4.バトル 4

「あいつら、どこへ行きやがった」

 チャラ男たちが、頭から水を滴らせ、キョロキョロと辺りを見回した。


 ライフを回復したチャラ男たちの顔から、すでに笑みは消えていた。

 苛立いらだちのままに、時折、障害物を蹴りつけながら、彼らは敵陣グリーンエリア目掛けて進んでいた。


 と、そこへ。

「や〜、水もしたたるいい男、ってやつですか」

 ひょこっと右の障害物の上に真琴が姿を現した。


「男前度アップっすよ〜」

 左の障害物の上には、いつの間にかコウキが立っていた。


「お前ら……!」

 チャラ男たちはめいめい水を発射するが、狙いが定まっていなかった。


「先輩たち、足遅いから」

「俺らに追いつけるかな〜?」

 真琴とコウキは、あはは!と笑いながら、チャラ男たちの水を避けると、障害物の向こう側へと姿を消した。


 真琴のほうへは長距離水鉄砲スナイパー二丁拳銃トゥーハンドが、コウキのほうへはリュック型水鉄砲タートルバケツダッシャーが向かって来た。

 その判断は、悪くはない。二対一なら、二のほうが絶対有利だからだ。


 コウキは、笑いながら、戦場フィールド所狭ところせましと走り回った。

 障害物の間を駆け抜けたかと思うと、いつの間にか障害物の上に登り、当てる気のない水を発射しては逃げる。その様子は、いつでもお前らなんか殺せるんだ、と言わんばかりだった。


 コウキを追いかけたリュック型水鉄砲タートルバケツダッシャーは、彼を見失わないだけで精一杯だった。

 右へ曲がったかと思ったら、障害物を足場に頭の上を駆け抜けて行く。

 せめてビビらせて足を止めようと水を撃つが、当たらないことがわかっているのか、コウキは全く意に介さなかった。


「一年!ちょっとは止まれ!」

「ぃや〜っす!」

 コウキはそう言うと、ぴょんと障害物の向こうへと飛び降りた。


 バケツダッシャーは、それを見て、自分も障害物に乗ってみよう、という気になった。一年が乗って、自分たちがダメなわけがない。

 障害物の上に、自分の武器であるバケツを置くと、グッと両手で体を持ち上げる。


「おめぇ、何してんだ。さっさと来いって!」

「や、ちょっとここ、登れるかと思って……」


 よいしょ、とやや不格好だったが、バケツダッシャーは、障害物に登ることができた。そこから立って見回すと、視界が広く、気分が良かった。

 これなら、もっと早く登ればよかった、と思う彼の足元に、音もなくクロが近寄っていた。だが、遠くを見るのに忙しい彼は、それに気がつかない。


 さて、置いて行かれたけれど、リュック型水鉄砲タートルと元気な一年坊はどこかな、と思った時だった。

 死角から飛んで来た水弾に、彼の二つ目のライフは撃ち抜かれていた。



「ピンク、バケツダッシャーDeathデス!」


 司会のその声に、コウキはわははっと笑った。そして、さらに動きがトリッキーになる。

 リュック型水鉄砲タートルは、一人になったことも気がつかず、コウキの動きに翻弄ほんろうされるばかりだった。

 コウキは、絶好調で、校舎から見ている者たちに手を振ると、ちょろちょろと中庭の木に登る。


「追い詰めたぞ!」

 リュック型水鉄砲タートルは、コウキが選択を誤ってしまったと思い、笑った。

 登ったそこは、行き止まりだ。いくらトリッキーな奴だろうと、もう袋の鼠だ。


 だが、すぐにその顔は苛立ちに塗り替えられる。

 なぜなら、飛距離のないリュック型水鉄砲タートルでは、頭上の相手を殺すことはできなかったからだ。


 コウキは、足元に届くか届かないかの水を一切気にせず、戦場フィールドを見回した。

 すると、


「ピンク、長距離水鉄砲スナイパーDeathデス!」

 サダが、真琴の方もうまく行っていることを教えてくれた。

 コウキはにま〜っと笑うと、後半戦、行ってみよ〜と木から飛び降りた。



 さて、時間は少しさかのぼり。コウキと別れた真琴はと言うと、彼とは逆に静かに移動を開始した。


 長距離水鉄砲スナイパー二丁拳銃トゥーハンドが、障害物を迂回うかいして来た時、すでに、真琴はそこにいなかった。


「あいつ、どこ行った!」

「あっちじゃないか?」


 そう話す声を背中に、サイトーが待機する所まで静かに進む。その進みは、二人に見つからないようにかなり慎重なものだった。


 なんの訓練もしていない真琴だったが、音楽と野次が足音を消してくれる。着ているパーカーは、障害物と同じ色彩だったので、一応、迷彩効果が得られる。

 それらを味方に、真琴は、二人に発見されることなくサイトーのところまで戻ってくることができた。


 その時、ピンクのバケツダッシャーが死んだことが伝えられる。

 サイトーと目線だけで「1キル」と、コウキたちの健闘をたたえた。

 そして、お互い準備を整えると、真琴は耳を澄ました。と、そこへタイミングよく、野次が聞こえる。


「マコト、足止めてんじゃね〜!動け動け!」

「うっさ〜い!こっちにはこっちの考えがあるの!」

 居場所がバレても構わないとばかりに、真琴が野次に叫び返した。

 その声に反応して、敵が向かって来る。


 真琴は、一緒に身を隠していたサイトーと視線を交わす。

「……完全試合まで、あと半分だね」

「行けるか?」

「誰に聞いてんの?」

「だな。……行くぞ」

 交わす声には、どこか怒りが潜んでいた。


 障害物から顔を出した真琴は、失敗した!とか、困った!と言うような表情をしていた。

 真琴と目があった長距離水鉄砲スナイパーが、バカにするような表情に変わる。

 何を話しているのかわからなかったが、傍にいる二丁拳銃トゥーハンドと、嫌らしい顔で笑いあった。

 そして、迷いなく真琴の方へと向かってくる。


「きゃぁ!」

 我ながら、棒読みだな、と思うが、作戦だから仕方がない。可愛らしい悲鳴をあげて、逃げるふりをする。


 その時、通り過ぎたサイトーが、笑いをこらえているのが見えた。

 ……サイトーとはゆっくり話す必要がある。だが、それは今ではない。


 長距離水鉄砲スナイパー二丁拳銃トゥーハンドは、まんまと罠にかかった。

 開始早々、真っ先にやられたのがこたえているのだろうか。長距離水鉄砲スナイパーは、二丁拳銃トゥーハンドを前に押し出すように進んでいる。

 そんな警戒、するだけ無駄だ。


 サイトーは、敵が射程圏内に入ったのを確認すると、隠れていたところから飛び出した。


「いた!……あれ?」

 人の気配を感じた二丁拳銃トゥーハンドが、警告するが、すぐに疑問に塗り替えられる。チビまことを追って来たはずが、いつの間にかでかい男サイトーに変わっていたからだ。

 その横には、水がなみなみと入ったドラム缶が。


 二人を、嫌な予感が襲う。いや、予感ではない。それはすぐに現実のものとなった。


 サイトーは、歯をむき出して笑う。そして、気合いとともに、バケツの水を二人にぶっかけた。

「うらぁ!おりゃぁ!」

「うわ!」

「げっ!」


 バケツダッシャーの一撃はかなり強力なものの、バケツが空になったら、何もできなくなるという弱点もあった。

 だが、サイトーの攻撃は、途切れることがなかった。

 なぜなら、ここは、各戦場フィールドに、三箇所ずつ用意された「給水ポイント」だからである。

 ここは、空になった水鉄砲に給水するだけでなく、このようにバケツダッシャーの無敵ポイントとしても使用できるのだ。


 遠慮容赦なく、頭から水をかけられた二人は、ずぶ濡れになって、スタート地点へと帰って行った。



「どっちがくると思う?」

「賭けるか?」

「私、長距離水鉄砲スナイパー

「……賭けになんねーな」

 二人の言葉通り、最後の一つのライフを回復させて、戦場フィールドに復活したのは、長距離水鉄砲スナイパーを持った男だった。


 戦局は、0デス対7デス。真琴たち四人はピンピンしていたが、向こうは二丁拳銃トゥーハンドの復活はなく、それ以外の三人という劣勢であった。


「ここまですると、ちょっと大人げねーな」

 と真琴たちと合流したクロが言った。

「じゃ、お前、死んでやったら?」

「……ねーわ」

 自分の言葉に乗って来たサイトーを否定して、クロは、頭を振った。


 敵は、コウキのところに一人、スタート地点に二人。スタート地点の二人は、何か話し合っているようだった。そして、話し合いが終わると、長距離水鉄砲スナイパーだけが飛び出して来た。


「なんか考えてんな」

「一応、油断せずに行こう」

「じゃ、マコト。お前様子見てこい」

「は〜い」

 横からの奇襲を警戒しながら、真琴が敵陣ピンクエリアを進む。すると、ほどなくして長距離水鉄砲スナイパーと接敵した。


 二丁拳銃トゥーハンド長距離水鉄砲スナイパーなら、圧倒的に長距離水鉄砲スナイパーの方が有利だ。だが、彼は真琴に向かって二、三発適当に撃つと、背を向けて逃げ出してしまった。


「はぁ!?何それ!」

 その情けない姿に、真琴がいきどおりながら追いかける。

 長距離水鉄砲スナイパーは、何か考えがあるのか、真琴を突き放さない程度の速度で逃げていた。


 何だ?何かあるのか?


 先ほど、バケツダッシャーと作戦会議をしていた様子が頭に浮かぶ。

 そして、それに思い至った真琴は、笑いながら足を止めた。


「あはは!先輩、さっきと同じことしようとしてます?」


 真琴の笑い声に長距離水鉄砲スナイパーも、足を止める。


「……は?何がだ?」

障害物そこ曲がったら、給水エリアですよね?バケツダッシャーがいるんじゃないですか?」

「……!!」

 図星だったのか、長距離水鉄砲スナイパーから返事はなかった。

「やだなぁ。もっと、オリジナリティ見せてくれないと。コピーなんて、世の中にあふれかえってますよ」


 真琴のそのセリフが、長距離水鉄砲スナイパーのコンプレックスに触ったのか、彼の顔が怒りで染まる。

 冷静さを欠いた者など、敵ではない。武器によるハンデを物ともせずに真琴は長距離水鉄砲スナイパーライフを撃ち抜いた。


「ピンク。長距離水鉄砲スナイパーDeathデス!」

 サダの声が中庭に響き渡る。


 真琴はその瞬間、油断していなかったと言えば嘘になる。

 目の前には、死んだ長距離水鉄砲スナイパーバケツダッシャーは少し遠い。残りの一人は、コウキに遊ばれている声がする。

 だから、脅威になるものはいないはずだったのだ。


 だが。

「くそっ!この一年、ナメやがって!」


 死んだ長距離水鉄砲スナイパーが、ルール無視で飛びかかって来た。


「――!?っやぁ!」

 先ほどのわざとらしい声とは違った、切羽詰まった小さな悲鳴が真琴の口から漏れた。

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