第24話 あなたは本当にあなたですか

「でも輪っか型のスマホってどうやって使うんだろ? ボタンも充電するところすらなさそうだけど? 継ぎ目すら無いんだもの」



「これが端末だと仮定すると、我々の使う端末のように、タッチパネルなのかもしれない。もっと進んだ文明であるならば、脳波で動かすタイプかもしれんな」


「なるほどだから頭につける感じなのね」


「そもそも相手がどのような生命体かもわからないんだし、これがスマホかどうかもわからんのだ」


「継ぎ目がないってことは、宇宙でも使えるかもしれないってことですか?」

「宇宙でも? あー。どうだろう。完全に真空漏れの対策がされてるのなら、使えるかもね」


「やつが宇宙から来た証拠だと?」

「そういう可能性もありますよねってことです。だって。普通のスマホは宇宙で使うこと想定してないでしょ?」


「それはそうだね」


「これ以上ここで詮索してもむだだろう。田辺先生、この土器、どうしますかな?」


 そうだ、この土器をどうするのか。中には超技術で作られた端末かもしれないものが埋まっている。でもこの土器には歴史的価値もある。割って取り出したいのはやまやまであるが、取り出すとなると、大部分は戻ってこない。値段のつけられない貯金箱。


「とりあえず、東京に持っていく?」

「そうだな、どっちにしろここでこれ以上の調査はできまい」

「そうしてもらえるとありがたいです」


 とりあえず結論を先に回す。さすがに状況をもう少し考えたあとで、結論を出したかった。この土器に類似するものは見つかっていないのだ。


 そして、見つかるはずもない。モチーフがパリキィなのだから。そんな貴重な土器を、壊す覚悟はまだなかった。だめだな、世界がやばいかもしれないってときに。


 土器の入った木箱を抱えて、博物館を後にする。時刻は19時。 


 新幹線の中では皆疲れてぐったりしていた。ここ数日で、何年か分の頭と体を使っているようだ。日付が変わる頃、海良かいら先生の家に到着した。他の皆も揃っていたが、やはり疲れているようだ。


「おつかれ様、そっちは成果があったみたいだね」

「結局、結論は出せませんでした。成果と言えるかどうか」



 それから、お互いの経過を報告しあった。ウイルス班の進展としては、人類を滅亡に追いやるようなウイルスを作ることは可能であること。


 一方で、パリキィだけでウイルスの拡散を行うことは難しいであろうことが報告された。パリキィはウイルスを作る能力を持っているが、ウイルスをばらまけるのはせいぜいがパリキィの周囲数メートル程度だ。


 そして、パリキィはこれまでずっと、鬼ヶ島に保管されていて、ここ一ヶ月はコスプレしていたはずだ。この間に接触できるのは多くて100人だろう。


 さて、この100人に遅効性のウイルスを仕込むとして、人類全体を滅亡に追いやれるだろうか。致死性のウイルスというのは、キャリアが死んでしまう可能性が高いがために、ウイルスが思ったほど広がらない。


 世界中に広まったあと一斉に発症するようなウイルスも作れるだろうが、この場合発見されてしまうリスクを常に伴う。



 確定的に人類を滅亡に追いやれるウイルスが本当に作れるかについては、運の要素もかなり効いてくるだろうからして、実行に移すとしても、うまくいったらいいね程度の作戦なのではなかろうかと言うのが、ウイルス班の結論だった。



 我々もパリキィと共ににした時間はそれなりにあるからして、海良かいら先生と、爾比蔵にいくら先生について精密に未知のウイルスについて検査したが、爾比蔵にいくら先生が調べられる範囲では見つからなかったそうだ。


「つまり、ウイルスに感染しているとすれば、衛星偽装関係者か、政府関係者ということだな?」


「そうなりますね、衛星偽装関係者が見つからない今、政府関係者を当たるしかなさそうだが」


「政府関係者はもうパリキィと会うことはないでしょうから、ターゲットになっているとしたら、すでに感染している可能性がありますね」


「その偽装なんですが、それすら偽装という可能性についてはどうでしょう」


 歌影うたかげ先生だった。


「どういうことでしょう?」


「ロケットで打ち上げられるのは、本物の木星探査機で、パリキィ氏はどこかに隠れているのではないか、と」


「それなんの意味があるんです?」


「簡単な話ですよ、要は、パリキィ氏の事を誰も知らなければ、パリキィ氏はわざわざ木星まで行く必要なんて無いのではないでしょうか? 現状、パリキィ氏のことを知ってる人は僅かです。その知ってる僅かな人たちも、打ち上げで木星に行ったと思いこむ。後はどこかに隠れて、隠れる計画に加担した人たちを葬れば誰も知らなくなってしまう」


「誰も知らなければ、我々がウイルスでバタバタ死に始めて、パリキィ氏を疑っても、彼の身代わりはすでに木星に近づいている。人類は見当はずれの敵を追いかけながらあっけなく滅亡はいおしまい」


「なるほど、確かに良くできてはいる。やつをもっと長い間、使いたいと思っている者は多いだろう。それが政府関係者ならなおさらだ。奴が味方なら敵無しなんだからな。が、いささか不確定要素が多すぎませんかな?」


「難しいところですな、首相以下政府がみんなでその計画を実行した場合、計画に加担した人間を葬るのは難しい。一方で、少数でバレないようにその計画を実行するのは難しくありませんか?」


「意外といけるんじゃないんですか? 例えば、予めパリキィと同じような物体を制作しておいて、鬼ヶ島から搬出するときにすり替えるとか。それだと、輸送する人も、変わり身を作る人も、本人は何をしているかわからないから、人知れずすり替えられますね」


「そっか、コスプレしてるのはすり替えられたただのガラクタだと? それなら数人で、パリキィの情報能力の補助があれば1人でも可能かもしれませんな」


 その1人に関して、全員が1人の人物を思い浮かべている。


「その点に関して、もう1つ成果がありました」


 それはもちろん、純ちゃんことだった。彼女が防衛庁に入った理由。純ちゃんの弟さんの病気と、治療法についての調査報告だった。


「これです、『画期的な治療法を発見、きっかけはネットゲーム』」


「ネットゲームか、パリキィのやり口に似ているな」


「やはり、向山むかいやまさんはパリキィとつながっている。それもだいぶ前から。何らかの偶然で、パリキィと出会ってしまった向山むかいやまさんはパリキィから取引を打診され、弟さんの完治と引き換えに、パリキィの手助けをしていると」


「それは厄介だな。相手が政府関係者だなんて。しかも本件担当なんだろう? どうにでもできるじゃないか」


 純ちゃんが敵かもしれないということで、皆は今後の攻め方を決めあぐねている。それはそうだ、本件を政府に言ってみたところで、一蹴されてしまう可能性がある。


 海良かいら先生はこれまでに、様々な根回しを行って、仲間を増やしてきたと言っていたが、政府も敵に回るとなると、及び腰になる人も多いだろうと。


 それはそうだ、ここ2年で、研究環境も、景気も格段に良くなった。これが終わってしまうかもしれない、しかも政府を敵に回してしまう。


 私だってできれば事を荒立てたくない。そもそも、裏工作を純ちゃんとパリキィだけで行ってきたとすると、どうやって調べたら良いかもわからない。



「もう直接聞いてみたらええがな、ぐだぐだしててもしかたなかろう」


 菱垣ひしがき先生は憶測を嫌う。100の憶測より1の実験に重きを置く。たしかに大切だと思う。我々人間は、くだらない憶測をぐるぐる回しては、事態をよりややこしくしてしまいがちだ。


 こういう人がいたからこそ、人類は進歩してきた面もあるんだろうなと思う。しかし、皆はまだ及び腰だ、それはそうだろう。でも私は違った。


「やってみます」


 これ以上、純ちゃんについてもやもやしたくなかったのだ。


「私は良いと思うわ。時間もないし」


 宮笥みやけ先生の意見に、皆も決意を固めてくれたようだ。


 とりあえず、私が電話をかけてみることになった。何を話せばいいのだろう。まさか単刀直入に、パリキィと裏で取引してるなんて言えるけもない。


 爾比蔵にいくら先生の提案で、どうにかして、純ちゃんを呼び出せないかという話になった。できれば、直接純ちゃんの診断をしたいのだそうだ。


 もしパリキィがウイルスをばら撒くつもりであるなら、純ちゃんは格好のターゲットだ。そして、すでに感染している可能性がある。



 久しぶりの電話をかける。

 今度は私から。出てくれるだろうか。


「もしもし」


 久しぶりの声は、懐かしく、変わらない。

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