天栗結は甘くない
森坂 輝
プロローグ
証拠・立証・反証、全ては虚構。必要無いから求めないでほしいというのは彼女の口癖だ。
「ずばり、この間の犯人はこいつだよ」
彼女は持ってきた写真に写っている男を指差して、したり顔でそう告げる。
警察署にいる適当な警察官を捉まえて勝手に話しているとは思えない自信だった。
「……冷やかしなら帰ってくれるかな」
「……おかしいな。ボクも仕事をしに来たのだが」
「いやー、そう言われてもね。こっちも仕事だから」
しかし、当然の事ながら全く相手にされていなかった。探偵がよく被っているような帽子を被った茶髪の女性の傍らには酷く怯えた様子の男が立っており、彼女の妖しさというものをよく際立たせていた。
「どうした、何の騒ぎ……って、あぁ、そういうことか……」
「……依頼を受けたというのにこの扱いは酷くないかい? ボクの心は著しく傷付いたよ」
「すまない。おい、通してやれ」
しばらく警察官の男性と揉めていたら、後ろから現れたのはベテランの風格漂う男性刑事だった。その男性は彼女の姿を見るなり溜息を吐いて、手招きをした。
「もういい。これだけ渡したらさっさと帰らせてもらうさ」
「そうか。今度からはちゃんとアポ取ってから来てくれ」
「善処するよ。とにかくきちんと依頼はこなしたから。頼むよ、本当に」
とぼとぼと帰途に着く彼女。その横では申し訳なさそうに頭を下げながら並走する男が。なんとも異様な光景であったのは間違いない。
まるっきりテンションの落ちた彼女の後姿を苦笑いで見つめた後、男は受け取った写真を見やる。見覚えのある男だった。一昨日に起きた殺人事件の捜査線上に上がっていた男であったが、犯人であるという確固たる証拠まではまだ手に入れられていなかった。
「津久田さん、それどうするんですか?」
最初に彼女と話していたのは新人の警官らしく、まだ事情を知らなかったらしい。とは言っても知っている人間の方が少ないが、別に知る人間が増えたところで問題は無い。
「あぁ、この写真の男な。《この間の事件の犯人》だ」
「⁉ 津久田さん、あの胡散臭い女探偵(笑)みたいなのが言ってたこと信じるんですか⁉」
「まぁ、そういう反応にもなるか……」
困ったように笑いながらも否定はしない津久田と呼ばれた男。階級は警部。年の功は恐らく五十近いか。ガタイが良く、髭面が特徴的な男だったが好きな物は甘味という彼。
確かに信じるなんて馬鹿らしい、と思うだろう。だが依頼をしたのはこっちの警察側であり、彼女は道楽でそれをやったのではなく仕事でこの写真をここまで持ってきていた。
「……化物だよ、あの女は」
つい零れてしまったのはそんな言葉。彼女を言い表すには最も適した言葉であることだろう。それに頼らざるを得ないという警察の至らなさも踏まえて表情は明るくは無い。
「津久田さんがそこまで言うなんて……とんでもない人なんですね……」
「あー……そうだな。とにかく漸くヤマが動きそうだ。来い、高橋」
「はい‼」
高橋と呼ばれた新人刑事も今日で信じることになるだろう。何せ、彼女の犯人的中率は驚きの百パーセント。今まで一度も外したことが無いという。
しかもそれは一度や二度の話ではなかった。
一方その頃警察署の外では、奇妙な二人組が歩いていた。依頼を終えた帰り道はいつもこうだ。彼女はダルそうに、もう一人はどうにもいたたまれない雰囲気を醸し出していた。
「あ、あの……」
「ん? どうしたんだい、助手君。……まさかとは思うけど」
事務所までの帰り道。ついに決心したのか、助手と呼ばれた男性は重苦しく口を開いた。
その様子に言い様も知れない既視感を覚えた彼女は、唐突に焦り始めた。
何度もこんなシーンに出くわしていて、何度も同じ思いをしてきたのを思い出す。
「すっ、すみません‼ きょ、今日でお暇を貰います‼」
「や、やっぱり⁉ ちょ、待って――」
案の定、助手を辞める宣言をされてしまった。猛然とどこかへと走り出してしまった元助手の後ろ姿を呆然と見つめながら、引き留めることも叶わずに一人道に残される彼女。
奇妙な二人組から、ただの変人一人に。今日も今日とてまた助手に逃げられてしまったことを涙無しでは語れない。もう何人目かも覚えてないのがまた辛いところだ。
「……はぁ。しばらく休業だね、これは……」
更に肩を落として一人帰途に着く女性の名前は私立探偵、
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