第35話 触手だからって決着をつけられないと思うなよ


 紫ゴブリンを構成する液体が蒸発していく。しかし、周囲にはまだまだ大量の液体がある。まだ兵士達の士気も高く、液体の掃討戦は続いている。こんなあっさりと勝っていいのか?


「おかしいよね触手」

「気がついているか?エウロパ。まるで液体が下がっているかのようだぞ、これは」


 俺たちの懸念は、液体が濃縮されタールの、いや、粘土のように形作られていくことで現実のものとなった。あれは!


「クラーケンだと!?」

『私の姿を取っています……』


 それだけではない。フェニックス、ヴァンパイアの姿まである。まさかと思うが戦闘力まで一緒だったりしないよな!?


「一般の兵は下がれ!!こいつらの危険度は極めて高いぞ!」


 ブレンが叫んでいる。俺たちくらいだろこんなのと戦ってきたの。普通に考えたらどうしようもない事態だったはずだ。


「でもな」


 偽クラーケンをフェニックスが焼き尽くす。その背後からブレンが偽ヴァンパイアを切り捨てた。ヴァンパイアが偽アンデッド軍団を逆に支配する。


「うおおおおおおぉ!!テンタクルっ!プラズマ・レールガンだっ!吹き飛べ偽物!」

「最大火力で行くよっ!タイダルウぇぇぇぇエエッブッッッ!!」

「妾も手伝うとするかのっ!グラビティ!!ウオォオォオォルッ!!」


 俺たちの最強攻撃で偽フェニックスは一瞬でバラバラになった。フェニックスが冷や汗を流している。


「これちょっと死にそうな気がしてきた」

「偽モノとはいえ殺す気でやったからな」


 そう。ここには十二分に戦力が集まっている。決して楽勝とは言わないが、そう簡単に敗北を喫するような俺たちではない。偽物の死体もきっちり触手でペチペチする。


 液体がさらに動いていた。何か形を作ろうとしているが知ったことか。とにかくペチペチペチペチと触手を連打する。蒸発していくな。


「やっぱり下がっているね」

「この後は何が出てくるだろうな?」


 普通の方法では触手培養細胞付与攻撃の数の暴力には最早勝てないだろう。となると、そろそろハンパな手は使わないはずだ。もっと恐ろしいモノが出てくるに違いない。


 紫色の液体は収束していく。死体……いや生きているな、からも液体が濃縮していくような感じである。なんなんだ?何が起ころうとしている?


「偽クラーケンや偽フェニックスですら対抗できないのは把握しているよね。だとすると……来るよ!」


 収束していった果てに液体はその色も変える。そして液体は、一人の人間のメスの形を取り始めた。


「なっ!?」

「どうなっているの?」

「収束する前に決着をつけないとまずい気がするっ!触手っ!」

「わかってるエウロパ!もう一発だ!テンタクルプラズ……」


 突然、何かが触手を切り裂いた。イッテェ!


「穢らわしい!穢らわしい穢らわしい穢らわしい!!下等生物が私をこれ以上!陵辱するなぁっ!!!」


 紫の髪の人間のメスの形をとったそいつは、凄まじい速さで何かを投げつけ、俺の触手を切り裂いた。全裸である。胴体にはコブがある。服着てほしい。


「強い……」

「ダメじゃ、こやつ……マズい。妾より上じゃ」


 始祖が力の差を感じて恐怖している。しっかりしてくれよっ!


「諦めんなよ始祖!負けたって決まったわけじゃないだろうが!ラコクオーっ!行くぞ!人馬一体っ!」

「おうブレン!雷撃覇道弾!!」


 ブレンとラコクオーが電撃を帯びて突撃をしていく。速い!電撃が先に届いたっ!メスの外側が焦げる。


 ……炭化した中からメスが再び出てきやがった!くそっ!こいつも不死身かよ!しかもまた全裸かよっ!服着ろ!


「信じられない……」

「あんなの食らってなんともないじゃと?」


 紫の髪の人間のメス、埃でも払うかのように炭化した部分を払う。


「今の人間も少しはできるようね。ちょっと痛かったわ」

「なんか俺の時と対応が違う」


 俺のこと嫌いすぎだろこいつ。なんでそんな嫌うんだよ。


「なぁ、人間のメスでいいのか?」


 人間のメス、キッと睨んでくる。そんな嫌うなよ。泣けてくる。


「人間を陵辱するしか趣味のない触手のくせに喋って……喋って?」

「ちょっと待て、人間の……なんて呼べばいい」

「……ソフィア」

「ん。わかったソフィア。お前は、何をしたいんだ?」


 そう、そこが聞きたい。交渉できるんならしたいところだ。


「穢らわしい触手には理解できないこと」

「そうか。んじゃエウロパ」

「ぼくも聞きたいなソフィア。何をしたいの?」

「……人間は。知性を持つ生物は。性というくびきから自由になるべき」


 どういう……ことだ?性というくびきだと?


「なん……」


 俺が反論しようとするとエウロパが手で抑える。ここは任せることにしよう。


「そうなんだ。君はそう考えるんだね」

「……知性存在を統合し、更なる知性を拡散する。それが私の願い」

「なるほど。そういう考えなんだね」

「だが。その触手やあの忌々しい男が……私の本体を殺した……」


 ちょっと待て。なんだよそれは。俺が殺したわけないだろ。知らんぞお前みたいなの。


「忌々しい男って誰じゃ?」

「知れたこと。あの、レナードが!」


 そういうことか。やけに準備がいいと思ったんだ。かつての敵同士か。


「レナードは君を殺したのか」

「そして……私は今の身体に完全に自我を移し、数々の戦いの果て……ほとんどを喪った……」

「そうか。なるほどね。それで、やはりまだ戦うの?」

「知性を持つ存在が性などというものに囚われているなどということが。私は許せない……」


 勝手な意見だ。俺はそう思う。だがなんとなくだがわからなくもない。モテないのも辛いし意見割れるのもしんどいしな。だが。


「なぁ」

「喋るな穢らわしい」

「ちょっとだけ聞けよ。そもそもお前と戦ってたその触手、知性ってあったのかよ」

「……あるわけないだろう」

「喋ったりもしないだろ」

「……」

「俺は、お前から見て知性あるの?」


 急にソフィアが黙り込む。無いと言ったら俺はなんで喋ってんだよって話になるし、あると言ったらお前酷いこと言ったよね俺にってことになる。


「まぁそれもいいや。仮に俺に一応知性があるとしよう。俺もその中に取り込むの?」

「……それはすごく嫌」

「それは良かった。俺は性を捨てたりとか無理だから」

「ハッ。やはり所詮その程度か」

「ぼくたちも捨てたくないけどね」


 エウロパが俺の隣に立つ。戻ってきたブレンがその隣にいる。そしてブレンはソフィアにこういった。


「俺たちがお前が捨てたいものを取り戻すのに、どれだけ苦労したと思う?」


 一緒にいたからわかる。本当に苦労したよなブレン。今となってはお前らと隣の部屋で寝るのは嫌だけど。超イヤだけど。


「何が言いたい」

「性的不能になってから治すまでに超苦労した。捨てたい奴が捨てるのは勝手だ。だがな。捨てるかどうかを決めるのは自分自身だ!」

「そうだよ!ぼくは、ブレンと一緒にいたい!1つにだってなりたい!それを勝手に奪われたくない!」

「それが、不要なモノに振り回されるということ」


 はーっ……ダメだこいつ。勝手すぎる。


「なら交渉決裂じゃの」

「ですね。このままでは勝てる気はしませんが」


 ヴァンパイアたちも横に並んでいる。フェニックスやクラーケンも後ろに立っている。ラコクオーが角で空を指す。


「レナードが戻ってきたぞ!」

「何!あの忌々しい男が!」


 そういうが速いかソフィアが何かを投げつけた。輸送カプセルは不時着とはいえなんとかその形を保っている。


「待たせたな。そして、ソフィア……残念だ」

「なっ!?貴様!レナード……その姿は!」


 そういえばソフィアをどこかで見たような気がすると思った。見たことがあるわけだ。レナードの姿はソフィアと同じなんだ。


「悪いがソフィア、もう終わりだ」

「バカな。貴様らを倒しておしまいだ」

「そうかな?ところでこの輸送機は何を運んでいると思う?」

「何?」


 レナードが指を鳴らすと、中から多数の触手が現れた。ということは、そうか。レナードは湖を目指していたのか。触手たちがソフィアに向かっていく。


「おい!普通に攻撃しようとしてもソフィアには通じない!」

「手は講じている」


 急に、空から雨が降ってきた。……違う!これは培養液だ!俺の細胞が降ってくる。ソフィアの身体は泡立ち始めた。


「くっ!このままでは!」

「ソフィア。もしここで戦うのであれば、このままお前を殺す」

「できるとでも?」

「できる。培養液弾はまだあるぞ。さらに触手で囲まれたら、お前は最早ここまでだ」

「……詰み、か」

「待って!」


 ん?どうしたんだエウロパ。見ると、周りには人々が立ち上がっている。動物たちも周りにいる。


「ソフィア。君は……誰も殺したくなかったの?」

「それは……」


 ソフィアは小さく頷く。


「そうか。レナード。ぼくのお願いだけど、聞いてくれる?」


 この後に及んで何を言いだすんだエウロパ?俺たちとソフィアは、相容れない存在なんじゃないのか?少なくとも俺はそう思うんだが。





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