第9話 もしもーし
「なんか思いついたの?」
「縄文人がこんなところに来る理由を考えてみました。こんな暗くて寒い所に。普通に考えれば来ないはずです。このような洞窟に縄文人が訪れる目的は雨風を凌ぐためで、その目的は入口付近で達成されるため奥まで入る必要はありません」
「ではどうして来ていたか、宗教的な理由があった場合もありますが、もっと簡単に。縄文時代はここが暖かくて明るかったらと考えました。それならここに来る理由になり得ます。明かりを消せば、なんらかの痕跡を見つけられるかもしれないと思ったのです」
「なるほどね」
「なんでもやってみるのかが科学だ、お願いしようじゃあないか」
皆が安全な所に移動したのを確認して、全電灯を消してもらった。
完全なる闇。一寸の光すら届かないので、目が慣れない。
辺りを見回すが何も見えない。見えているのかさえわからない。
地面の感覚も、どこを見ているのかさえわからなくなってくる。
だめだったか。
「なにも見えませんな」
「こっちも何も見えまへんなぁ」
「だめでしたか、では明かりを-」
「ちょっとまって! なにか見える」
「とりあえず明かりをつけて、
皆が集まる。
本当に何か見えたのだろうか。
「ここから上の方を見たときに、微かに光るのもが見えたよ。たぶん、あの隙間のあたりだと思う」
少年が指差す方向、壁際の岩と土の間に1センチほどの隙間が空いていて、上方向に奥の方まで隙間が続いているように見える。
「もう一度消してください」
再び闇が訪れる。今度は複数人で隙間を見てみる。
狭いところだったので、私と紳士が見ることになった。
急に光が遮断されると、処理が追いつかない。
だんだんと感覚が戻ってくる。
「あ、見えた。私にも見えました!」
「太陽光とは違うようですな」
「でしょ、見えるでしょ!」
交代でみんなも確認した。
隙間の向こうに蛍の光のようなふんわりとした光がかすかに見える。
背の低い彼女でなければ見逃したかもしれない。
背の高い人は屈んで見上げないと見ることができない。
「生物でしょうか?」
「ヒカリキノコバエちゅう昆虫の幼虫は、洞窟に生息して、ホタルのように発行しよる。せやけどあれば海外の虫や。この洞窟におるんはおかしい。しっかしあの光り方は生物のそれやな」
明かりをつけて、作戦を練る。
見たところ、隙間は岩と流入した土の間にできていて、土を掘れば、隙間を広げることができそうだ。もしかしたら土砂によってふさがった洞窟の続きかもしれない。
新しい発見に皆色めき立つ。これでここに来た意味はあっただろうか。
「ショベルで掘っていいの?」
純ちゃんが聞いてくる。
「できれば少しずつ掘り進めたいところだけど、こんな時だからね。できるだけ何か入ってないか注意しつつ掘っていただければ」
「了解」
そこからは自衛隊の人に手伝ってもらって掘削作業が始まった。
幸いにも土が水を含んでいて柔らかかったため簡単に掘り進んだ。
やはり洞窟の続きがあるらしく、掘り進めると上方向に伸びていることがわかった。
30分程度の作業で、光の見えたところまで到達しそうになった。
新しい空間につながったとき、猛毒のガスなどが流入する恐れがあるために、最後はガスマスクを付けた隊員が掘り進める。我々は出口まで戻りいつでも逃げれるように待機している。
「終わりました」
「だ、大丈夫です、空気は大丈夫、ですが、あれ、あれは、宇宙あ」
二人の隊員が戻ってきた。
一人は少し狼狽している。
もう一人は大丈夫そうだ。
「すみません、上のものを見て、興奮してしまったようです」
「なにかあったのですか?」
「とにかくご覧になってもらったほうが早い。空気は安全です、足場も問題ないでしょう」
「あのう、私達が見ても良さそうなものなのでしょうか?」
「なんとも言えませんな、グロテスクなものではありませんが、心臓が弱い方には刺激が強いのかもしれませんな。強いて言うなら、神々しい。あれが目的のものに間違いないでしょう」
「んー、ラフレシアって知ってますか、大きな花の。100倍の大きさのあれを見ることができるなら、見ても大丈夫だと思います」
100倍のラフレシア。
そんな物で形容されるようなものがこの先にある。
行くしかあるまい。
広場に戻り、次の縦穴に向かう。まずは自衛隊の人が入る。手を引かれて、私も続く。
縦穴の向こうは、ここと同様の広そうな空間が広がっているのが見える、蛍の光のような優しい光に満ちていた。
それを直視した瞬間。全身に鳥肌が立ち、体に力が入らなくなった。
その部屋は、教室ぐらいの大きさで、天井は4メートルぐらい。
天井には光る苔のような物がびっしりと張り付いていた。
床にも光っている苔が所々にある。それだけでも、十分に感嘆に値する。
しかし、そんなものすら奥にある、得体の知れない何かの飾りでしかなかった。
部屋の奥には巨大な、イソギンチャクのような物体が鎮座していた。
モチーフのわからなかった縄文土器に似ている。
直径5メートル、高さ2メートルはありそうな切り株から無数の触覚のような枝が生えている。
ホタルが緑がかった光を出してるので正確な色はわからないが、緑や黄色のまだら模様だろう。今にも触手が動き出して、私に向かってきそうな恐怖に襲われる。
あまりに幻想的で、不気味な光景に声を失う。
自衛隊の人が怯えるのも理解できる。もうひとりの人が動揺していないのがむしろすごい。
皆到着したが、当分の間、言葉が出ないでいた。
この非現実的な状況を受け入れようとしている。
ふと、汗をかいていることに気づく、緊張からかとも思ったが、部屋が温かい。
あれから何分、経っただろうか。
「もう何が出ても驚かんと思っていたよ」
彼の言葉に皆、我に返る。
「これからどうするんだっけ」
「触っていいかな?」
「それは流石にやめといたほうが良いんじゃない?」
「ガイガーカウンターはありますかな?」
紳士は冷静だ。
ガイガーカウンター。
放射線を測る装置。確かに必要なのかもしれない。
「持ってこさせましょう」
もうひとりの自衛隊の人が、入り口まで取りに行く。
「核エネルギーで動いている可能性があるってこと?」
「念の為、ですよ。これだけ光っていると少し心配になりましてな。まぁ大丈夫でしょう」
「光ってるのは苔?」
「どうでっしゃろな、たしかにヒカリゴケっちゅう名前の苔はありますが、あれは自ら発光してるんちゃいまして、光の反射具合がほかと違うだけや」
「つまりこれも新種か? あるいは宇宙人の超技術のひとつかもしれない、か」
全員が落ち着きを取り戻し、研究者モードに入っている。頼もしい限りだ。
「まぁ問題はこれをどうするか、ですが。勝手に調べていいのですかな?」
「えっと、確認、します」
純ちゃんが部屋から出ようとする。
入り口まで引いている回線から、本部へ連絡を取るのだろう。
その時だった。
全身が震え上がった。
ピピピピピピピ。
何が起きたかわからない。
状況を理解するまでにすこし間が空いた。
私のスマホから、着信音が鳴り響いている。
突然のことに頭がまわらない。
「あ、え、ごめんなさい。こんなときに電話だなんて。あれ、でも、え?」
そう、こんなところで着信なんてするはずがなく。
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