Accomplice

川津 聡

第一部 1年生1学期

プロローグ

 人とは、社会性を持つ生き物である。

 大なり小なり、様々なコミュニティに属しており、どこにも所属しないというのはほぼ不可能である。


 かくいう私も、家族というコミュニティに属している。しかし、中二のある時期を境に、クラスというコミュニティから弾かれてしまった。

 別に、私がその時、中二病を発したイタい奴になったからというわけではない。突如、何の前触れもなく、クラスの女子によるハブが始まったのだ。

 当初は戸惑い、傷つき、どうにか関係を修復しようと頑張った。しかし、その後、ハブにされた理由が判明し、そのあまりの幼稚さにバカバカしくなった私は、関係修復の努力を放棄してしまった。

 結局、私をハブにしようと言い始めた主犯の女子とは、中三も同じクラスだったので、私は一年以上を「ぼっち」で過ごしたことになる。それに耐えられたのは、主犯の女子の影響はクラス内に限定されており、部活などの人間関係に影響がなかったからだろう。

 幸い、私は一人で行動することが苦にならないタイプだったから(これはかなり強がりも含まれる)、クラスの女子のコミュニティに入れないことは、不便だったが、どうと言うことはなかった。


 しかし、生活の大半を過ごすクラスの輪の中に入っていないということは、「噂」というものが届きにくくなる。

 まぁ、誰が誰を好きだとか、嫌いだとか、そんなくだらない噂が入って来ないのは、正直どうでもよかった。クラスの連絡やお知らせが回って来なかったのも、その時こそ困ったが、この情報に比べたら、全然重要でなかったと言える。

 しかし、この情報が入って来なかったことだけは、「どうでもいい」で片付けられなかった。なぜなら、今後の高校生活を、いや、一生を左右する噂だったからだ。


 曰く、「今年、工業科にヤンキー(死語)のリーダーが入ってくる」とか。


 更に、「そのリーダーを慕って、大量のヤンキー(絶滅危惧種なのに?)が工業科に入ってくる」とか。


 その数、工業科の約8割を占め、一般的で善良な学生だけでなく、もともと工業科にとって貴重だった女子がこぞって入学を辞退し、結局、入学したのはヤンキー(笑)とその情報を得られなかった情弱モブたちとなってしまった。


 (笑)って、なんだ!全く笑えないし!

 典型的な情弱モブ代表である私が、この情報を入手したのは、入学式当日だった。

 情報を入手したというか、より正確に記すなら、目の当たりにしたのだった。「いかにも」な格好と髪の色をした、むさくるしい、新入生にはちっとも見えない貫禄を備えた男どもの群れを。


 あぁ、悲しきかな。私、笹原真琴の高校生活は、始まるとともに終わったのだった。



 最後の一人がうめき声とともに倒れた後、その路地裏には静寂が戻った。

 饐えた匂いと、雑多に放置されたゴミか何かわからないもの。決して綺麗とは言えない道の上に、男達が唸りながら倒れていた。それを見下ろす、一人の男。


 一人立っている彼は、多少の息は上がっていたが、ダメージらしいダメージはなさそうだった。拳で垂れてきた汗をぐいと拭うと、辺りを見回す。

 彼がここに入ることになった理由――絡まれていたサラリーマンは、とっくに逃げたようだ。

 それを確認して、路地裏から出ると、彼は人通りの多い繁華街を泳ぐように歩き出した。途中、店の呼び込みに何度か声をかけられたが、彼が一睨みすると、男たちはそそくさと逃げて行った。

 ネオンの光に、雑多な人たちの騒ぐ声。昼間とは違った喧騒が、街を包んでいた。彼は、その雰囲気が嫌いではなかった。その中を、ゆらゆらと踊るように歩みを進めていく。


 しばらく歩いて、ある角を曲がると、人通りの少ない寂れた通りに出た。大通りと違って、シャッターが閉まったままの店が目立つ。その中にある「CLOSED」の札がかけられた喫茶店のドアを開けると、中では厳つい顔をした男達が思い思いにくつろいでいた。

 彼は、次々にかけられる声に、「おお」とか「あぁ」とか短く返事をして、喫茶店の最奥の席を目指す。そこには、一際大きなテーブルと座り心地の良さそうなソファが置いてあり、既に、何人かテーブルを囲んでダベっていた。


 その中の一人が、男に気がつき、

「ユーゴ、おせーよ」

 と手を挙げた。

 ユーゴと呼ばれた男は、ちょっとあってな、と言いながら、当然のように上座へと座った。

「何、喧嘩?どこの奴ら?」

 向かいの席の長髪の男が楽しそうに聞く。

「リーマンが絡まれてた。絡んでた方は、見ない顔だったから、どっかから流れてきたやつか、新参者かもな」

 そう言うと、長髪はなーんだとつまらなさそうに呟いた。

「いつもいつも、お前の思い通りに喧嘩にはなんねーよ、ハセ」

「うっせ。カズヤ」

 最初に勇吾に声をかけた男――和也と、長髪の男――長谷川がじゃれ合う。

 それを見るともなしに見ていた勇吾の元に、次々と男達が話しかけてきた。最近、どこそこの高校の奴らが威張ってるらしいとか、今日はこんなことがあったとか、そう言う雑多な報告だった。勇吾はその話を丁寧に聞き、必要なら周りの男達に意見を仰ぎ、指示を出していった。


 ここに集まっている男達は、勇吾を頭としたチーム「クロウニー」のメンバーだ。

 「クロウニー」は確かにチームであるものの、特に喧嘩屋や走り屋というわけではなかった。学校や社会のルールに馴染めない男達が、中学という枠を超えて仲良くなり、同じ高校に入ったのを機に結成された集団だったからだ。だから、「クロウニー」という名前と、勇吾が頭という以外、何も決まっていなかった。それでも、勇吾の求心力で、なんとかうまくやっていた。


 報告が終わり、無益なことをダラダラとしゃべっているうちに、時計の針がてっぺんを過ぎていた。それに気がついた勇吾が、そろそろ帰る、と周りに言った。それを合図に何人かの男達も帰り支度を始める。

 帰るのは、明日も学校があるからだ。勇吾はこうやって喧嘩っ早い男達の頂点に立っているにもかかわらず、当然のように毎日学校へ行っていた。リーダーが毎日行くのに、それ以外の者がサボるわけにもいかない。という訳で、これくらいの時間を境に、いつも男達は解散するのだった。

 帰り支度をしようとした長谷川が、隅の方で直接地面に座ってノートパソコンを弄っている少年に声をかけた。

「ハルキ、帰るぞ」

「うわ〜。ごめん。今、いいとこ!」

 春樹と呼ばれた少年は、画面から顔もあげずにそう返事した。

「あと何分」

「あ〜、あ〜、あ〜、後、三十分は欲しい」

 ダカダカとキーを打つ手を止めずに春樹が返事する。この光景に慣れているのか、長谷川は大人しく、ソファに座りなおした。

 先帰るわ、と和也が長谷川に声をかけて、勇吾と連れ立って帰っていく。それに、お〜、また明日な、と長谷川は返事をした。


 勇吾と和也が連れ立って外に出ると、むわっと湿気を含んだ空気に出迎えられた。今年の梅雨は、なかなか明けない。明日も雨かもな、なんてことを話しながら、二人は家路についたのだった。

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