そして何もなくなった
@dhc
第1話
なんなんだ、なんなんだろう。
燻り、見えず、踏み切れず。
そして、ここにいる。
30も過ぎて、ここにいる。
同級生の、手の早い奴なら今頃中学生の子どもがいてもおかしくはない、気づけばそんな歳だ。
足掻いたところで何もない人間には何もない。英雄になるだとか、有名になるだとか、そんなこともなく。
働きにでて、怒られ謝り、理不尽にさらされ、煙草やコーヒーで渋い面持ちを誤魔化し、くたびれて帰る。パチンコか酒を飲むかたまに風俗に行って憂さを晴らす。
そんな当たり前の生活すら夢物語。
いや、付き合いきれず逃げ出した。
薄給の仕事だった。何がしたいということもなく、流されて頼まれたから何となくしていたが、生活の拠り所だった。
倒産して社長は逃げた。
そんなまさかと思うよな。
とんちんかんなファンタジーだと思っていた。まさか自分がそんな目に遭うなんて、そう思っていた。
いや、まだ雇用されて、税金を払っているから社会に参加していると。
ブルーシートと段ボールが高級住宅なんて連中とはギリギリ隔たれていると。
そんな事はなかった。
従業員に負債を押しつけるような契約が組まれていた。
バタバタしている時に持ってきたり、面倒くさいからとざっと見で更新の度に書類に印を押していた自分も悪いが、さりげなく少しずつ文言を変えていたらしく、負債を従業員で分配した所で1000万を超える額だ。月10万ぽっちで蟻のように盲目に献身してきた身分で払いようがあるわけない。
裁判は起こした。やろうと思えば全くやったことないことでもなんとかなるものだと思った。集団の強さを感じた。だけど、同時に世の理不尽さも痛感した。
訴えるべき相手が行方不明、負債の額など手続きには極端なことはなし、酌量として減額で手打ち。
元々金や資産がある人、旦那とかの二馬力で何とか払いきる人もいたが、裁判の費用も相まって自分は完全に完封試合。
コツコツと蓄えたなけなしの貯金、古い軽でリサイクル費用で逆に金を払わないといけないような車、住めば都というがボロアパート、それら全てを払い、残ったのは自己破産の申告書。
高校を出て何となくだが入社してやってきた10数年で残ったものは紙切れ。
哀れみで見られても、働くと返済義務が発生して負債を払わないといけないらしい。それにしたって、家も携帯も保証人もない破産者だと雇われず、出稼ぎの派遣工も負債と釣り合わず結局働けず。山奥で暮らそうか、いや暗闇で山は下より冷えるしサバイバル経験なんてない。海辺で暮らそうかとふらふら当てもなく歩き続け、とりあえず公園の水飲み場やトイレでやり過ごすも、人の目もあって長くは居られず、
世間なんて冷たく排他的だと今更ながら痛感しているわけだ。
ベビーカーに揺られる赤ん坊の笑顔の眩しさにいたたまれなくなって、気づけば公園は避けるようになっていた。
ただただポツポツと歩き続け、もうここがどこかも、心身共に限界に来たと思った。
それからどれだけ過ぎたかわからない。
それでも確かに自分は『ここ』にいる。
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