58、幕間 サラの旅行(コルラード王国・その二)

 翌日、ダルガマの街を二人は回った。

 湿度の高い日で、シャツがべたつくような暑さにサラとドリスはしばしば飲み物を口にする。

 宿から出る時、一旦煮沸したお湯を魔法で冷やし水筒に入れてきた。その水筒もじきに空になる。どこかでお湯を手に入れたいと考えてるが、店らしきものも見当たらず、一旦宿に戻ろうかなどと二人は話していた。


 ふと街の裏手にある丘を見ると、そこには粗末な家が数百と立ち並んでいた。

 道で出会った人に”あれは何か”と聞くと貧民街だという。ついでに近くにお湯を貰えそうな店はないかと聞き、教えてもらった店でお湯と軽食を買い、サラとドリスは先程見かけた貧民街へ行くことにした。


 街中はだいたい見たので、貧民街の様子を調べ、後日ヤジールへ報告しようと思ったのだ。ただ、ドリスは気が進まなそうだった。生まれた土地でもジャルディーンでも貧民街はあったし、そういうところはどこも変わらず、知らなければ知らないほうが良いものばかりと思っていたからだ。


 だが、サラは手の届くところにあるなら、自分が助けになることがあるなら、できることはしたいと考えていた。その為には実情を知らなければならない。そう考えていた。恵まれてる者の偽善だと言う人も居るかもしれないし、そう思われてもいい。恵まれているからといって、恵まれない者を助ける義理など無いと言う者も居るかもしれない。だが、それこそサラの勝手であり自由であるはずだ。


「私の気まぐれだから、ドリスさんは宿に戻っても構いませんよ」


 サラは貧民街へやはり行くとドリスに伝えた。

 気は進まないものの、ここまで一緒に来たのだからとドリスもサラに付き合って貧民街へ行くことにした。


 貧民街へ入るや否や、サラの持つバッグを盗もうとする者に出会う。だが、サロモンと暮らしていた頃、山賊などの盗人の相手していたサラから盗める者などそうは居ない。当時よりも魔法も体術も上達していて、万が一盗まれてもすぐに取り返せる自信もサラにはあった。

 盗みに失敗した者は、チッと舌を鳴らして走り去っていく。


 サラとドリスを囲んで脅して来た者も居たが、サラによって結界に閉じ込められてしまい何もできない。結界の中でジタバタしているが、数時間は出られないだろう。


 ダルガマの街中も非衛生的だったが、貧民街はその比ではなかった。

 強い腐敗臭もする。どこかのバラック小屋では多分遺体が放置されているのだろう。それも一カ所ではなく、いくつかの場所で放置されているとサラは感じた。これではいつ疫病が流行しても不思議ではない。


 ドリスはこの状況を別の場所で知っていた。

 医者にかかる余裕などなくそのまま亡くなり、だが、近所の者も知り合いという関係ではなく、街中でゴミを漁ってるから食人まではしないものの、飢えて体力もないから遺体をどこかに捨てることも埋めることもしない。そして、こういったところに流れ着く人は、こういった状況に慣れてしまい普通に暮らせてしまう。


「だいたい判ったわ。今日は帰りましょう。私がここで今何かしたところでどうにもならないわね」


 サラの言葉にドリスはホッとした。

 判っていても、やはり目にするとドリスも辛い。


 二人はまっすぐ宿に戻り、貧民街のことを話し合った。


◇◇◇◇◇◇


 翌日、サラとドリスは、ダルガマを離れダキアへ向かった。当初はのんびり移動する予定だったが、早めに国王ヤジールと会う必要をサラは感じ、グリフォンを呼んで昼にはダキアへ二人は到着し、事前に伝えていたので早速ヤジールと面会する。


「上下水道を整備して街中を綺麗にしても、貧民街をどうにかしないと疫病の発生は抑えられませんよ?」


 サラはどうして貧民街を放置しているのかを聞いた。

 また、以前はともかく今は仕事はあるはずだろうにどうしてと。


「コルラード王国ができた理由の一つでもあるのですが、この辺りは街ごとに閉鎖的なんです。あれでもコルラード王国ができて人の出入りが行われるようになった結果なんです」


 貧民街に流れた者は、生まれた地から離れられず、そして生まれた土地では仕事を見つけられなかった者。他の地へ移動すれば仕事はあるかもしれないが、そちらでは他の地域の者だからと仕事に就けないという。ヤジールはそのような習慣を止めさせようとしてるのだが、まだ成果が無いらしい。


「でも死と隣合わせで生活しているのに、他の地へ移動しないなんて?」


「宗教が絡んでるのです。別の土地で生まれた者が入ってくると土地の精霊が怒ると」


「ですが、サロモン王国から派遣された者も住んでるはずでは?」


「ええ、ですから説得するのは大変でした。でも、その土地で続けられてきた仕事に就くわけじゃなく別の新たな仕事をするのだと、そして実際にサロモン王国の支援で豊かになりつつあるので、サロモン王国からの者ならば精霊も怒らないという形で受け入れられてるのです」


 ”そんな馬鹿な”とサラは絶句した。


 貧民街に居る者が他の土地へ行っても、その土地で就ける仕事は既存の仕事でとうなると受け入れない。自分たちの仕事を奪われないために生まれた理屈だろうと思うが、それでも命の危険がある人も排除するとはサラには想像できなかった。


 ドリスは、理由こそ違っても土地ごとに余所者を排除する理屈はあると知っていたから、ヤジールの説明を聞いても驚きはしなかった。


 サロモン王国で受け入れるか? とサラは考えたが、それでは問題の根本的な解決にはならない。


 貧民街の住民が仕事できる環境を整備することと食料、そして貧民街の撤去と新たな住居の用意が必要だ。その上で、街と街の間で人の流動化が進むような方策を考えなければならないだろう。


 これはさすがにサラだけで何とかなる話ではない。

 ダルガマとコルラード王国に残る困った因習についてゼギアスに思念で報告し、とりあえず首都ダキアを見て回ることにした。


 ダキアには貧民街は無かったが、やや荒れた地域はまだ残ってるようであった。

 だがダルガマの貧民街を見たあとでは、まあ、この程度ならと思ってしまうから怖い。ダキアで気になったことを確認し、旅行最終日くらい楽しもうとサラとドリスは話し合った。


「フフフ……今通り過ぎた男、サラ様のこと気になっていたようよ?」


 ダキアの商店街を二人はお土産を見て回っている。

 ドリスは同じ旅行客相手の土産物屋の血が騒ぐのか、事細かに調査する。

 ドリスとサラの二人はタイプは違うけど魅力的な女性であり、すれ違う男は二人に目が行ってしまうらしい。そのことに気づくと、ドリスはサラをからかう。


「ドリスさんだって注目されてるじゃないですか?」


「私は旦那一筋だから、いくら注目してもダメよと男に教えなきゃいけないの。だから目が合っても知らん顔しているわ。でもサラ様はいい男が居たら流し目くらい送ってみてもいいんじゃない? 声かけてくるかもよ?」


 サラはもう少し遊んだほうがいいのではないかとドリスは思っている。サラも二十歳を過ぎてるのだし、肉体関係持つ必要はないけど、いろんな男をみておくべきではないかと。兄のゼギアスはともかく、比較的品の良い男ばかりに囲まれていて、それでは男を見る目が偏るのでは? などと余計なお世話を焼きたくなっている。


 サラはドリスのそんな空気を感じ取り、どう反応していいか困ってるところもある。ライラとだったら軽く話せるのだけど、この手の話しで相手がドリスだとサラの想定外の返答が返ってくる気がして一瞬悩んでしまう。


「どうしてもお兄ちゃんが頭にあるんですよねえ……男の人を見る時には」


「ふんふん、それで?」


 サラの男性観に関心があるドリスは目が輝いている。


「しっかりしてるところもあるんだけど、抜けてたり弱いところとかあるじゃないですか? ああいうところが気になっちゃうんですよ。それで男の人ってあんな感じかもなと思うと、男の人と遊ぶというよりダメなところ探してしまうんですよね」


「な~るほど。そういうところを可愛らしいとか愛おしいとか思える相手に出会ったら、きっとその人がサラ様のお相手なのかもしれないわね」


「そういうものですか?」


「ええ、きっとそう。うちの旦那だってそうでしょ? 不器用なところあるの判るでしょ? その不器用なところが愛おしいもの」


「あら、ごちそうさま」


 ”フフフ”と笑ってドリスは話しを続ける。


「でも、ゼギアス様があれで抜けてるところとか無かったら、私にはただの怖い人になりそうだわ。私は今のままでいいと思うな。それを皆が支えてる……うん、いいと思う」


 戦闘力の化け物じみた高さと、この世には無い素晴らしい知識を持つゼギアスは、この世界の住人にとってあまりにも異質な存在だ。もし隙がなかったら、近づくことも怖い対象なのではないかとドリスは思う。自分たちより優位にある異なる存在を忌避したがるのは生き物として当たり前だ。だが、そういう異質な存在にも目に見える隙があり、弱さがあるだけで親しみや共感に繋がるのではないか?


 ドリスにはそう思えるし、だからゼギアスは今のままでいいとも思う。


「やはりずっと一緒にいるからかしら、そういうところは私にはよく判らないわ。」


「そうねえ、サラ様より少しだけ世間慣れしてる私からのアドバイスは、サラ様ももう少しだけゼギアス様を、男の人を気楽に見たらいいんじゃないかしら?」


 ”そうかもしれないわね。ありがとう”と微笑んだサラがドリスは眩しく見えた。

 厳しくみることも大事だけど、それだけじゃ接していけなかったドリスとは違い、その必要を感じないまま生きてこられたサラを少しだけ羨ましく感じた。


「ドリスさんとこうしてゆっくり話すことができて良かったわ。また一緒にどこかへ出かけてくださいね」


 ”ええ、喜んで”とドリスも少し照れたように微笑んで答えた。


 ダキアの街で服や装飾品などを少しだけ買い、コルラード王国最後の夜を二人は楽しみ、翌日、グリフォンに乗ってサロモン王国へ帰っていった。

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