標高の高い北側の土地から、地盤の低い東に向かって棚田になっていて、見たことのない沢山の果物や野菜が育てられていた。
中には主食となる米のようなものもあった。
テトーンの樹の村の俺の畑に比べればもう雲泥の差……
こりゃ~、負けてられねぇなっ!
畑で働く農夫姿の男のエルフ(農夫のくせに綺麗でお洒落)に、いろいろと話を聞いて、いろいろと質問して……
本当はもっともっと話していたかったのだが、巫女様と会う約束まであまり時間がないとグレコが言うので、渋々、近くの料理屋で昼食をとることにしたのだった。
そして今。
料理屋に着いたら着いたで、出てくる料理全てに興味を示し、シェフ (料理屋のおばちゃん、と言っても美しく若いエルフ)を呼び出してレシピを聞きまくる俺に、グレコはかなりウンザリしているようだ。
この三日間、お姉さま方にご飯を食べさせてもらっていた時は、なんだかもうそれだけで胸がいっぱいで、幸せだったから……、何を食べているのかなんてあんまり気にしていなかった。
けれどこう、自分一人で食事をして、改めてエルフたちの作る珍しい料理を目の当たりにしてみると、俺の中にある食に対する好奇心というか、探究心というか、なんかそういうものが非常に今ザワザワしてしまっているのだ!
なのに、せっかく説明してくれているシェフに対し、「もういいから」って言って、グレコが勝手に下がらせるもんだから、俺はブーブーと文句を言った。
けれど、赤く鋭い目で、「早く食べなさい」と言われると、俺は従わざるを得なかった。
「ね~ね~、食糧って分けてもらえるのかなぁ?」
「うん、一応そういうことで議会には話を通してあるよ」
ほう? いつの間にか、議会なぞが開かれていたのかね??
議会と聞くと、何やら厳格な印象を受けるが、如何に……???
ちょっとお裾分けしてもらうくらいのつもりでいたのだけども、俺の知らないところで、なんだか大事になっていたらしい。
「あとさ、自分の村の畑で作ってみたいから、種も欲しいんだけど……」
「あ~うん、そう言うだろうと思って、それも議会に報告済み」
おぉ~、ナイスだグレコ!
そしてありがとう!!
「さっ、そろそろ行くよ! 巫女様への謁見!! 時間を守らないと、議会の連中がうるさいからね。せっかく通った食糧援助の件も、下手したら取り消されちゃうかも」
食後の紅茶をのんびりと飲んでいる俺に対し、チラリと視線を向けて、グレコがそう言った。
「まじか!? それは困るな!!!」
慌てて紅茶を飲み干し、最後に残していたクッキーを頬張る俺。
ご馳走様でしたっ!
すっごくすっごく、美味しかったです!!
席を立った俺たちは、足早に店を後にした。
お勘定はいいのか? とグレコに尋ねたら、エルフの隠れ里には貨幣制度がないとの返答だった。
沢山食べたので、支払いもせずに立ち去るのは気が引けたが……
まぁ、食い逃げ扱いされないなら、問題は無いだろう。
けど……、あと一口だけ、あの黒い木の実を食べれば良かった!
口の中いっぱいに広がった、あの濃厚な旨味が、俺の心をギュと掴んで放さないっ!!
あの黒い木の実、絶対に欲しいなっ!!!
と、頭の中がまだ食の事でいっぱいなのだが……
名残惜しみながらも、俺はグレコの後について行った。
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