5:あなたを迎えに来たのよ、キャハ♪

 ピグモルは、最弱なだけに、とても五感の優れた種族である。


 まず、触覚。

 これは、手や足で触ってどうのこうのというものではなく、体全体に生えている毛がとても敏感だと言えばわかりやすいだろうか。

 例えば、背中に小虫が止まれば、まるでそこに電流を流されたみたいにゾクゾクするのだ。

 耳に花粉が付いたり、鼻先に葉っぱが掠っただけでもそうなる。

 困るのは、誰かと誰かの体が意図せず不意に触れたりしようもんなら、どちらも軽く悲鳴を上げて跳び上がってしまう点だな。


 次に、視覚。

 げっ歯目ってこんなに視力がいいのか? と驚くほどに、よく見える。

 遠くのものも見えるし、近くのものも見える。

 例としては、遥か上空を飛んでいる鳥の羽の模様が鮮明に見えるし、地面を這う小さな虫の足の一本一本だって見ることができる。

 そして、昔は夜行性だったという名残からか、暗闇の方が視力は良くなる。

 暗視ゴーグルをかけたようにハッキリと見えるので、とても便利な目だ。


 三つ目は、聴覚。

 これは、思っていた通りというか、とにかく物凄くよく聞こえる。

 小さな虫の羽音、離れた場所にいる仲間の呼吸、さらには雨が降る前の雲の動く音なんかも聞こえるのだ。

 こればっかりは、産まれた当初は本当に困ったものだった。

 慣れればなんてことないが、聞こえ過ぎるというのは、様々な理由で逆に不便だなと思ったほどだ。


 嗅覚はおそらく、ピグモルの持つ五感の中で一番優れているだろう。

 毒のある物ない物を嗅ぎ分けるのはお手の物、ちょっと傷んだ食材があろうものなら、家中に強烈な腐敗臭が漂い、容赦なく鼻を襲う。

 しかし、これのおかげでピグモルは、テトーンの樹という毒性の強い植物の元でも暮らせるのだ。

 テトーンの樹は、毒性が強いからと言って悪臭が漂っているわけではなく、どちらかというとミントの香りのような、洗浄効果がありそうな匂いをしている。

 他の種族はただ毒があるというだけでこの匂いを嫌うのだが、ピグモルにとってこの香りは、自分の身を守る為のとても良い香りなのだ。

 もし万が一、村の外に出て迷子になってしまっても、この匂いさえ覚えていれば、近くにあるテトーンの樹で一休みできるし、匂いを辿って村に帰ることもできる。


 最後に味覚だ。

 これはもう本当に、味覚がちゃんとあって良かった~と、心底思ったものだ。

 最初に口にしたのは母ちゃんのお乳だったが、これがもう美味くて美味くて♪

 当時は、一生これを飲んでてもいいやと思っていたくらいだった。

 大人が食べている物を口にするようになってからは、その不味さに何度も吐き気を覚えた。

 大人自身、不味いと分かりながらも、調理法が分からないので我慢して食べているといった感じだった。

 そこで、俺の出番だ。

 前世で人間であった頃に学んだのであろう、様々な美味しい調理の仕方を、村中に広めた。

 結果、味覚の優れたピグモルたちは途端にグルメになり、みんながみんな、プロの料理人顔負けの料理の腕前を身に着けることに成功したのだ。

 これもひとえに、ピグモルの味覚が優れていたおかげだろう。


 とまぁ、こんな感じで、ピグモルは最弱ながらも、平和な村でただ生きていくには十分すぎる能力を備えている種族であると言えよう。








 さて……、話を今に戻そう。


 俺は、村から離れた場所にあるテトーンの樹の洞の中で、ゴロゴロ、ダラダラと寛いでいた。

 風が流れる音が心地よく、程よく洞の中にたまった落ち葉がベッド替わりになって、ちょうどいい感じだ。

 空は晴れ渡り、柔らかな午後の日差しが降り注ぐ中、俺はぼんやりと考えていた。


 そもそもがだ、何故に俺が、北の山々などという馬鹿みたいに遠い場所まで行かなきゃならないんだ?

 長老は、一生懸命村を発展させてきた俺に、これ以上何を求めているのだろう??

 今のままでも、村のピグモル達は幸せそうだし、俺も幸せだ。

 それをわざわざ、……何故???


 いやいや、考えるのはよそう。

 半分ボケている長老の事だ、深い理由など有りはしないさ。

 それに、何の因果があって、俺がこうなった(前世が人間だったというぼんやりとした意識がある状態で、最弱種族であるピグモルに転生した)のかは知らないけれど、もう十五年も経っているのだ。

 さすがの神様も、俺の事なんて忘れている……、もしくは知りもしないだろう、はははは〜。

 

……だけど、ちょっぴり罪悪感。

もし本当に、長老の言う通り、神様のお告げがあるのなら、それを授かりに行くのが俺の使命なら、それを全うしないのはいかがなものか?

 もし俺が、何らかの理由で選ばれた……、いわゆる「選ばれし者」だったとしたら??

 俺がここでダラダラ過ごして、成すべき事を成さずにいるのは、果たして正解なのか???

 むむむむぅ〜……


いやでも、さすがに北の山々は遠すぎる!

 歩いて五日もかかるって、そんなの無理無理!!

それに、例え無事に山に辿り着けたとて、どこにあるかもわからない聖地を探して、何日も山を徘徊する事なんぞになろうものなら……、体力がいくらあっても足りないよぅっ!!!


 とまぁ、いろいろ考えた結果、やはりここで適当に過ごして、十ニ日後にそれらしく村に帰るという方法が、今の俺に出来る精一杯だろう、という結論に落ち着いた。

 仮にもし、本当に、神様とやらが俺に何か用事があるのなら、神様の方から出向けばいい話なのだ。

 神様なんだから、きっと何だって出来るでしょうに。

 逆に考えれば、何にも出来ない俺なんかに、いろいろさせようと思うほど、神様も馬鹿じゃ無いはずだ。

 つまるところ、神様は俺なんか求めてないさ〜。


 ……だけどなぁ、やっぱりなんかこう、うぅう〜。


 思ったよりも真面目ちゃんに育っているらしい俺は、なんだか釈然としないまま、落ち葉の上に寝っ転がって、どこまでも広がる青い空を眺めていた。

 そしてふと、空を飛ぶ鳥を目にした俺は……


「空を飛んで行けたら、楽なんだけどな~」


そんな独り言を呟いていた。







 穏やかな陽気の中、いつしかウトウトし始めた俺は、昼寝タイムに突入していた。

 しかし、ある異変を察知して、パチッと目を開いた。


「誰っ!?」


 バッと身を起こし、叫ぶ。

 目や耳では何も感じ取れないが、俺の鼻が、そこに何かがいると告げている。

 今まで一度も嗅いだ事のないような、フローラルな良い匂い……


『み~つけたっ!』


 その声の主は、洞の外の空に忽然と現れた。


「なっ!? なんだぁっ!??」


 思わず大声を出した俺の目に映ったもの、それは……


『あたし、風の精霊シルフのリーシェ♪ あなたを迎えに来たのよ、キャハ♪』


 風の精霊と名乗ったそいつは、薄くピンクがかった透明の体を宙に浮かせて、ニコリと笑った。

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