第4話 人形劇には不向きなテーマ

「驚かれている人もいるみたいだが、事実だよ、私自身驚いているんだ。いったいなんなんだこれは?」


 その言葉は純ちゃんに向けられたものだった。

 彼自身、得体のしれないものを調べさせられて困惑しているのだろう。

 ただの考古学の研究会だと思っていた私は混乱を通り越して、もはや好奇心が勝っていた。


 早く話の続きを聞きたかった。


「それって、いくら金を積んでも作れないってこと?」


 そう発言したのはロリータの女性。意外にも口調は鋭い。

 彼女もここに呼ばれたということはなにかの研究者なのだろうか。


 人形みたいで年齢がわからないけど、もしからしたら歳上なのかもしれない、話すときは気をつけないと。



「私はそう考えています。それにこれは、普通の電気回路ではない」 


 祖谷そたには次のスライドに切り替える。


「これはこの回路に使われている材料の電気抵抗の値だ。いろいろな箇所で測定したがすべての材料が絶縁性を示した。これは電気回路ではない」


「もしかして、光?」


 お人形さんの質問に、祖谷は少し驚いたような、喜んだような顔。

「ほほう」というセリフが似合いそうだ。



「その可能性が高い。回路、と思われるものを形成しているのは絶縁体だが、光はよく通す。つまりこれは光回路の一部かもしれないが、今のところこのデバイスを動かすことはできていない」


「最初に説明したとおり、電気以外の回路というのはすべてが実験段階で、このように微小なデバイスを作るには至っていない。そもそも最新の集積回路より精細な回路を作っているんだぞ。まったくもって未知の技術だよ。以上だ」


祖谷そたに様ありがとうございました」



 皆黙り込んで次の発表を待ち構えていた。現代の技術では作り得ないもののある遺跡。

 非現実的な事実が提示され、皆飲み込めずにいる。

 この異様な研究会がどのような方向に進むのか全くわからない。

 

 もしかしたら、もう帰れないところまで足を踏み入れてしまったのかもしれない。



「続きまして、物性研究所准教授 宮笥みやけ先生お願いします」


「はーい」


 お人形さんが発表の準備を始めている。

 あなた准教授たったのね。私より偉い。


「依頼された物質の測定結果について発表しまーす」

 

 部屋奥のスクリーンの横に立つ女性、宮笥みやけ准教授はフリルの多い紫色のワンピースに身を包み、髪型はツーテール? ツインテール? だったかな。

 顔は幼く見えるが准教授というからにはやはり相応の歳なのだろう。

 

 これが異様な光景かといえばそんなこともなくて。奇抜なファッションで来る人は多くはないが、学会に行けば1人2人は観測できる。

 中には服装について気にする人もいるが、ほとんどの人は気にしない。

 発表内容さえまともならば文句はないのだ。

 むしろちゃんとした服装であっても発表内容に不備がある方が問題なのだ。

 

 物性研究所。聞いたことがあるような気もするが、どのような研究をしているかは想像もつかない。

 発表題目は「未知の構造を持つ室温超伝導」。



「結論からいうね、依頼された物質は室温超伝導体で、未知の結晶構造を有しているわ」 


「え!?」


 祖谷とスーツの紳士が思わず声を出していた。

 それほどに驚くことらしい。私にはすごさがわからなかったが驚いたふりをしておく。

 うんなんかすごいよね、とても。

 だって「超」がついてるぐらいだ。

 素人にもわかりやすくてよろしい。


「詳しくない人もいるみたいだから、説明するね」


 高校生向けだと思われるスライドを使っての説明が始まった。私も高校生相手にこの手の講義をすることは多かったので、一般向けのスライドはたくさんストックしてある。

 宮笥女史のスライドもその手のものだろう。今の大学教員には様々なスキルが求められる。

 これまたわかりやすかったが、あんな格好で講義をされても高校生の頭には入りそうにないなぁ。



 超電導というのを使うと電気が流れやすくなって、これまでより省エネなものがたくさん作れるらしい。現代の科学だと超電導を使うにはマイナス100℃以下に冷やさないといけないから実用化されてないけど。

 室温で使えるものが発見されたら世界をまるごと変えるほどのものだそうだ。



 そんなものまで遺跡にあったというのなら尋常ではない。


「放射光を使って構造解析を試みたんだけど、今のところ解析できていないわ。わかったのは構成元素が一般的な物質より多いってことぐらい。3次元的に複雑な構造が何層にも重なっていて、周期性があるからもしかしたら同じものを作ることも可能かもしれない。1週間じゃこの程度しかわからなかったわ」



 何枚かスライドを示しながら説明を続け、最初に言った結論でまとめた。



「結局のところ、地球上に存在する物質かどうかはわかりましたか?」


 純ちゃんが質問する。


 地球上。地球上と言った。


 地球上に存在しない物質の可能性があるというの?

 でも確かに、夢のような物質だって言うのだから、そういう可能性もあるのかもしれない。



 お人形さんはやれやれといった表情している。

 どうやら聞いてはいけなかった質問のようだ。



「そう言われてもねー、地球上に存在しない物質ってなに?」


 逆に純ちゃんが困っている。

 確かに地球上に存在しないものとはなんなのだろうか。

 そもそもそこにあるのだからすでに地球上に存在している。

 まぁそういう言葉遊びではないのだろう、彼女の不満の出処は。


 「この物質は地球上には存在しない」フィクションではよくあるセリフだ。

 それがお気に召さないらしい。



「周期表は知ってるよね」


 そう言ってスライドを周期表に変更する。

 さすがの私でも知っている。

 すいへーりべーぼくのふね。


「世の中の物質、人の目に見えるものはすべて、周期表にある元素の組み合わせで出来てるのね。周期表に記載されている元素は量の差こそあるけど、全部の元素が地球上に存在しているわけ。もちろん人工元素などの例外はあるんだけど、私達が測定可能な時点で地球上に存在しない物質なんてないわけよ」


「今回測定した物質にはビスマス・テルルとか15種類の元素が入ってたんだけど、もちろん全部地球上にある元素ね、それ以外の元素や元素以外のものは観測されていません、ってゆーか観測できないし」



 意外と解明されているのだなと思うと同時に、夢のない話だとも思った。



「次に問題になるのは、これが自然に発生しうるか、あるいは人工的に作ることが可能かってとこだけど」


「さっき言ったとおり、地球上にある物質は周期表にある元素の組み合わせなのね。例えば塩はナトリウムと塩素が1対1の割合で、立方体の頂点に交互に並んでる」


 スライドにはNaとClと書かれた球が規則正しく並んでいる絵が出ている。

 中学の頃習った覚えがかすかにある。



「基本的にはどんな物質も一定の構造からできてて、これは構成される元素の数が多くなると複雑になるし、同じ組み合わせでも複数の構造を持っている場合があるわ。例えば同じ炭素からなる物質で、ダイヤモンドと石墨は知ってるよね」


 スライドにはダイヤモンドと石墨の構造。

 これも昔教科書で見た気がする。


「人工的に複雑な構造を持つものを作ることもできるし、複雑な構造の物質には人類の役に立つものも多いわ」



「んでこの物質についてだけど、明らかに人工物です。自然にこんな複雑な構造はできません。明らかに目的を持って作られている。次に今の技術で作れるかどうかだけど、無理ね。どんだけお金を積んでも作れるとは思えない」


「つまり、現在より高度な技術で作られたってことは言えるわ」


「わかりました、ありがとうございます」


 皆黙り込んでいた。

 いくつか質問したいこともあったが、ここで質問をして長引かせるのも野暮だ。

 さっさと発表を終わらせて、この研究会の持つ意味が聞きたかった。

 皆も同じ考えだろう。


「それでは田辺先生、次のご公演を」

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