第8話 私の発達障害を親に聞く

 先週の日曜に離れて暮らす両親が『白菜をつけるのとミカン狩りをするから(お手伝い要員と荷物持ちで)来い』と言われた。

 私としては家の野菜が不足していたので二つ返事で了承した。


 両親の家に着いた夜に四つ割りにした白菜に塩と昆布、唐辛子をまぶして漬けた。(親が塩の分量を量るためにスマートフォンを操っている姿を見て驚く私)

 翌朝。

 私たちは早朝から蜜柑山に行くため車を飛ばした。

 その時、私はこんなことを聞いた。

「私が発達障害(自閉スペクトラム症候群)と知った時、どう思ったの?」


 私が発達障害(自閉スペクトラム症候群)と知った時、両親は何の変化もなかった。

 泣いて「私の子供は障害じゃありません!」と叫んだり、「嘘だ!!」と怒るわけでもない。

 むしろ、「海の水は塩辛いです」と言われているぐらいの至極当然的な顔をしていた。

 実際、検査をした施設から出たとき、私も実に平然としていた。

 当時の自分をありありと思い出すことはできないけど、当時の私は『まあ、こんな変わったやつが異常じゃなかったらおかしいわな』と自分を蔑んでいた。

(当時は今より厄介な奴だった)


 助手席にいた母は「そうねぇ」とペットボトルのお茶を飲んで言った。

「私たちもね、天美がおかしいとは思っていたわ。

 で、色々なところに連れて行ったんだけど、みんなこう言うのよ。

『様子を見ましょう』

 当時は発達障害なんて言葉がなかったからね。

 だから、色々なことをしたし、天美を傷つけてきたのかもしれない。

 それは謝る。

 でもね、当時の私たちも精いっぱいやれるだけのことはやったわ。

 だから、素直に受け入れることができたと思うけど、実際は違ったかな?

 私たちも聞いた当時は自分たちの中に『治るもの』という意識があったのだと思うの。

 でも、(今かかっている病院の)先生が『これは、一生治りません』と言われたとき、初めて『これからどうするか?』を考えたわ」


 本当はもっと長いが、要約するとこんな感じだ。

 母は泣かなかった。

 父も運転していた。

『親も苦労しているなぁ』

 私はそう感じた。

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