第31話 邂逅

 ギルドに帰った私の目に飛び込んできたのは、めちゃくちゃに破壊されたフロアでした。机や器物、書類が床に散乱しています。床や壁に穴が開いているところもありました。


「怪我人は」

「重傷者数人。そいつらは治癒院に運ばれた。あとは軽傷者ばかりだ」


 私の質問にギミーさんが答えました。


「魔人はなぜギルドを襲ったのでしょう」

「分からん。だが例の男が一緒だった。街のは陽動でこっちが本命だろうな」

「ツモアがいたのですか! 奴らは今どこに」

「それも分からん。追跡どころじゃなかったんだ。だがギルドから何かを持っていったのが見えた」


「戻ったか。マリーン」


 そこにギルマスが来ました。彼は無事だったようです。


「奴らが奪っていったものがわかったぞ。瘴石だ。金庫に入っていた瘴石をすべて持っていかれた」


 瘴石はギルドで厳重に管理されていました。ツモアたちはその瘴石を奪って行ったのです。街中から集められた瘴石はかなりの量になります。私は瘴石で魔物化したクロークロウやトレントのことを思い出しました。


「瘴石で魔人を増やすつもりですか!」

「おそらくそうだろう。だが問題はどうやって魔人にするつもりかだ」

「誰を魔人にするか、ではなくてですか」

「あれだけの瘴石を持っていったのだ。だれか1人2人を魔人にしたいのではなく、もっと大勢の人を魔人化させるつもりだろう。だがその手段がわからん。一人一人相手にするわけにもいかないだろう。時間と手間がかかりすぎる。とにかくお前はこのままここで情報を集めなさい。ツモアの情報が入ったら追うように。私は領主に報告に行かねばならん」

「分かりました」



 ギルマスは領主のもとへと向かいました。私はギルドの復旧を手伝いつつ、ツモアが次に何をするか考えます。大勢の人を魔人化させるにはどうすればいいのか、ツモアはどうするつもりなのかを予測します。


 例えば井戸に瘴石を放り込んで、水を飲んだ人を魔人化できないでしょうか。いや、それだとせいぜい最初に飲んだ数人が魔人となるだけです。


 もっとこう、気づいた時には大勢が巻き込まれていて手遅れになるような方法……、遅効性か、もしくは分かっていても巻き込まれざるを得ない何か……。飲食物以外で瘴気を摂取するとしたら・・・。


 その時、床に積もったちりが風に吹かれ舞い上がりました。ギルドが破壊されたことによって机の上にも砂ぼこりが積もっています。職員の一人がそれを吸い込んでせき込みました。


 それを見た私の頭にまさかの文字が浮かびます。



 まさかツモアは、瘴石の砂塵をばら撒き吸い込ませることで魔人化させるつもりではないのでしょうか。人は呼吸しないでは生きていけません。


 確証はありませんが、私は推測を続けます。


 もし粉にした瘴石をばら撒くとして、どこから撒くのがいいでしょうか。出来れば高いとこから散布したいでしょう。そして街全体にばら撒くためにできるだけ街の中央を選ぶはずです。


 そんな場所はこの街で一か所だけです。その場所は、時計塔です。



 私はギルドを飛び出し時計塔を見ました。拾った書類で筒を作り、スキルを発動させます。筒を覗いて遠くを見ると、遠くの物が大きく見えますよね。あれは目の錯覚なのですが、その性質のおかげで筒ならなんでもスキル「望遠」を付与することができます。


 私は即席望遠鏡で時計塔の屋上を見ました。展望台となっているそこには人影が二つ見えます。ツモアと魔人がそこにいました。



「ギミーさん、今すぐ戦える人を集めて時計塔に向かわせてください!」


 ギルドに戦える人は残っていません。街に散らばった戦力を集め直さないといけませんが、時間がありません。私はギミーさんに任せて一人先に時計塔へ向かいました。






 時計塔から街を見下ろすと、あちこちで魔物や魔法が飛び交う様子が一望できた。冒険者も衛兵も軍隊も、皆街を守ろうと奮闘している。逆に魔人2人が暴れまわることでそれを妨害していた。2人の働きによって瘴石を冒険者ギルドから持ち出すことができた。計画のために進んで囮となってくれた2人にツモアは心の中で感謝を述べた。


 隣ではもう1人の魔人のナルネアが「土魔法」で瘴石を挽いて粉にしている。これを今から街に散布するのだ。彼女は土魔法に加えて「水魔法」と、「風魔法」の発展スキル『暴風魔法』を持っている。彼女ほど散布に適した仲間はいなかった。


 いい仲間を持った。ツモアはそう思った。かつては1人で瘴気の研究をしていた。そのために他人を使うことはあったが、それは利用するための関係。仲間ではなかった。ツモアは長年孤独な研究を続けて来た。


 そして今日、ようやく研究の成果が発揮される。


「もうすぐだ、もうすぐ始まるよ。マナ」


 ツモアは、自分の娘に向けてそう言った。しかし返事はない。彼の娘は遠い昔に亡くなっているからだ。今は故郷の墓で眠っている。彼の言葉は虚空へと消えていった。



「準備出来たわ。ツモア」

「分かった。始めてくれ」


 ナルネアが魔力の操作を始めた。『暴風魔法』を発動させる準備だ。そうして魔法が発動しようとした時、彼らのもとで爆発が起こった。炎が二人を包み込む。


「ツモア、大丈夫?」


 ナルネアが聞いてきた。彼らの周りに水のバリアが張られていた。ナルネアが張ったのだろう。おかげでツモアは無傷だった。


「ああ、おかげで大丈夫だ。敵か?」

「ええ、そうみたい」


 ナルネアが屋上への入り口に目をやった。そこにいたのは一人の女性。20代か、もしくはまだ10代にも見える彼女は、スリングショットを構えていた。



「あなたたちの企みもここまでです。おとなしく投降しなさい。ツモア」


 ツモアは彼女を知らない。だが彼女はツモアのことを知っていた。ここに来たということはツモアたちがここで何をするつもりなのかも知っているのだろう。


「あなたたちのやろうとしている事は、到底許される事ではありません。絶対に阻止します」


 彼女はツモアたちに、力強くそう言った。

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