第11話 私は正直者ですか

『私は使命を果たすにあたり、一番可能性が高い計画を実行しています。この計画が失敗に終わった場合、次の計画を実行に移すだけです。その際、貴国に不利益が生じる可能性も否定できません』


「おやおや穏やかではありませんな」


「そういえば、なぜ我が国と契約をするのですかな?」


『他の国と契約するためには、私は他国へ赴かなければなりません。私に自走機能はありません。また、私のことを公にした場合、不確定要素が多すぎて計画の成功率が下がることを懸念しています。貴国は私にとってちょうどよい国なのです』


「パリキィさんの言うことを信じていいの?」


 爾比蔵にいくらさんは先程から岩に座ったままだ、疲れが出ているようだ。


『その質問にはお答えできません』

「その質問にはお答えできません、ねぇ。少しいいかな、他愛のないことだ」


 それまで壁にもたれかかっていた祖谷そたに氏が近づいてきた。


「君は正直者か?」

『その質問にはお答えできません』


「なるほどね」


 祖谷そたに先生は私達の方へ振り返る。何かを感じ取ったようだ。


「我々のスケールで言うなれば、パリキィ氏はコンピュータだろう。目的が惑星探査であるのか、観光であるのかはわからないが、我々の考える生物とは異なるものだろう」


 思いの外饒舌だ。彼の分野だからだろうか。


「彼は自身のことを生命体だと言うが、生命体の定義が私達とは異なるのかもしれん。いや、そもそもが私達自身が持つ生命体の定義すらはっきりしていないのだが」


 パリキィ氏は自身を生命体だと言った。でも私のスケールから言えば、機械に近いと思う。

 もちろん珊瑚のような生命体であると考えることも出来るが、上等な日本語をしゃべり、私のスマホを操作して喋っている彼女を生命だとは思えなかった。


 もちろん、中に宇宙人が入っているのなら別だが。


「生命体という言葉は極めて曖昧だ。我々も生命体だし、目に見えないウイルスだって生命体だ。では知性を持ったコンピュータはどうだろう。これを生命だと考える人も居るはずだし、パリキィ氏がそう考えている可能性もある」


「いきなりどうしの? そんなことどっちだってよくない?」


「大きな差があるのさお嬢さん。パリキィ氏が知性を持ったコンピュータである場合、嘘をつけなく設定されている可能性を考慮しなければなるまい。嘘をつけるコンピュータなんて扱いにくい。大金はたいて作成した火星探査機がタコ型の宇宙人を報告して来たら目も当てられないだろう?」


 嘘つきではないことなんで証明できるのだろうか。

 もし彼女がコンピューターで、中の回路を調べることができたのなら、分かるのだろうか。


「ましてや他惑星を調べる任務を持ったコンピュータならなおさらだ。嘘のデータなんて報告されたらたまったものではない。彼の返答に『答えられない』が多いのは、パリキィ氏にとって正直に答えると不利益になからなのではないかな」


「でもそれって、嘘をつかない相手は製作者に限るって事もできるわけでしょ? わざわざ異星人にまで嘘をつかないってのはやり過ぎじゃない?」


「いやでも、そうでもないのかな、平気で嘘をつくような奴を送るような星だと思われるのはやだな。私だってパリキィちゃんが嘘つきだとわかったら、彼女の星の印象はかなり悪くなる」


「そういうことだ、もちろんパリキィ氏は我々より遥かに高い知性を備えているだろうからして、正直者であることを装うことなどたやすいだろう。だがまぁそれなりの可能性で、正直者であるわけだよ」


「そういえば、宇宙条約ってどうなるの?」


 そういえばそんな話もあったな。宇宙人見つけたら国連に言わなないといけないんだっけ?


「この場合、先方が我が国とのみ交渉を希望されているというのとなので、報告義務はないと解釈しています。それに、ここは宇宙条約の範囲外ですし。皆様、それぞれのご事情はあるかと思いますが、よろしくお願いいたします」


 純ちゃんはそう言うと、深く礼をした。ここで契約できないとなると、かなりややこしい事態になるのかもしれない。


「ですってよ、どうするねみなさん?」


 テレビの司会者のように仕切る海良かいら氏。どうするねって言われてもね。

 私の答えは一つしかない。


 そう。一つしか。



 沈黙が訪れる。みんな考え込んでいる。


 考え込んでいる?

 なぜ考え込んでいるのだろう。

 あれ、私はなにかおかしいのだろうか。



「では私から考えを述べようか」


 海良かいら氏だった。パリキィ氏の前に立ち、我々の方を向き話し始める。


「私は反対だ。理由はいくつもある。第一に、こいつは信用できない。いいことばかりを言うやつは往々にして悪いやつだ。第二に、ドーピングはよろしくないね、いずれどこかでしっぺ返しを食らう。第三に、やつが消えてからのことが議論されていない。はっきり言って悪魔と契約するようなものだと思うね。行き着く先は滅亡だよ」


 反対と言った?

 この期に及んで反対と言った?

 全く想定していなかった発言に私は考えがまとまらなくなる。

 賛成一択ではないの?


「まず第一だ、確かにこいつのテクノロジーを使えば、我々の生活は良くなるかもしれない。またこの国で夢を見れるのかもしれない。だがこいつを信用できるかといえば私には無理だね。そもそもハッキングで情報を盗むようなやつだ。ハッキングの前に我々の文化やハッキングが犯罪であることも理解した上ので行動だ、確信犯だ。そんなやつを信じられるか? 私にはできない。すべて全くのデタラメで、地球を侵略する道具を我々に作らそうって魂胆かもしれないぜ」


 さすがは国際関係の仕事をやっているだけのことはある。国同士の化かし合いなんて見ていたら、何も信用なんて出来なくなるのかもしれないな。


「次に、変化の問題だ、まぁこれに関しては私の個人的な思想が強いから無視してもらって構わない。彼の技術は恐ろしいぐらいにすごい、彼は配慮すると言ったが彼を2年で宇宙に上げるためには、かなり革新的なテクノロジーを日本が独占的に世に出さざるを得なくなる。このご時世にだよ、そりゃあ儲かるだろう。景気も良くなるかもしれない。我々はそんな変化を求めているのか? 私はノーだね。今のままで十分だ。少しぐらいは良くなってもいいかもしれないが、少しぐらいでは満足しないのだろう、この宇宙人様は」


 今のままでいいとはどういうことだ?

 彼も大学の教員なら、現状のひどさを分かっているだろう。

 それとも、彼の大学はまだ儲かっているから大丈夫だって?


「第三に、彼の去った後のことを考えていない点だ。2年後に彼は宇宙に行くと言った。たった2年後だ、2年後にはまた今の状態に逆戻りだ、逆戻りで済めば良いのだがね。済まないだろう、それが人間ってものだ。2年間儲かりまくったなら更に儲けようとするのが人の性だ。だが2年後以降儲かる要素があるかな? 今となっては技術なんてすぐに流出するし、コピーなんてすぐできてしまう。日本が独占している技術なんて格好の餌だろう。つまり日本が儲け続けようとするならば、次々に新しい技術を出し続けなければならないのだよ。そんな事できないよね。できているならもうやってるはずだ。しかし彼はいなくなる。2年後から儲けようと企んでいる人全員のはしごは一気に外される。今より恐ろしい未来しか見えないね。それに彼が居るうちは運命共同体だから、最大限この国を守るだろう。だが旅立ったあとは?のうのうと宇宙旅行を楽しんでいる間、この国は彼の守護なしに世界を相手にしなければならなくなる。弱っちいとなめてかかっている今とは違うぞ、本気の世界を相手にできるのかな?」


「以上だ」


 皆、黙って彼の言葉を、理解しようとしている。

 彼の言っていることは、最もであるように聞こえる。

 流石に話がうまい。私達は2年間だけ夢を見て、その後地獄に落とされる。

 そうだろうか、あまりに悲観的なのではなかろうか。

 

 だが彼は国際政治の専門家だ。

 最悪の事態を考えた上で、交渉に当たる必要があるということだろうか。


「やけに悲観的やな、せやけど最近の若者はみんなそうらしいな」


 最高齢の菱垣ひしがき先生が噛みついた。


「現実的と言ってください。我々はこの国が良かった時代を知らないのです。無条件に儲かるだなんて美味しい話に裏がないなんてあり得ない」

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