第3話 触手だからって誤解されるのは気にしないなんて思うなよ
洞窟を出たのは朝だったのか、日が暮れる前に村に着けそうだ。
「しかし襲撃があったとすると……」
「……覚悟はしてます……」
そうだよな。家族がどうなってるかわからないとなると不安だろう。全く異なる生物種だが、家族が離れ離れになる不安は俺にだってわかる。
「襲撃した連中はろくでもないな」
「はい……」
人間狩りをするのは何が狙いなんだ。単に虐殺するに限らず、人間を拉致って実験しようとしているあたりが気になる。とにかく村に着いたらミーアの家族を探さないといけないな。……もっとも俺が表立って探すのは色々とまずい事くらいは理解はしている。
色々と考えているうちに、遠くの方で煙が上がっているのが見えた。あれ、ひょっとして燃えてないか?……村とか。
「燃えてる……そんな……」
放心しかかるミーアの背中を支える。頭から倒れたら怪我するぞ。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
「とにかく村の近くまで行ってみるしかないぞ」
なんとかミーアを支えつつ村に近づいてみる。建物という建物が燃え落ちている。何があったかは想像がつくが……その一方で、血の跡もなければ死体も転がっていないところからするとだ。
「どうやらうまく逃げられたんじゃないか?」
「そのようですね」
ひとまず安心ではあるが、では村人たちはどこに行ったんだ?周囲を見渡しても特に何も残ってない。そうやってウロウロしていると、いきなり何者かが襲ってきた。
「まだいやがったのか!魔物め!」
そういうが早いか斧のような槍のような……ハルバードっていうのか、を……兵士が振り下ろしてきた。……なんで単語が突然思い浮かぶんだよ。
「待て!誤解だ!」
そう叫びつつ触手でハルバードをなんとか食い止めるが、あの山賊たち相手よりキツイぞこれ。下手したら牛より強いぞこいつ。
「黙れ怪物!貴様のようなヤツが陵辱しようとする女子供は避難させたからなぁ!残念だったな!」
「いやだから人間姦とかする変態じゃねぇよ俺は!俺にだって選択の自由があるだろ!」
「人間姦ってなんだよ」
「人間と生殖行為しても子孫残せないだろ!バカなのかどいつもこいつもぉ!」
俺の魂の叫びで兵士の力が若干弱まる。ミーアが追いついてきた。
「あの、私その触手さんに助けられたんです!」
「えっ、そうなの?」
「そうだ。俺も一緒に魔物の牢獄から逃げて来たんだが」
ハルバードを引いてくれた。助かった。しかし単語が急に出てくるってどういうやり方したんだ?気持ち悪い改造しやがってあの紫の野郎。
「悪かった、というべきだな。さすがにその姿だと攻撃されるのは仕方ないが」
「無駄に攻撃しないでほしい」
「というより喋れるんだな……」
確かにな。俺の記憶が正しければ、喋れないのが普通だからな俺たちの種族は。とりあえずざっくりと事情を説明する。
「山賊までいたのか……そちらの娘はよく無事だったな……」
「無事じゃないです。捕まってたんですし」
「でもそっちの触手のおかげで特に怪我とかはなかったんだよな」
「それは、はい。ところで、私の村の人はどこに行ったんですか?」
それだよ、それが気になってたんだよ。人っ子ひとりいないじゃないか。
「安心してくれ、なんとか避難には成功した。まさか逃げ遅れがいるとは思ってなかったが」
「森に薬草を採取した時に何者かに捕まりました」
「先行隊だったんだろうな……」
「そういうことだな。村人たちはひとまず王都の方に避難させている。王都に行けば合流できるだろう」
「ありがとうございます」
「それではミーアとはここでお別れだな」
「えっ?」
おいおい、もっと人が多い方に連れて行くとか確実に俺攻撃されるだろ。
「兵士に送っててもらえばいいだろ」
「そうしたいところだがな……」
「ダメなんですか?」
「実はある重要な人物を探している。彼が見つかるまでは町の方には行けないな」
それじゃ困るんだよ。ミーア1人で町まで行くのは危険すぎるんじゃないか?
「あの」
「なんだ?」
「それだったら一緒に探すのはどうでしょう」
「俺も手伝おう。その方が早いだろ」
「……それもそうか。安全考えてもそちらは方がいいな」
話が通じて助かる。こうして俺たちは兵士と一緒に、行方不明になっているある人物を探すことになった。
「それで、その人物ってどんな人間なんだ」
「うむ。魔物の研究を行っている研究家でな、今回の事件が起きる前に事前に警告を発していた人物だ」
「どんな人なんですか?」
「老人だな。見た目でいうと、髪は白くなっている。茶色のローブを纏っているな。しかし魔法を使う能力も高く、年にしては身のこなしも軽いので、まさかこのようなことになるとは……」
見た目はわかった。これなら俺でも探せそうだ。よし。まずはだ。
「ちょっと触手を伸ばしてみる」
「伸ばすとどうなるんだ?」
「あの大きな木のあたりまで見通せる」
俺は触手でひときわ高い木を指した。人間のオスの足で100歩程度先のところあたりだろうか。
「すごいな」
「一応生き物の動きを探っているんだが、見当たらないな……」
「まさか死んでたりしないだろうな」
「もう少し探してみよう」
引き続き探し続ける。死んでたらどうするんだろう?もっともそれは俺の考えることじゃないか。それにしても結構広い森だな。
「ミーナ、この森ってどのくらいの広さだ?」
「えっと……歩いて半刻ほどかと」
「何歩くらいかかる?」
「さすがに数えたことないですが……」
闇雲に探しても見つからない気がするな。らちがあかない。
「森の中には崖とかないよな」
「いえ、ありますよ」
「まさかと思うが落ちてるとかないだろうな」
「……急ぐか」
俺たちは崖の方に向かって行くことにした。もし落ちてたりしたら結構大変なことになるよな。崖の方に触手を伸ばしてみる。
「お、いたぞ!」
「本当か!?」
老人はかろうじて落ちてはいなかった。崖から生えてる木に引っかかっているようだな。もう少し近寄って、十分な太さの触手で老人を引っ張り上げる。意識はないようだが命に別状は無さそうだ。気絶しているだけか。細い触手でくすぐってみる。意識はありそうだ。
「ふべらっ!?」
「気がついたか?」
「うわあっ!?な、なんじゃ!?」
「おお、悪い」
「……わしは、魔物に襲撃されて……ん?なんじゃ?珍しいのがおるではないか」
「知っているのか俺を」
爺さんが目を丸くしている。
「喋れる、じゃと!?」
「ああ」
「発声器官はどうなっておるんじゃ!?」
「体表を変形して一部を振動させている」
「なんと!素晴らしいではないか。ふむ、この種族の神経細胞数は人間に匹敵するとも言われていたが……これで意思疎通ができるとなると……研究が……」
「ライデン様、それよりも」
「おお、悪いのサイナス」
兵士のことにようやく気がついたのか、ライデンと呼ばれた老人は上半身を起こす。
「ところでサイナス、他の者はどうした」
「はい、もう街に戻りました」
「そうか。村の方はどうじゃ」
「人的被害はありません。逃げ遅れた娘もこちらの触手が取り返してくれました」
「なんと!それは良かった」
老人は俺の触手を掴んでブンブンと振った。こっちも触手で包んでみる。ちょっと嫌そうな顔をされた。
「さて、となるとわしらも戻らねばな」
「そうですね。街まで戻ることにしましょう」
「んじゃ今度こそお別れだな、ミーナ」
「待つのじゃ」
俺が触手を振り、触手移動で去ろうとしていた時、老人に止められた。
「お主、どこに行くつもりじゃ?」
「どこにって、仲間のところに……」
「ここがどこか知っておるか?」
「……ちょっと待て。ひょっとして、俺の仲間のいるところまでかなり距離があるのか?」
「あるぞい」
マジかよ。歩いて行くのキツイのか?
「歩くとどのくらいかかる?」
「100日はかかるぞ」
「うわぁ……」
「しかも山あり谷ありじゃぞ?道もわかるのか?」
結構キツイなそれは。随分遠くまで連れて来やがったなあの紫。
「どうしよう……」
「そうじゃな、まずはわしんとこに来い。帰りたいのは山々じゃろうが、急ぐ旅でもあるまい」
「それはそうだな」
まぁ今日明日帰りたいってもんでもないからな。改造された身体がどうなってるかも気になるし。
「わかった、世話になる」
「何、助けてもらった礼じゃ。気にするな」
そう言ってもらえると助かる。こうして俺たちは街へと向かうことになった。故郷への長い旅になりそうだ。
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