第8話 買い物
次の晩、私とメルムさんは大通りが見えるところにやってきました。他人がいる空間に慣れてもらうためです。まずは遠くから見て慣れていきます。
「メルムさーん、平気ですかー」
私は隣にいるメルムさんに声を掛けました。彼女は小さくうなずきました。どうやら近くに入らなければ大丈夫そうです。
ふいにメルムさんがある屋台に目をやりました。どうやら串焼きの香りに食欲を覚えたようです。
「買ってきましょうか」
「……いいんですか?」
「代金はギルドの経費で落とすので問題ないです。ここで待っていてくださーい」
私はそう言うと、二人分の串焼きを買ってメルムさんの隣に戻ってきました。
「じゃあ、渡すので、触れますね」
私はメルムさんが頷くのを確認すると、ゆっくりと近づきました。
一歩、二歩、三歩、四歩、そして五歩。私がメルムさんに触れるのは初めてですが、なんとか耐えられているようです。今まで何度も会っている分、少しは心の距離が縮まったようです。
「どうぞ」
そう言って私は串焼きを渡し隣に戻ると、一緒に串焼きを食べました。ギルドの経費で食べる串焼きはとてもおいしかったです。
私はさらに次の段階に移ることにしました。行うのは、他人と触れ合う訓練です。
私はメルムさんに近づいていきます。メルムさんは体を触られる感覚に一瞬硬直しましたが、なんとか我慢できたようです。そのまま慣れるまで何度も近づきます。訓練は何度も繰り返し行われました。
そして依頼を受けて26日目となりました。
「あっ……」
接触訓練中にメルムさんが声を上げました。
「どうかしましたか」
「……区別が、付きます。触られていません」
ついに待望の瞬間が訪れました。彼女のスキルレベルが上がったのです。
彼女はあるスキルを持っていました。「共感覚 LV1」です。
共感覚というのは、ある感覚を受けた際に別の感覚が引き起こされる現象です。例えば文字に色を感じるなどです。
彼女の共感覚は、触覚とパーソナルスペースでした。パーソナルスペースというのは簡単に言うと、他人に近づかれて不快感を覚える範囲のことです。相手が親しいほど不快感を覚える距離は狭くなります。この不快感と触覚が彼女のスキルによって結び付けられていたたのです。
メルムさんは偶然このスキルを人混みの中で習得してしまいました。さらに、このスキルは本来の触覚と区別が付きませんでした。そのため全身をまさぐられたように感じ、トラウマとなったのです。
そこで私は、スキルの訓練を行うことでレベルを上げることにしました。スキルはレベルが上がるほど使いこなせるようになります。触覚と共感覚の区別がつくようにしたのです。
ちなみに、外に慣れる訓練はその前段階として、私が近づいても耐えられる程度にトラウマを解消し親しくなるために行いました。不快感が強いほど強い触覚を感じてしまいさらにトラウマが強くなる悪循環となるためです。
最初の頃は3メートル以上離れていないといけなかったので、常に大声で会話をしないといけなかったので大変でした。
依頼最終日、メルムさんは一人で買い物をしました。共感覚の区別がつくようになった彼女は、他人に近づくことができるようになったのです。こうして私は依頼を達成したのでした。
====================================次回予告:ごみ編
街で度々発生する魔物、その出所を探るマリーンがたどり着いたものとは。そしてマリーンの戦闘スタイルがついに明らかに。
ぼちぼちストーリーも動き出します。乞うご期待。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます