断章「おまけ」

   第一章断章「おまけ」




 フード付きの白いローブを身に纏った少女は、たった一人で森を歩く。

 依頼を果たし、報酬を得るために。


 ——助け、てくれよおおおおぉぉぉぉぉぉ!!


 遥か上空の彼方から、風に乗って耳に届けられる誰かの悲痛な叫び声。

 釣られて空を見上げてみれば、誰かがぐるりぐるりときりもみ回転しながら自由落下してきている。


「大変っ?!」


 その姿を肉眼で確認した少女は驚きに口を押さえた。


 あのままの勢いで地面に叩きつけられたら確実に死んでしまうだろう。

 人としての原型をとどめていれば御の字、そうだったとしても、森に暮らす動物たちに群がられて、生きていた証は完全に消滅する。


 自然の力は、全てを飲み込んでしまう。


 少女はすぐさま駆け出した。


 落下の予想地点へ向かうと森が開けた場所に出た。そこには湖が広がっていた。

 ここに着水すれば命は助かるかもしれないが、無事に助かる可能性は低い。


 両手を人影に向けて掲げ【風りの加護】を発動。上昇気流を発生させて勢いを少しでも殺し、落下の衝撃を柔らげる。


「あ、あれ……?」


 想像と違う結果がもたらされたことにより、少女の表情が曇る。


 落下の速度が落ちない。きりもみ回転が収まらない。地面との距離がどんどん近づいていく。


 上昇気流を発生させる座標がずれていたことが原因で、




○@%^$=*あ、これ死んだわ




 ——ばっしゃぁぁぁぁぁぁぁん!!!!


 何事かを呟きながら、盛大に水飛沫を巻き上げて着水した。


 少女は開いた口が塞がらない。あそこで助ける予定だったのに助けられなかった。

 波打つ水面を呆然と眺めるばかりで、どうすればいいのか——


@$#$%&*?>+おいしょおおおおおい!!!」

「きゃ?!」


 岸の付近で謎の奇声を発しながら水面から飛び出してくる同い年くらいの少年。


 湖の中央は深かったからなんとか無事だったらしい。そのまま水際の足がつく地点まで潜水してきたようだ。


「あ、えっと……だ大丈夫?」


 テンパってしまって何を言えばいいのかわからなくなってしまった。

  

「う、頭痛が——それはさておき好きです、付き合ってください」

「え、う、うん」

「やったぁー! ってリッちゃん?! ここ断るところ!」

「あ?! ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 両手を振り上げて喜びを全身で表現する少年だったが、流石にこれ以上の方向修正はできなかった。


 やり直しだ。


「あうー、またスカイダイビングとか勘弁してくれ……上まで行くの大変なんだから……」

「ほ、本当にごめんなさい……次はちゃんとやるから!」

「その粋だ! 次は頼むな! マジで!」


 両の拳を握りしめる少女に、親指を立てて歯を光らせた。


 少年は土気色のドラゴンに跨って、今一度遥か上空へ飛び去っていく。




 その後、二度三度と同じ失敗を繰り返して落水し、少年が風邪を拗らせたのは、言うまでもなかった。


「本当にごめんなさいぃぃぃぃぃ!!」




   ◆◆◆◆




 緑色の肌に小柄な体躯、尖った鼻と耳に大きな瞳のゴブリンが息をひそめる。


 樹上から、番えた矢を放つ。タタケの元に戻ろうとするしなりの力を最大限に利用した矢は風を切り裂き、白い少女の頭めがけて狙い違わず飛翔する。


 しかし不自然な風が発生し、軌道が逸れた矢は頭に命中することなく通り過ぎていった。


 狙いは完璧だったのに。


「そこダァ!」


 茂みに身を潜めていたニンゲンの男が何かを投げつける仕草をする。


 衝撃に備えて力を込め、身を固めた。


 スコンっ!


 小気味いい音を立てて、木に突き刺さる薄緑色の投げナイフ。


「あーワリー、ちょっち手が滑っちまった」

[全く……次は頼むぞ]


 痛みを覚悟していただけに、肩に力が入っていた。次はもっと自然に構えなければと、ゴブリンは内心で反省した。


   take2.


「そこダァ!」


 スコンッ!

 外した。


   take3.


「そこダァ!」


 カツーン!

 木に刺さりさえしなかった。


   take4.


「そこ、ダァ!」


 スポーン!

 別の意味で刺さりさえしなかった。




   ***




   take83.


「そこ……だぁ……!」


 へにょーん。

 届きさえしなかった。


(これは……いつ終わるのだ……?)


 ノーコンすぎて、奇跡の一投が発生するまで、三日かかったとか、いないとか。

 お陰で自然な形で油断し、ヒットした演技ができたのは、ここだけの話。




   ◆◆◆◆




 キャンプが趣味のアマノ・コウは、疼いていた。火起こしで手こずっているところを見せられたら、手を貸したくなってくるのだ。


 男の子とは、そういう生き物なのだ!


[どれ、ちょいと貸してみ?]


 二匹の兄弟ゴブリンが原始的な方法で火を起こそうとしているところにコウは声をかけながらしゃがみ込んだ。


 ショルダーバッグの中からキャンパー定番のナイフ『モーラ・ナイフ』を取り出してプラスチック製の鞘から抜き放つと、手頃の薪をいくつか選ぶ。


[お、いい薪揃ってんじゃーん]


 大きめの薪を横たわらせて、その上に小さめの薪を立てかけ、先端にナイフを食い込ませる。

 そこへさらに別の薪でナイフを叩きつけ、バコンバコンといい音が森に響き渡る。


[これぞ秘技、バトニング! ってな]


 パキャンッ! と小気味いい音を立てて薪が割れ、それを何度か繰り返して小割をいくつか用意する。


 その小割にナイフを寝かせるように当て、滑らせる。何度も往復するように動かすと、先端がもじゃもじゃした奇妙な棒が出来上がる。


[フェザースティックっつーんだ。これをあと何本か用意する]


 言葉通り、手際よくフェザースティックを用意したコウは、愛用のショルダーバッグから今度は黒い金属製の棒を取り出した。


[コイツはメタルマッチ。またの名をファイヤースターターという。まぁ強力な火打ち石と思ってくれ]


 それをフェザースティックのもじゃもじゃへ近づけ、ナイフの峰を当てて一気に滑らせる。

 すると、バリバリバリッと激しい燃焼音を響かせながら火花が飛び散った。


 ……だけだった。


[あら、流石に一発じゃ無理だったか。もう一回……]


 コウの脳内の予定では一発でもじゃもじゃに火がついて、そこから枯葉や枝、小割を重ねていってあっという間に焚き火の出来上がり! ドヤ顔! だったのだが——


 バリバリバリッ


 バリバリバリッ


 バリバリバリッ


 何度試してみても一向に火がつく気配がない。確かに火花はもじゃもじゃへ命中しているはずなのに……。


「ちょっとスタッッFUー? スタッッッッFUー! この薪湿ってんじゃないのー? ここは俺がバシッと一発で火起こし成功しちゃう貴重な活躍シーンなんだからさー、頼むよー」


 しかし改めて用意される薪も同じ結果に。


 流石にずっと同じ場面で時間を食ってしまうのはこれ以上は避けたい。ただでさえナイフを投げるシーンで手こずって迷惑をかけてしまったのだから。


「こうなったらニドルウルフの火薬をちょいと拝借して……」


 ちょちょいと用意してもらった黒い粉をもじゃもじゃに仕込み、いざ再チャレンジ。


 バリバリバリッ


 ジュッ。


「だぁっちいいいい?!」


 着火には成功したものの、急激に燃え上がる火柱に指先や前髪が焼かれ、結局失敗して時間をかけてしまった。


 ズルをするのはよくないな、と心の一ページに刻んだコウであった……。




   ◆◆◆◆




 アーニンの10のカウントが終わり、一気にコウへ向けて駆け出す。その姿はまさに風の如く、吹き抜けるかのような俊足。


 しかしこの展開は読めていた。兄弟ゴブリンはコウに対して、害意は無いもののライバル意識のような敵意は抱いている。


 となれば真っ先に狙われることは想定の範囲内であった。


 コウは逃げるような姿勢は見せず、迎え撃つ構え。

 鬼ごっこにおいて、これほど負け色の濃いリスキーな勝負はない。シンプルに逃げてもゴブリンの足の速さには敵わない。かと言ってタッチの手を躱すのも至難の技と言える。


 そこをあえて立ち向かってこその男!


[もらった!]


 アーニンが確信を得たように手を伸ばす。

 

 これに捕まれば、開始早々アーニンからコウへ鬼役はバトンタッチだ。


 しかしコウは躱さない。弟と妹を相手に培ってきた鬼ごっこの極意をいま見せるとき!


 土手っ腹に掌底のように叩き込まれる手のひら。これを上から掴み取るように、


「グボベェ?!」


 掴み取れなかった。


 もろに鳩尾に掌底を喰らい、その場にうずくまるようにして転げ回るコウ。


 完全に正中線上にある人体の弱点へクリーンヒットして、身動きひとつ取れやしない。しかしルール上、現在の鬼役はコウに移ったから誰も近寄ろうとしなかった。


 リアエルはスマホでの撮影役兼範囲の目印役としてその場を動けないし、誰もが遠目で呻く少年を眺めるだけ。


(いや、誰か助けてぇ?!)


 心の叫びは、虚しく心中に反響するだけだった。




   ◆◆◆◆




「マライカさん……よりもまずはラーカナさんに見てもらったほうがいいかな」


 コウはスマホを操作して、リアエルに撮影してもらった鬼ごっこの光景が映った場面を見せる。


「これはなにさね? スゴイ、絵が動いてるさね!」

「そうそうこれは『頂点をねらえ!』ってアニメでな、まだセル画だった頃の古い作品なんだけど、スポコンとロボットとSFが見事に融合調和した傑作で、しかも全6話だから今からでも見やすい! 超オススメのアニ——じゃなくって!」


 再生する動画を間違えてしまったようだ。


「あっれ、いつでも見られるようにダウンロードしといたの忘れてたぜ……こっちこっち。こっちが本命な」

「これは……女の子がたくさんいるさね」

「コイツはいわゆるハーレムものってやつだな! 個人的には主人公の好きな人がバシッと決まってる作品ならハーレムは許せる。ToLIVEるとか——じゃなくってさ!」


 またしても再生する動画を間違えてしまって、肌色多めの映像が流れてしまう。

 異世界にアニメという文化はないからそこに『何が映っているか』よりも『映っていること自体』に驚いてくれたお陰でうやむやにできた。


「うっ……?!」


 しかしそれはスマホが初見のラーカナと村の人たちだけだった。


「キミ、そういう女の子が好みなのね」

「リッちゃん! いや違うんだこれは俺の好みというより、もはや見るのは義務っていうかいや話聞いてよリッちゃん……!」

「しらない」


 本編とは関係のないところで、またしても好感度が下がってしまったコウ。


 果たして、これから心身ともに距離が縮まることはあるのか! 乞うご期待!




   ◆◆◆◆




 小舞を掻くのは初めてだが、手先は器用なほうであるという自負があるコウ。


「こんな感じで、指二本の感覚で均等に並べて、紐でくいっくいっくいっと、交差するように縛ってきます」

「なるほどな、わかったぜあんちゃん!」


 流石は村一番の頭領とその子分。一度手本を見せてしまえばあとは任せてしまっても大丈夫なほど飲み込みが早かった。


「リッちゃんはどんな具合?」

「ん、こんな感じ……?」


 リアエルも要領は良く、すぐにやり方は覚えたのだが、いかんせん彼女は可憐な乙女である。力が足りないのか、紐の縛りが甘かった。


「そうそう、合ってる合ってる。あとはこう、もっとキツめに縛るといいかな」

「緩まないように常に力を入れながらって難しいわね……ちょっと手伝ってもらえる?」

「リッちゃんの頼みなら喜んで! すぐ自分の面終わらせてくるから待ってて!」


 頭領もビックリするほどの速攻で担当する一面を終わらせて、コウはリアエルの手伝いへ馳せ参じた。


 小舞の作りが雑だったり甘かったりすると、荒壁土を盛り付ける際に悪影響が出てしまう。それをわかっているからか、リアエルは丁寧に作業をしていた。


 故に、進みは遅く、指先は擦れて赤くなっている。


「リッちゃんお待たせ! 代わろうか」

「ダメよ、きちんと最後までやらせて。キミは手伝ってくれるだけでいいから」


 真剣に打ち込む真面目な姿に心をズキュンと撃ち抜かれて、コウは「わかった」と頷く。


「柵がズレてきちゃうから支えてもらえない?」

「オッケー!」


 親指を立てて、早速言われた通りタタケで作られた小舞が動かないように手を添えてやる。


「手が邪魔よ。反対側に回り込んで」

「オッケー!」


 すぐ隣に立てるいい口実となっていたのだが、作業の邪魔になってしまうのは本意ではない。


 コウは言われた通り小舞を挟んで反対側へ回る。


 これはこれで正面から天使のような美少女を拝めるから眼福であった。


 リアエルが縛り付けている小舞が動かないようにしっかりと支えてやる。


「こんな感じでいい?」

「そうそう、そのままお願い」

「オッケー!」


 大好きな女の子の役に立てて舞い上がっていたコウは気がつかなかった。


「できた!」

「やったなリッちゃん! さて、お次の作業は——」


 振り返ってハッとした。


「あれ、俺……出れなくね?」


 頭領も子分も作業が終わっていて四方が小舞で囲まれ、まるで牢獄に捕らえられた囚人のようになっていた。


「キミ、勝手に動かれると大変だからしばらくそこでおとなしくしてなさい」

「リッちゃん、まさかこれを狙って?!」

「さて、なんのことかしらね?」


 楽しげに笑う彼女の笑顔。


 誰もが虜になってしまう悪魔的な微笑は……確信犯であった。




   ◆◆◆◆



 

 妖しく輝く蒼き月の夜、月光を背に浴びながら岩山の遥か頂に佇む二人の男の姿があった。


 コートの大男は、手と膝を地面につけ、頭を大地に深々と突っ込んでいる。側から見たら馬鹿らしい光景だが、本人は大真面目である。彼が持つ加護の力によって、影の中に呑まれているだけだ。


「あ。」


 しかしコートの大男は手を滑らせ、頭どころか真っ逆さまに落ちていってしまう。


 そうとは知らず、断崖絶壁に腰掛けて足を投げ出しているのはタンクトップに髪を逆立てた、野性味を感じさせる男。

 無駄なく引き締まった四肢は力と俊敏性、双方を併せ持つ。


 男は人差し指と親指で丸を作って、ここからでは見えない遥か遠方の森を覗き込む。


「旦那、向こうはどんな様子で?」


 タンクトップの男は視線を固定させたまま背後に向かってぶっきらぼうに聞く。


「あれ、旦那?」


 返ってくるセリフが一向に返ってこなくて不審に思い、振り返る。


「えっ、旦那ぁ?!」


 あるはずの姿がないことに驚き、立ち上がる。


 確かに普段はあまり喋らない無口な人だが、長年の付き合いなのに、まさか無言でどこかに行ってしまうなんてことがあるのだろうか。

 そんなことがあっていいのだろうか。


 きっと何かあったに違いない。急用か、それとも声をかける暇すらないほど早急に解決せねばならない事件でも?


「というかこの状況、非常にマズイですね……」


 コートの大男の加護の力を借りてこの岩山のてっぺんまで登ってきたというのに、いったいどうやって降りればいいのだ。


「旦那ぁぁぁ助けてくださいよぉぉぉぉぉ!!!」


 一人で泣き叫ぶタンクトップの男の泣き声を、蒼い月だけが黙って聞いていたのだった。




   ***




 日も登り、朝日が眩しく差し込んできた頃。


「ぐすん」


 タンクトップの男は未だに岩山の頂で膝を抱えてすすった鼻水を飲み込んでいた。


「あー。おい。」


 唐突に聞こえてくる低くて聞き取りにくい声。でも聞き慣れた、頼もしい相棒の呼び声。


「旦那ぁぁぁぁぁぁぁ!! どご行っでだんでずがぁぁぁぁ!?!?」

「手が滑って。気を失っていた。」


 目にも留まらぬスピードでコートの大男にタックルするように飛びつく。


 二人の絆がさらに深まった瞬間であった……。




   ***




 カクヨムにはあとがき的なシステムが見当たらないので本文中に失礼します、鶴亀七八ですm(_ _)m


 これにて本当の意味で第一章は終わりになります。


 次からは第二章がスタートするわけですが、こちらの勝手な都合により二章を書き切ってから投稿するという形を取ります。


 なので第二章が始まるまでお時間を頂きます……!


 ちなみにこれを書いている今現在は15話を執筆中。一章と同じ文量になるとしたらまだ半分もいってません……。


 首を長くして待っていてくださると幸いです。


 それでは、最後までお付き合いありがとうございました。


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