第9話 触手だからって友情が芽生えないとは思うなよ



 ……でかい。普通の馬の倍はあるぞこいつ。俺はバイコーンたちを蹴散らした巨大な馬と相対している。こいつにもツノはあるが。


「ぼくたちを助けてくれてありがと」

「……すまぬ。こいつらがこのような醜態をさらすとはな……」


 そういった巨大な馬の周りには、バイコーンが虫の息でピクピクしている。馬なのに。一応生きてはいるのか。


「バイコーンが人間を襲うって本当だったとはな」

「……今となっては真実になってしまっている。かつてはこやつらもただの馬だったというのに……」

「ていうか今思ったんだけど喋れるんだ」

「最初から喋ってだけどな」

「うおっ!?そこの生物は!?」


 巨大な馬にびっくりされている。俺だって喋る馬にはびっくりだよ。ツノもあるし。


「俺か?通りすがりのただの触手だ」

「ただの触手は喋らないと思うが……」

「だよねー」

「馬だって喋らないだろうが。本で読んだ範囲だと喋るのは人以外だと一部の鳥くらいのものだぞ」


 黒い巨大馬は小さく頷く。


「無論、我も最近までは喋ることなどできなかったのだがな。紫の小鬼に何かを打たれたあとだ……なんか身体は巨大になるわ喋れるわになったのは」

「あいつ絶対バカだよな」

「バカだね、間違いないよ」


 本当に何がしたいんだよあの紫のヤツは。ブレンやエウロパには同意しかできないぞこの件に関しては。


「……元々、この辺りに奇妙な馬の病気が発生したのが数十年前のことでな。オス限定で感染し、馬以外の人間も含む生物を犯そうとするというもの。反吐が出そうだ」

「あれ?ブレン、触手、見てみてよ、これ……」


 クラーケンの額に感染していた寄生虫に似たものが、馬の額でツノのようになっている。


「なるほど、これがバイコーンの正体というわけだ」

「ぬう……触手よ、どういうことか」

「俺たちも最近、この寄生虫のようなものに感染したクラーケンに襲われたんだ。クラーケンが人間に卵を産み付けるなんてないと彼らは言っていたが」

「バイコーンが性的にほかの動物を襲うのってこれが原因なんだね……ブレン、駆除試してみる?」

「やってみるか」


 俺たちは馬の額の寄生虫の駆除をはじめた。馬たちは、嘶きながら起き上がった。エウロパを襲う気配もない。


「黒い馬さん、みんななんて言ってるの?」

「みな驚いているな。……意識すらなかったのか……恐ろしい……」

「人間にも寄生するとかないよね?」

「この病気そのものは馬にしか寄生しないぞエウロパ。触手はわからないが」

「人間に寄生しないなら俺も大丈夫だと思うが……」

「でも変だよブレン。ならクラーケンにも寄生しないはずだよね」

「確かに」


 寄生虫に何かがあったということか?


「元々は馬のみに感染していたはずだな。やはり……あの紫のヤツが……」


 紫ゴブリン被害者の会の規模が種族、範囲共に広くなりすぎてまとめるヤツは大変だろうなぁという感想もわいてくる。


「ブレン、被害者の会の代表は任せた」

「なんで俺!?」

「しかし馬よ、お前何かされたって言ってるがどうやって改造されたところから脱出したんだ?」

「檻を蹴破って追ってきたサイクロプスを蹴り殺しただけだが」

「サイクロプスって準災害生物だよね……」


 エウロパが化け物を見る目で見ている。でも待て。そこにも似たような化け物がいるだろ。


「それを言うならクラーケンを一人で半殺しにできるブレンも同類だろうが。あれも指定はされてないが戦闘力は準災害生物相当って本に書いてあったぞ」

「ブレンは勇者だからね……」

「ぬう、人間、そんなに強いのか?」

「そっちこそな」


 なんかブレンと馬が見つめあってる。


「一戦やるか?殺し合いじゃないからこれで行くぞ!」

「面白い!やるか人間!」


 ブレンが木の棒を持ち出した。……馬って笑うんだな。バイコーンのツノとブレンの木の棒で叩きあいが始まった。すごい速さだなおい。


「ちょっとブレンなにやってんの!そっちの馬さんも!」


 エウロパがなんか言ってるが聞いちゃいない。楽しそうだな。何度か打ち合いをしたあと、ブレンがふと思い出したようにいう。


「そういえば触手はミノタウルス倒したんだったか」

「なんと。我々の後で試合おうか」

「……ミノタウルスを!?一人で!?準災害生物よりはちょっと弱いけどさ……同類だよ触手も……」


 そんな風にしみじみ言わないでくれエウロパ。そしてニヤニヤしながらこっち見んな戦闘生物バトルクリーチャーども。お前らと同類扱いするなそこの2匹は。……やると言われたらやるけど。


 俺も棒を触手で4本ほど持ってブレンや馬に殴りかかる。……なんで4本捌けるんだよお前ら!やっぱりクラーケン一人でタコ殴りにできる人間は嫌すぎる。そして巨体なのに馬早すぎるだろ!


「ぬう……こいつ、できるな。後ろに目が付いているかのようだ」

「お前こそ後ろとって突いてくんなよ危ねぇよ!」


 ぴょいっとジャンプして背後とって突いてくるとはな。馬恐ろしすぎる。


「触手も馬も敵に回したくないな……」

「むしろお前だけは絶対敵に回したくないぞブレン」


 ブレンに至っては俺と馬で殴りかかっても全部かわして反撃してきやがった。やはり一番強いのはブレンか。


「……やはり被害者の会代表はブレンで決まりだな」

「同意だ。見事な腕前だ」

「決闘で決めないでよ」

「んじゃお前やる?エウロパ」

「絶対やだ」


 よくわからないうちに紫ゴブリン被害者の会代表が決まったようだ。いい運動になった。


「ところでうぬらは何故この辺りに?」

「この辺りは通過地点だ。俺は故郷に帰るところだ」

「そしてぼくたちは病気の治療法を探してるんだ」

「……人間2人はどちらも健康そうに見えるが……」


 馬が不審な表情をしている。ブレンが馬に耳打ちする。


「……それは辛いな。しかしその図書館に本当に目的のものはあるのか?」

「判らん。だが、少なくとも今のままでは俺の俺は立ち上がれないからな」

「そうか」


 俺はふと思った。この馬をスカウトしたら目的地に早くたどり着けるんじゃないか?もっとも馬の側にメリット何にもないけど。


 一頭の馬が巨大な馬に何か寄ってきた。何か鳴いてるが意味が分からない。


「……な、何!?エルフの森に!?」

「どうしたんだ?」

「……不味いぞ。バイコーンになった馬たちがエルフの森に向かったらしい」

「エルフの貞操が危ないね」


 エウロパって触手おれにはデリカシーがないとかいう割に、自分もデリカシーがないんじゃないか。それはさておきエルフの森が危ない。


「すまぬ、バイコーンを止めねば。ここで失礼する」

「俺たちも行くぞ。俺たちなら止める手助けできるだろ?」


 ブレンが馬ににこやかに告げる。


「いいのか?」

「いいって。エウロパと触手もいいな?」

「もちろんだよ!」

「それは構わんが……ブレン、タダで手伝うのか?」


 恩を売るつもりじゃないのかブレン。お人好しにもほどがある。


「そのあたりはエウロパ、任せた」

「もう……でもエルフたちに恩を売ったら、ブレンのブレンについても何か聞けるかもしれないね。あと馬の……なんて呼べばいいかな」

「……以前人間に、ラコクオーと呼ばれていたのを聞いた事があるな。それでどうか」

「いいよ。よろしくラコクオー。それで、ぼくたちがバイコーンを止めるのを手伝ったら」

「もとよりそのつもりだ。共に行く気だったが……」

「頼む。にしても乗るとなると鞍やあぶみがあるな」


 ブレンの言う通り、馬に素で乗るのは難しいだろう。だが。


「ブレン、エウロパ。俺のことを忘れてないか」

「えっ?触手、どうするの?」

「俺がラコクオーに巻きついて2人を固定する」

「おう、それはいいな、頼む」

「えー……変なとこ触らないでよ」

「触手に限ってそれはないだろ」


 エウロパに触手が生えてたら危なかったが、そういうこともないから必要最低限に巻きつかせてもらう。


「ブレンにくっついて巻きつけたら大丈夫だろう」

「えっ……ちょっと恥ずかしいよそれ」

「そんなこと言ってる場合か、行くぞ」


 こうしてラコクオーの上に2人を巻きつけ、俺たちはバイコーンを追うことにした。エルフの森……どんなところだろうか。

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