十五 日本一のきびだんごの巻

「イヌさんもサルさんもキジさんも、はじめて見たときは恐そうに見えたもの!」


 太郎は、つぶらな瞳を輝かせて鬼たちを見つめました。


「ほんとうは鬼じゃないんでしょう?」


 生きた心地もなく震えていた鬼たちは、五色の顔を見合わせたかと思うと、揃って太郎に平伏しました。


「その通りでございます! 実は我々は鬼じゃありません!」


「ほら、やっぱりね! ほんとうはなんなの?」


 太郎が楽しそうに尋ねました。


「ほんとうは? ええと……、その……」


 先頭にいた赤鬼は仲間をふり返りました。しかし、みんな目を白黒させて首をひねるばかりです。こっそり上目づかいにうかがうと、おそらくオオカミであろうイヌと、カッパに間違いないサルと、どう見てもテングのキジが、火をくようなまなこでこちらをにらんでいます。全身に脂汗あぶらあせをにじませた赤鬼は、白目をいてうなりました。


「うぐぐ。実は、その……。タ……」


「タ?」


 太郎はわくわくして首をかしげました。


「タ……、タン、タン、タヌキなんです! ぽんぽこぽん!」


 自称タヌキがいきなりりかえって腹鼓はらつづみを打ちはじめたので、太郎はお腹を抱えて笑いだしました。これにはオオカミとカッパとテングも思わず吹き出しました。


「なんだタヌキだったのか。それで、お山の穴に住んでるんだね?」


「そうなんです! ぽんぽこぽん!」


 自称タヌキの赤鬼が、くわっと目を見開いて合図したので、後ろに並んだ巨大なタヌキたちも一斉に「ぽんぽこぽん!」「ぽんぽこぽん!」と死にものぐるいで腹鼓を打ちはじめました。


「みなさんを化かしたりして申しわけありませんでした! ぽんぽこぽん!」


「ここにある宝物をそっくり差し上げます。ぽんぽこぽん!」


 すると太郎が言いました。


「そんなの要らないよ。それよりタヌキさんたちも、きびだんごをどうぞ」


 竹の皮の包みを開くと、きびだんごが、ちょうど五個だけ残っていました。


「これしかなくて、ごめんね。また、おばあちゃんにこしらえてもらうからね」


 鬼たちは思わず知らず身を引きました。

 なにかたっとい光が差したような気がしたのです。


「どうして、くれるんですか?」


 赤鬼の声は心なしか震えていました。


「タヌキさんたち、おなかがすいてるんでしょう?」


 太郎は、五匹の自称タヌキたちに一個ずつ、きびだんごを配りました。


 太い指の先にのせて貰ったきびだんごを、鬼たちは大きな口へ運びました。

 ほのかに甘いきびだんごは、小さいのに心地良い歯応えがありました。

 こくりと飲み込むと、きびだんごを作ってくれた人のあたたかな真心が、胸に染みわたりました。


「おいしいです! 太郎さん!」


 五匹の鬼たちは、太い二の腕を目に押しあてて泣きました。


 ぽんぽこぽん! ぽんぽこぽん!


 タヌキたちの打つ腹鼓が、九年母山くねんぼやまの岩屋にこだましました。


 こうして、みんな、友だちになりました。





 そこまで送ってきてくれた友だちみんなに「さようなら」を言って、夕焼け空を見あげると、太郎のおなかが、くうと鳴りました。

 おうちの門口かどぐちでおばあちゃんが手を振っています。


「太郎! お帰りなさい!」


 白い髪が夕陽に朱く染まって、とてもきれいです。

 いつから、ここで待っていてくれたのでしょう。

 

 うんとこ背負ったクネンボみかんを揺すり上げて、太郎は走り出しました。


「ただいま!」


 太郎は、おばあちゃんに抱きつきました。

 柔らかいおばあちゃんから、甘い煮物の匂いがしました


「あのね。おばあちゃんのきびだんご、とってもおいしかったよ!」


「そうかい。よかったねえ」


 おばあちゃんが嬉しそうに頬笑みました。


「おーい。太郎やあい。おばあちゃんやあい」


 太郎とおばあちゃんがふり返ると、夕映えの道に長い影を引いて、柴を背負ったおじいちゃんが帰ってきました。


「おじいちゃんだ! おーい! お帰りなさーい!」


 太郎とおじいちゃんとおばあちゃんがおうちに入ると、九年母山くねんぼやまに夕日が沈みました。


                                   <了>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る