第八話 皿を継ぐ者

 1 ボッチはかなしいこと

「遠足なんか来たくなかったんだ」


 高峰たかみね北斗ほくとは、青い海にそっと打ち明けた。

 もう小三の二学期も終わろうというのに、北斗には仲よしが一人もいなかった。

 今日も、みんなの後をついて歩くだけだ。


 冬晴れの海も、白い波の打ちよせる砂浜も、水平線がうっすら丸く見える灯台も、一緒にさわぐ仲間がいなければ、面白くもなんともない。


 北斗はおっとりした一人っ子で、地図が大好きだ。

 もともと明るい性格なのだが、自分から話しかけるのは苦手だった。


 遠くなるカモメを目で追っていると、干物の匂いがぷんぷんしてきた。

 遠足の一行は港の魚市場に入った。

 悲鳴をあげるほど寒い冷凍倉庫の中や、スーパーでは売ってない深海魚や、間違って捕まっちゃったサメなんかを見学してから、休憩コーナーでお弁当を食べた。


 同じ斑のメンバーのキャッチボールのような会話に入っていけず、北斗は水筒で踊っているチョッパーを見つめながら、お母さん特製の唐揚げお握りをもくもくと食べた。大好きな唐揚げがちっとも美味しくなかった。


「二十分後に、帰りのバスに乗りますよ。おみやげを買う人は早くしなさい!」


 担任の綾瀬先生がポニーテールをゆらして呼びかける。

 歓声をあげて走ってゆく同級生たちを、北斗がぼんやり見送っていると、綾瀬先生が小首をかしげて頬笑みかけた。


「あれ、高峰君はいいの?」


 ――やれやれ。おせっかいだなあ。


 北斗はしぶしぶ腰を上げた。

 この人は何かと僕をみんなの輪の中に入れたがるけど、どんなに混ざろうとしてもプカンと浮いちゃうんだ。きっと僕だけ比重が違うから。


 賑わう土産物コーナーを避けて、人のいない通路をぶらぶら歩いていると、北斗は妙なものを見つけた。


 壁ぎわの小さな平台に、飴色をした小さなお皿が一個だけぽつんとのせてある。


 店番をしていたのは、汚れたベレー帽をかぶった貧相な赤いジャージのおじさんだった。北斗の視線に気がつくと、片っぽの頬を引きつらせて愛想笑いをした。


「い、い、い、いらっしゃいませ」


 痩せこけた不気味なおじさんが、目を逸らさずにじっと見つめてくる。

 眼圧に耐えられなくなった北斗は正直に言った。


「あの、買いませんから」


「ええっ?」


 おじさんは激しく目をむいた。くぼんだ奧目に変な迫力があった。


「ご、ごめんなさい」


 北斗はあわてて背を向けて、その場を立ち去ろうとした。


「おい、君。この皿、本当にいらないのかい?」


 背後から、おじさんのかすれた声が念を押す。


「はい。いりません!」


 そう言ったとたん。

 強い力に肩をつかまれ引きもどされた。


「うわ! なにするんですか?」


「よく言った! この皿は君にあげよう!」


「ええっ?」


 おじさんは北斗の手にお皿を押しつけた。

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