辺境のマリーン 〜ギルド嬢の事件簿〜

源平氏

第1話 薬草の遺言

 冒険者ギルドは今日も依頼を求める人々で一杯です。その喧騒は受付の裏側で働く私たち事務員にとっては聞きなれたBGMです。ロビーを見れば、まるで餌付けされた鯉のように冒険者が群がっている姿が見られることでしょう。あわただしい冒険者の相手をする受付嬢に配属されなくてよかったと思います。



 辺境の土地だというのに王都に匹敵する賑わいを見せているのは、ここが開拓最前線の都市ヨハンだからでしょう。都市と言ってもまだ半分ほどしか完成しておらず、土木事業が現在進行形です。そのため魔物と戦えない冒険者でも仕事に困らない、どころか人より仕事の方が多いほどです。



 さらに王国から開拓経費や物資がわんさか来るためヨハンは好景気でした。代償は市民の休日です。



「マリーン、ちょっといい?」



 同僚のエルーシャが話しかけてきました。彼女は私と同じ依頼管理課の配属です。管理課の主な業務は依頼の受理・発行・記録です。



「常駐依頼の薬草採取なんだけど、納品先から薬草の質が悪いってクレームがあってさ。そっちで担当してくれない?」


「薬草の納品先ということは商業ギルドからですか」



 薬草は回復ポーションの材料として、品質に応じた規格で分別し納品されます。ですが、高品質の薬草の納品量が減ったということはなかったはずです。むしろ月を追うごとに増えていたはずでした。



「それが、ポーションの質が悪くなった、分別はちゃんとしているのか、って言ってるんだよね」


「それ、クレームじゃなくて監査要求では」


「そうなの? わかんないから引き受けてよ。代わりの案件引き受けるから」


「別にいいですけど、分からない事から逃げてたら一生分からないままですよ」


「いいもーん。その内優秀な冒険者と結婚して退職するつもりだし」



 エルーシャは悪びれもせずにそう言いました。



「結婚するなら将来が不鮮明な冒険者よりも、安定した職業の人がいいと思いますけどね」




 というわけで、私は調査のために解体場にやってきました。ここでは冒険者が狩ってきた魔物を解体したり、品質を査定しています。薬草の査定もここで行われます。



「薬草の分別? もちろん規定通りやってるよ」



 そう証言するのは専属鑑定士のギミーさん。彼はスキル「鑑定 Lv6」を持っています。



 スキルというのは人が後天的に得る特殊能力の総称です。努力や才能に応じてそれに見合ったスキルが発現し、さらにスキルを使い続けることでレベルが上がりより性能を上げることができます。「鑑定」は対象の能力や性質を調べることができるスキルです。このレベルなら薬草の良し悪しまではっきり分かります。



「一応私もここに仕分けてある物を見せてもらっていいですか」


「おう、いいぜ」



 私は高品質に分別された薬草の一つを手に取ると、とあるスキルを発動させました。



『もしもし、聞こえますか』


『なにか用かな、お嬢さん』



 スキル越しに返事をしたのは私が手にした薬草。これが私の持つスキルです。効果は、物に命を与える、という珍しい物です。私はスキル「鑑定」を持っていませんが、薬草のことは薬草に聞けばいいと思った次第です。



『今の体調はどうですか。健康ですか』


『土から引っこ抜かれたのに、いいわけないだろう』



 草風情に呆れられました。確かにその通りですが。



『あなたは今からポーションの材料になるんですけど、毒とか持ってますか』


『私にとって自分の体は毒でも薬でもない。たとえ人間にとって薬でも用途を誤れば毒にもなるし、その逆もありうる。それ以上でもそれ以下でもない』



 うーん、深いこと言ってるように見えて、何もわからない。



『これから死にゆく私に仮初の生命など不要だ。心を持ったまま死を待つくらいなら、今ここで死ぬ』



 薬草はそう言うとただの薬草に戻りました。アーメン。


 その後他の薬草にも尋ねてみましたが、結局手掛かりは掴めませんでした。





 次に私は資料室にやってきました。薬草関連の帳簿の確認のためです。



 私が考えた可能性は、高品質でない薬草を高品質にまぜて水増ししている職員がいることです。そうすれば商業ギルドに卸した時の買取価格が増えますので、増えた金額分を懐に入れれば小遣い稼ぎができます。



「少なくともうちの資料では帳簿に変な点はありません」



 そう言って資料を見せてくれたのは、資料室勤務のニーモさんです。彼女は職員のごみ箱と言われる資料室に配属されて3年経っても辞職しない猛者です。仕事がないので全ての資料を把握した、とは彼女の談です。



 私は早速資料を確認していきました。



「うわっ、この人低品質な薬草ばかり納品してる。こっちの人は薬草だけで大金稼いでてすごい」



 こういう資料を見ていると、冒険者の面白い一面が見えることがあって楽しくなってきます。あなたのこと知っていますよ、という愉悦がありますよね。私だけですか。そうですか。



 その後、数時間かけ全ての資料を確認しましたが問題はありませんでした。後は商業ギルドの帳簿と内容が一致すれば不正はないことになります。



 冒険者ギルドに問題があると決まっているわけではありません。帳簿が一致すれば調査の結果問題なしと言ってしまってもいいのですが、何かが引っ掛かります。まだ見落としがあるような気がするという漠然とした感覚。結局それが何なのか、その時の私は分かりませんでした。






 商業ギルドで帳簿を確認してもらった結果、内容は完全に一致し、不正はついに見つかりませんでした。冒険者ギルドに帰ってきた私はロビーに併設されている定食屋に息抜きに来ました。書類仕事で疲れた脳が糖分を欲しているのを感じます。今日は優雅にミルクティーの気分です。



「お疲れ様ー」



 そう言って私の向かいに同僚のエルーシャが座ってきました。わざわざ別の席に座ったというのに。そもそもなぜ店にいるのですか。



「マリーンと同じで息抜きに来てたんだよ」


「そんな暇あったら仕事してください」



 私のブーメランは戻って来ない設計です。



「こっちも大変なんだよ。ブラッドラットの案件なんだけど、駆除だけじゃなくて発生原因も調べろってギルマスに言われてさ」



 ブラッドラットは魔物化したネズミです。魔力の一種である瘴気に強くさらされた生物は魔物になり、瘴気を生み出すようになります。ですので魔物がいれば全滅させなければ魔物が生まれ続けてしまいます。最初は無力な小動物から魔物化しますが、それを多く食べて大型動物が魔物化すると危険ですので街に魔物がいれば即駆除となります。



「街の外から入ってきたのでは」


「それが、何度駆除しても同じ区画で発生するんだよ。町の中心区。そこに何か原因があるんじゃないかって」


「駆除しきれてないだけでは」


「探知系スキル持ち20人動員してしらみつぶしにしたのに?」


「瘴気だまりでもあるのでしょうか」


「魔物がいないと瘴気なんてすぐに魔力に戻るでしょ」



 魔物の肉も解体後に半日ほど寝かせれば瘴気が抜け安全に食べられるようになります。



「探知にかからないレベルの潜伏スキルを持った魔物が潜んでいるのかもしれないですね」


「そんなのどうやって見つければいいのさ……」



 エルーシャはうなだれました。



「で、そっちはどうなの?何かわかった?」


「……さっき商業ギルドで話を聞いたんですけど、向こうが調査した結果、納品した薬草の中に毒草が混じってたそうです」



 薬草にそっくりな見た目で、弱い毒を持つ草があります。冒険者の方もよく間違えて採取するので、レベル4以上の鑑定士が一本一本鑑定するように規定されています。



「えっ、それって……」


「ギミーさんに詳しく話を聞かないといけないですね」




 私は再び解体場にやってきました。連れてきた警備員の方がギミーさんを拘束します。



「なっ、なんだ!? 何をする!はなせ!」



 暴れるギミーさんが取り押さえられたのを見て、私はギミーさんの前に立ちました。



「ギミーさん、商業ギルドに納品した薬草から毒草が見つかりました。すいませんがご同行お願いします」


「俺はそんなことしてない! 何かの間違いだ!」


「言い訳は取調室でどうぞ。監査部の方が詳しく話を聞いてくれます。ああ、ちなみにその間は別の鑑定士を雇いましたので業務の心配はしなくて大丈夫ですよ」



 その場で臨時の鑑定士に頼んで分別済の薬草を確かめたところ、毒草が混入していました。もう言い訳できません。こうしてギミーさんは取調室へドナドナされたのでした。



 これで一件落着ですね。





 次の日、私は衝撃の知らせを受けました。またも毒草が混入していたというのです。



 知らせを受けた直後に商業ギルドに呼び出された私は、怒る先方に平謝りする羽目になりました。相手の説教に相槌を打つ大変な作業が続きます。なんとか信用を取り戻さなければ業務提携を切られる可能性もありますので下手な対応はできません。



「謝罪する暇があったらとっとと原因を探せ! このボケー!」



 私は追い出されるように商業ギルドを出ました。理不尽です。





 冒険者ギルドに戻った私はギルマスに呼び出されました。現状を報告しろとのお達しです。私は昨日のいきさつを説明しました。



「では、昨日納品した薬草は確かに毒草を取り除いたというのかね」



 私にそう聞く初老の男性こそ、冒険者ギルドヨハン支部のギルドマスター、ジェームズさんです。



「はい。臨時で雇った鑑定士の方に取り除いてもらいました。私も立ち会いました」


「ギミーは否定しているのだろう?」



 そうなのです。ギミーさんはいまだに犯行を否定し続けています。こうなってくると、犯人は別の人物の可能性が高くなってきました。



「状況は分かった。この件はギルドの信用問題にかかわる重要案件だし、他の業務は同僚に任せて解決に専念しなさい。監査部も自由に動員してよろしい」



 まさか薬草ごときでここまで話が大きくなるとは思いませんでした。気が重いです。



「早急に解決出来たらボーナスをやってもいい」



 なんとしてでも解決しないと!



「できなければ減給だ」



 なんとしてでも解決しないと!







 私は監査部の方たちに事件を手あたり次第調べるよう指示を出した後、ロビーの定食屋でカフェオレを飲んでいました。今日はエルーシャは一緒ではありません。彼女は私の分の業務を抱えて絶叫していました。



 あー忙しい。実に忙しい。



「薬草の買取ができないってどういうことだ!」



 ロビーに冒険者の怒声が響きました。商業ギルドが原因が特定されるまで納品を拒否したためこちらでも買取を停止したのですが、知らずに持ってきたようです。



「こっちは薬草の採取だけで生活してるんだ! 俺に路頭に迷えって言いたいのか!」



 どうやら彼は昨日帳簿で見た、薬草採取ばかりしている方のようです。薬草はモンスターがいる場所にしか生えず栽培が成功したこともありません。ですので魔物の狩猟のついでに採取するのが一般的でした。



 また、薬草は芽を出して3日で枯れてしまうため場所が一定でなく、安定して採取できる人はほとんどいないので小遣い稼ぎに採取する人がほとんどです。



 薬草事件の影響が冒険者にも広がり始めていました。





 手掛かりを求めて私は倉庫にやってきました。サンプルとして取ってあった毒草に話を聞いてみます。



『どうやってここに来たのかって? 気づいたらここにいたんだよ』



 うーん、使えないですね。魂を与えられても所詮草ですか。他の毒草も同じような事ばかり。わからないだとか、覚えてないとかばかりです。私はなんとなく薬草も手に取ってスキルを発動させました。



 その効果は凄まじいものでした。手の中で薬草が紫色に変わり、根が大量に伸びたかと思うとその根を足のように使いジャンプしたのです。



「ぎゃあああああ!」



 乙女らしからぬ悲鳴を上げてしまったのも仕方ないと思います。それくらいのびっくり仰天の光景でした。誰もいなくてよかったです。見られれば私のクールな印象が台無しです。



「人間が憎い! 憎いぞ!  引き抜かれた恨み!復讐だ!」



 薬草であったそれは、私の足元で葉を広げ、根を広げ、ゆらゆらとこちらを威嚇しています。



「えい」



 踏みつけました。何の遠慮もなく、何の罪悪感もなく。



「ぐあああああああああ!」



 こうして元薬草の魔物は致命傷を負い死んだのでした。




 以前、私のスキルで似たような事が起こったことがあります。死んだ魔物の骨にスキルを使ったところスケルトンが生まれて大騒動となりました。原因は瘴気でした。私のスキルは普通の物体に使えば友好的な人格を得ますが、瘴気を持つ物体に使うと魔物となります。



「薬草が瘴気を含んでいる……。一体どうして……」



 これは常識的にはありえないことです。植物には瘴気に対する耐性があると考えられています。そうでなければ森の植物は皆魔物となっているはずだからです。瘴気が非常に濃い場所であればトレントなどの植物モンスターが生まれることもありますが、普通の森ではまずそのようなことは起こりません。



「もしかして他の薬草にも瘴気が含まれているのでしょうか」



 結論から言うと、ありました。そこそこの数で。それも高品質の薬草にばかり。



「もしかして……、いやでも……」



 私の中で、ある一つの仮説が生まれていました。





 私は解体場である実験をしていました。一緒にいるのは臨時の鑑定士さんと、証拠不十分で解放されたギミーさんです。私たちの目の前には薬草が並んでいます。



「あっ!? 毒草に変わりました!」


「毒草だ! 毒草になったぞ!」



 鑑定持ちの二人が同時に声を上げます。私はスキルを発動させました。すると毒草は魔物に変化しました。ギミーさんが無事殺して実験は終了です。



「やはり、瘴気を含んだ薬草が鑑定された後に時間差で毒草に変化していたんですね」



 思えば毒草たちの証言も、ここで毒草として生まれたと考えれば納得できる内容です。気が付いたらここにいた、つまりここで生まれたのです。



「まさか、毒草と薬草が同じ種属だったとはな」



 事件の原因が自分でないと分かったギミーさんは力の抜けた声でそう言いました。そう、これは新発見です。薬草と毒草で鑑定の結果が異なるため別種とされていましたが、元が同じならそりゃそっくりなわけですね。






 翌日、私はある冒険者が借りている物件の前にやってきました。



「彼は中にいるのですね」


「はい、中に入るのを確認しました」



 私の質問に、衛兵の方が答えます。私たちは今、今回の事件の犯人の確保のために包囲を形成していました。



「それでは、全班、突撃!」



 私の号令によって、衛兵の方が一斉に家に突入します。家の中は蜂の巣をつついたかのような騒乱となっていました。



「なんでマリーンが仕切ってるのさ」



 エルーシャが文句を言います。そう、実はこの検挙作戦はエルーシャの案件でした。



「すいません、こういう号令、一度かけてみたかったもので」


「対象を確保いたしました!」



 そうこうしているうちに伝令が届きました。さて、犯人の顔を見に行きましょうか。





 家の中は家ではありませんでした。なんと、床一面が畑!そこには大量の薬草が育っていました。そして、取り押さえられた中年男性がひとり。



「あなたがブラッドラットの発生の犯人ですね」


「何の話だ!? 俺は関係ない!」


「そうですね。あなたがしていたのは薬草の栽培だけですものね。いやー、すごいですよ。薬草の栽培に成功したのはおそらくあなたが初めてです。画期的ですよ。これなら安定して高品質な薬草を栽培できます。瘴気のせいで薬草が毒草となり、魔物が発生することを除けばですが」



 そう、犯人は、薬草採取だけで金を稼いでいた件の冒険者でした。



 彼の行動は不自然でした。安定して取れないはずの薬草を安定して多く採取し、しかし魔物を狩ることはない。まるで魔物の生息地で採取していないかのように。しかも高品質の薬草ばかり売っていたのです。



 毒草の混入の原因が瘴気と知った私は薬草の買取を再開させました。そして買い取った薬草を採取者ごとに分けておき、毒草を売った人物を特定しました。結果、彼の薬草のみが全て毒草に変化したのです。



 そして彼の行動を調査した結果、この家から薬草を売りに来ていることがわかりました。さらに調査した結果、家の中が瘴気だまりとなっていることが判明。家がブラッドラットの発生地区の中心であったことから、二つの案件がつながりました。



 薬草の栽培だけでは、法にもギルドの規定にも記述されていないため衛兵を動かすことはできません。しかし街に魔物を引き入れる行為は厳しく規制されている大罪ですので、こうして衛兵を動かすことができました。彼はこれから罰を受けるのでしょう。



 現場調査の結果、瘴気は畑の土に含まれていたことがわかりました。おそらく薬草が育つには瘴気が必要なのでしょう。今まで栽培ができないと思われていたわけです。犯人の彼は、土に瘴気を含ませることで薬草の栽培に成功したようです。



 しかし、土から直接瘴気を取り込んだことによって耐性以上の瘴気にさらされたため毒草に変化したのでしょう。畑となった床の薬草は青々と育っていました。




「そういえばさ、どうやって瘴気だまりを作ったんだろうね」



 エルーシャと私は事件解決を祝して食事に来ていました。私はパスタ、彼女はハンバーグを食べています。



「私の想像では、まず瘴気の残っている魔物の肉をひき肉にして土にまぜ……」


「まって! それ以上は聞きたくない。これが食べられなくなる」



 実際はどうやったのかわかりませんが、これから衛兵の方がじっくり聞いてくれるでしょう。ギルマスへの報告や商業ギルドへの説明も終わり、薬草の納品も無事再開されました。これにて一件落着となったのでした。




 開拓都市ヨハンは今日も活気に満ちています。開拓計画により好景気ですが、まだまだ人が足りない状態です。移住、出稼ぎ大歓迎!



 もしよければあなたもヨハンに来てみませんか?



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お読みいただきありがとうございます。<(_ _)>


次回予告:浮気調査編

 浮気調査をしていた冒険者が行方不明に。そして街に出回る偽の金塊。それらの事件を追う先でマリーンが見た物とは。乞うご期待

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