17:タイニーボアー

 世界最弱種族である小さなピグモルのモッモと、ブラッドエルフの女の子グレコの、奇妙な旅が始まった!

 ……まぁ旅と言っても、片方は村に帰るだけだし、もう片方は気まぐれでついてきているだけなんだけどね~。


「それでね、巫女様の指名だから〜とかなんとか言って、まだ成年を迎えて間も無い私を、使いに出したってわけ。酷いと思わない? もう信じられないわよ。そりゃ確かに私は、里の掟を破って外出したり、女なのに狩りをしたり、どっちかっていうとおてんばな方だと思うけど……。それを差し引いても、まだ年端も行かない娘を、一人っきりで外界の旅に出すってどういうこと!? それも、得体の知れない神の力を宿しし者を探す為に!?? もうね、呆れてものも言えなかったわ。そう考えるともう、これは家出ね。間違ってももう、あの里には帰りたくないわっ! ほんとぉ~に、腹が立つっ!!」


 グレコは、何というか……、歩き出してからずっと、こんな調子だ。

 故郷である里の事、ざっくりとしたこれまでの経緯など、こちらが聞いてもいないのにペラペラと話してくれた。

 要約すると、成人したばっかりなのに(エルフだから、成人っていうのは変かな?)、里一番の権力者である巫女様の指名で、無理矢理旅に出されたらしい。

 なので、里には帰りたくないと……


「大変だったんだね」


「そうなのよっ! 大変なのよっ!! いろいろ複雑過ぎて、もう……、無理っ!!!」


 大変ご立腹しているらしく、愚痴が止まらないグレコ。

 しかしまぁ、そのおかげでというか、コソコソとコンパスで方角を確かめている俺の行動には全く気付いていないので助かる。

 さすがにこの、望みの羅針盤を見られれば、俺が普通のピグモルではないことがばれてしまうだろう。

 それだけは何というか、避けたいというか……


 望みの羅針盤は、神様が俺に与えてくれたアイテムの一つである。

 その名の通り、俺が望む物が存在する方角を、金色の針が指し示してくれるのだ。

 右も左も分からないこの森で、このコンパスだけがテトーンの樹の村の方角を知っている……、つまり、頼みの綱なのである。


 グレコの視線が前を向いている事を確認して、そっとコンパスで方角を確かめてから、ささっと服の中に戻す俺。


 ……もしも、俺の持っている神様アイテムにグレコが気付いたとして、それで俺の事を神の力を宿しし者だと思っちゃったとしてだ、その後に待っているものはなんだ?

 考えられるとすれば、グレコの故郷に連れていかれる、とか??

 できればそれは避けたい、全力で避けたい!

 そんな、巫女様の言う事は絶対! みたいな宗教染みたところになんぞ、とてもじゃないが足を踏み入れたくない!!

 巫女様が俺の事を見て、「こいつは神の力を宿しし者ではない、生贄にせよ!」なんて言ってみろ???

 もうね……、考えたくないよねっ!!!


 苦笑いしながら、愚痴が止まらないグレコを背後に感じつつ、サクサクと森を進む。

 一応、前後左右と全方向に気を配りながら歩いているのだが……

 先程からずっと、何処からともなく、脂っぽい獣の匂いが漂ってきているのだ。

 ちょっぴり……、いや、かなりドキドキするけど、今のところ、何かが近くにいる気配はない。

 何処かに隠れているのか、それとも……?

 

「それにしてもおかしいわねぇ……。この辺り一帯は、タイニーボアーの縄張りのはずなのに」


 後ろのグレコが不意に呟く。


「タイニー……、ボアー?」


 なにそれ? 魔物ですか??


 俺は足を止めて振り返る。


「え、知らないの? ほら、これくらいの大きさの……、牙のある獣よ」


 グレコは、両手をめいっぱい広げて、これくらいと言った。

 それはおよそ、グレコの体の二倍、俺の体の五倍の大きさに相当する。 


 おいおいおい……、何がタイニーだよ。

 それじゃあビッグじゃねぇか!

 そんな奴、絶対に遭遇したくないな!!

 けれども……


「え? ここ、そいつらの縄張りなの??」


「え? うん、そうだと思うんだけど……。嘘でしょう?? ずっと知らずに歩いていたの??? ほらそこ、そこの木の幹のとこ、変な引っ掻き傷みたいなのがあるじゃないの。あれはたぶん、タイニーボアーが牙で擦ったのよ。ここは自分の縄張りだ、っていう、いわば一種のマーキング行動ね」


 グレコが指差す先には、根元近くの幹が不自然に抉れている木が立っている。

 その抉れ具合からして、タイニーボアーというやつは、相当な大きさの牙をお持ちのようだ。

 しかも、その不自然な抉れ傷は、周りの他の木にも沢山付けられていて……


 へ……、へ~、そうだったんだぁ~。

 ここはその、タイニーボアーの縄張りねぇ~。

 確かに、ちょ~っとばかし獣臭が漂ってるな~、なんて思っていたけども~。

 はははは~、何にも知らなかったぁ~。


 途端に冷や汗をかく俺。

 無知とはなんて恐ろしいんだと、痛感する。


「一体ぐらい出てこないかなぁ?」


 なっ!? なんてことを言うんだこの子はっ!??


 キョロキョロと辺りを見渡して、タイニーボアーを探すグレコ。


「でっ!? ……でも、出てきたら襲われるんじゃ?」


 体が小刻みに震え始めて、前歯がカタカタと鳴りそうな俺。


「襲われる? あははっ! タイニーボアー程度に襲われたって平気っ!! 私がこの弓で仕留めてやるわよっ!!!」


 おお~、なんと心強い。

 だけど、できれば極力遭遇したくないっ!

 危険はもうこりごりなのだ。


 しかしその直後、聞き慣れない足音が前方から聞こえてきた。

 ダダダッ、ダダダッ、と、何か重い体の持ち主が、全速力で駆けてくる音だ。

 

 この話の流れで、この足音……

 嫌な予感しかしないぞぉ~!?


 ガクブルガクブル


 だんだんと、鼻に、きつ~い獣臭が漂ってくる。

 足元にビリビリと、地響きが伝わってくる。

 

 ガクブルガクブルガクブル


「あ! 噂をすればお出ましねっ!!」


 背負っていた弓と矢を取り、前方に向かって構えるグレコ。

 既にびびって体が縮み、小刻みに震えている俺の目が捉えたそれは、想像よりもはるかに大きな生き物だった。


「バフォフォンッ!!!!!」


 荒々しく鳴き声を上げ、こちらに向かって一直線に駆けてくるそれは、口の両端から猛々しい四本の牙を生やした、でっぷりとした巨体を持つイノシシ。


「ひぃっ!? いっ! 嫌だぁ~!!」


 まだ死にたくないよぅ!!!

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